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営業の新職種「カスタマーサクセス」 売った後に出番

注目の「新職種」転職

カスタマーサクセスは顧客に伴走するような役割を担う(写真はイメージ) =PIXTA
カスタマーサクセスは顧客に伴走するような役割を担う(写真はイメージ) =PIXTA

人工知能(AI)やロボットが人の仕事を奪う――。この言葉通り、人に代わってAIやロボットが仕事を担うことで消滅しつつある職種がある一方、これまでになかった新しい仕事が生まれている。異業種・異職種転職が当たり前になってきた転職市場にあって、これから注目されるのは、今までなかった職種への「新職種」転職だ。この連載では最近求人数が増えている新職種を紹介する。初回は新しい営業の形といわれる「カスタマーサクセス」。リクルートでカスタマーサクセスグループのマネジャーを務める酒井真也さんに話を聞いた。

「売る」ではない「つなげる」営業

――カスタマーサクセスの仕事とはどのようなものでしょうか。

「クラウド経由でソフトウエアを提供し、利用料を得るSaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)企業の間で、サブスクリプション(定額課金)型サービスの広がりとともに生まれた職種です。従来の営業活動がプロセスによって分業化され、そのうちの1つにあたります。まず『インサイドセールス』が潜在顧客に電話などで営業してアポイントを獲得、『フィールドセールス』が商談を担当し受注へと進めます。受注後の顧客対応を担うのが『カスタマーサクセス』です」

「職務は大きく2つです。1つは解約率(チャーンレート)を下げる、つまり顧客が解約することなくサービスを利用し続けるよう促すこと。もう1つは顧客単価を上げる『アップセル』です。『今まではこの機能の使用で1万円』という契約だったところ、『使用バージョンを上げ、使える機能を増やす代わりに5万円の契約に変更』といった例が挙げられます」

「具体的な業務内容は多岐にわたります。利用者に使い方の研修をすること。利用者が情報やナレッジ(知見)を共有できるコミュニティーを運営し、商品・サービスのファンを増やしていくこと。また、そうした場で得られた利用者の声をもとに、商品・サービスを良くしていくこと。他社の成功事例を踏まえて、企業に合わせて商品内容をコンサルティングしていくこと。これらを通じて解約を防ぎ、利用単価を上げていくことにつなげます」

――カスタマーサクセスの仕事が生まれた背景は。

「BtoB(企業向けビジネス)のサブスクリプション型サービスの広がりがあります。これまでソフトウエアは、ソフト開発会社が開発し企業に買い取ってもらうものでした。今はクラウド上でのサービス提供が主となり、『売り切り』つまり売って終わりではなく、月単位などで利用料を払い続けるサブスクで導入してもらうことが増えました。納品後も解約せずに使い続けてもらうために、顧客との関係性が重要になります。そこで営業プロセスを分業し、顧客との関係をつなぐカスタマーサクセスという職種が生まれました」

「顧客情報管理の米セールスフォース・ドットコムが草分け的存在で、2000年代から提唱していました。日本のSaaS企業の間では2013、14年頃から聞かれるようになったと記憶しています。今は当時と比べものにならないほど求人数が増えています。ソフトウエアに限らずサブスク型サービスを扱う企業自体が増えましたし、ベンチャーキャピタル(VC)からの資金調達で資金力をつけたスタートアップ企業が増え、営業力強化のために大量採用を進めています」

カスタマーサクセスに必要な5つのスキル

――新型コロナウイルス禍の影響はあったでしょうか。

「コロナ禍のインパクトは大きかったです。20年後半から21年にかけては、採用数がコロナ前と比べて約2~3倍に増えました。多くの企業がリモートワークを導入しましたし、対面営業の方法や捺印のように、今まで『紙ありき』で処理していたものを見直す必要が出てきました。その結果、一部の大手企業しか使っていなかったクラウド会計ソフトや名刺管理、電子署名といったサブスク型のサービスを、中小企業も導入するようになりました」

リクルートでカスタマーサクセスグループのマネジャーを務める酒井真也さん
リクルートでカスタマーサクセスグループのマネジャーを務める酒井真也さん

「利用者が増えたことにより、SaaS企業がカスタマーサクセスの募集を増やしています。まだ経験者が少ない職種なのに大量に採用しなければならないので、求める人材の条件がかなり緩くなりました。未経験者も含めた採用のハードルが低くなり、コロナ禍で業績が悪化した観光関連などサービス業出身者も多く採用されています」

――カスタマーサクセスに必要なスキルは何でしょうか。

「業務内容が多岐にわたるので、必要とされるスキルは様々ですが、とくに大切なスキルを挙げるなら5つあります。1つ目は顧客が何に困っているのかを聞き出す『傾聴力』。2つ目は利用を促すために課題を見つけ出す『課題特定力』。3つ目は『寄り添う力』。利用者の層が広がり、IT(情報技術)に不慣れな人に向けてオンライン上でいかに分かりやすく丁寧に伝えられるかといった力です」

「4つ目は『人を巻き込む力』。他部署など複数の人を巻き込みながら、顧客の声を商品の改善に生かしていく力です。5つ目は『業務改善力』。カスタマーサクセスという名の通り、顧客が成功できるようPDCA(計画・実行・評価・改善)を回して業務改善を重ねていける人が向いています」

「これらのスキルは営業でも求められるものですが、必ずしも営業経験者である必要はありません。顧客とのコミュニケーションが多く発生する予備校講師やウェディングプランナーといった職についていた人も活躍しています。バックオフィスを担当していた場合でも、複数の部署を巻き込みながら業務改善していったという経験があれば採用につながりやすいでしょう」

働く姿勢が真逆 似て非なるカスタマーサポート

――向き・不向きはありますか。

「大きな金額の案件を受注して終了という『一獲千金』スタイルが主になっている営業の人は向かないかもしれません。逆に、ノルマをこなすために商品を売ることが苦手と感じている営業職の人にも、チャンスがあると言えるのではないでしょうか。カスタマーサクセスは強引な提案をしてかえって解約を招くということは避けなければなりません。多くの顧客に伴走しながら、長く関わっていくことに喜びを見出せる人に向いていると言えます」

「似た名前の職種に『カスタマーサポート』がありますが、カスタマーサクセスは能動的・主体的にコミュニケーションをとって顧客の満足度を高めていくのに対し、カスタマーサポートは顧客から問い合わせがあって初めて仕事が生まれます。受動的な姿勢がしみついてしまっていると、すぐに活躍するのは難しいかもしれません。名前は似ていても、真逆の働き方になります」

――今後もこの職種は増えていくでしょうか。

「間違いなく増えていくでしょう。SaaS市場はまだまだ拡大の余地は大きいです。デジタルトランスフォーメーション(DX)を実現するためにも、これからもSaaSを利用する企業は増えると見込まれます。利用者が増えれば増えるほど、カスタマーサクセスは必要になります。サービス拡大期に入ると業務に関するノウハウが蓄積されてきて、未経験者を採用して育てるという企業が増えるでしょう」

「SaaSは経理や法務、人事といった『ホリゾンタル』、つまり水平的にどの業界でも必要とされるサービスを中心に広がってきましたが、特定の業界に向けた『バーティカル』なサービスも伸びてきています。それぞれの業界に固有のアナログな慣習を解決しようとするもので、一例として医療業界におけるカルテの電子化が挙げられます。そうした特定業界での営業経験も、今後は転職時の武器になるでしょう」

(日経転職版・編集部 木村茉莉子)

酒井真也

リクルート HRエージェントDivision。インターネット領域の企業への採用支援をスタートアップから大手まで約10年担当。現在はインターネット・金融営業部 カスタマーサクセスグループのマネジャー。

[NIKKEI STYLE キャリア 2021年08月28日 掲載]

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