
皆さんは転職経験がありますか。経験済みの人は、何度の転職を経験しているでしょう。社会人となって以来、これまで働いてきた所属企業の状態、縁のあった職務、あるいはその時々の上司や同僚との関係性など、様々な理由や背景により、皆さんそれぞれに転職の有無、転職の回数が決まってきたことでしょう。そして、まさにその転職回数自体が次の転職に影響を及ぼすことは紛れもない事実です。これまで経験した転職回数(次が何度目の転職になるか)ごとに異なる転職活動への向き合い方、転職活動のしかたを考えてみましょう。
ミドルやシニアの皆さんにとって、転職2~3回目は最も戦いやすく、勝負のしどころとなるタイミングです。これまでの転職で、異なる環境に身を投じ、そこで新たな人間関係を構築したり、前職でのルール,や慣習とはまた異なる企業・組織でのやり方に適応、順応した経験を持つようになるのは、このあたりの時期。このことが外部から新たな人(特に幹部)を迎えようという企業にとって、一つの安心材料となります。「我が社に来ても、新しい環境にキャッチアップしてくれるだろう」と考えるわけです。
例えば新卒で入社した大手企業から2社目に中堅・中小企業へと移り、そこで大手と中小の違いを実体験しているようなケース。次に移りたい先が大手なのか、中小なのかは、本人の志向や適性によりますが、いずれにしても双方の良い部分と良くない部分の両方を実際に知っているということは、もちろん当人にとって重要な経験であり、実はそれ以上に採用する側の企業にとって「現実を知ってくれている人」という意味でありがたいことなのです。
転職2~3回目の候補者に対する企業の期待値は、「これまでの経験で自分の強み・弱みを自覚し、今後どのようなキャリアを歩みたいかについて明確な展望を持っているであろう」というものです。本人の考えと、自社が求めたいことが合致しているか否か。そこをしっかり見極めようと思っているのが、転職2~3回目の人と会おうとしている企業の胸の内です。
だから、そこがぴたっと一致すれば、まさに今回求めていた人だとなるわけです。この部分で企業側が好意的なバイアスを(勝手に)持っていてくれるのが転職2~3回目という経歴なのです。結果的に本人にとっては一種のアドバンテージが生まれる状況となります。
逆に、実際に会って、どうやらこの人はまだ方向性が定まらず、自己認識もできていないようだと、採用側が判断すると、その時点でガッカリ。「これまでの転職経験が生きていないようだ。これでは当社に来ても難しそうだな」と、見切られてしまいやすくなります。
転職2~3回目のミドルやシニアは、企業側からして「キャリアの集大成を迎えているに違いない」と映る人材です。だからこそ、そこがしっかり確立されているか否か次第で、今回の転職の行方が天と地に分かれるでしょう。これまでの転職経験をしっかり棚卸ししたうえで、自分が適する職務・職場、かかわりたいビジネスについて明確化し、次の転職先を自分の社会人人生のメインステージとなるよう、転職先を選ぶ態度が肝心です。
「転職1回目」は期待大だが、リスクも潜む
ミドルやシニアが初めての転職に臨む際は、本人にとって期待と不安の入り交じるものです。でも、当人以上に、採用する企業側からしてもそうなのです。
40、50代まで1社でしっかり働いてきた場合。次のような見込みを、採用側は持つでしょう。「人物としては地に足のついた人だろう」「相応の幹部として活躍しているからには、現職で出世頭だったようだ」「社内では仕事のできる人として名の通った人物に違いない」――。
しかし、大半の企業は同時にこう思っているのです。「これまではそうだったかもしれないが、では今回当社に来て、果たして同じ成果を出せるだろうか」「当社の組織にはなじめるだろうか」と。つまり、期待と不安が入り交じった心理状況にあるわけです。
幹部層の転職を長く支援してきて、初めて転職する人たちから「自分は(新たな環境に入っても)大丈夫です」という言葉を数えきれないくらい聞いてきました。もちろん、異なる職場・企業にスムーズに適応できたケースが多いのですが、ものの見事に不適合を起こした人も見ています。
大手企業で幹部経験を持ち、本社で活躍してきた人のケースです。「自分はこの会社には実はなじめない異分子なんですよ。旧体質な組織の中で、どんどんプロジェクトを進めてしまう気質なので。窮屈な場にはこれ以上耐えられず、素の自分のままで思い切りやれるであろうベンチャーに移籍したいんです」。転職前にはこのように述べていた人です。
その念願がかなって、某成長ベンチャーに参画。半年ほどが過ぎたところで会う機会があって話を聞くと、すっかり憔悴(しょうすい)しきった様子でした。「いや、井上さん、自分が甘かったです。本当のベンチャーが、いかに自分で判断し、動かなければならないか。実際にその場に身を置いたら、自分はぬるま湯の中で偉そうに動いていただけだったんだなと思い知らされました」。結局、その人は再びの転職を選択。成熟市場の中堅企業で管理職となり、身の置き所を落ち着かせました。
ミドルやシニアで初めて転職する人が転職先で働き始めて気がつくことは、これまでいかに恵まれた環境の中でやっていたのかということです。一緒に働いてきた同僚や部下、時に上司でさえ、こちらのことをよく理解してくれているから、「あ・うんの呼吸」で動いてくれる。一定以上の主要企業であれば、至れり尽くせりの制度や支援部門があり、サポートを受けられる。転職するということは、こうした無形資産をいったん全て捨てて、新天地で新たに獲得していかなければならないということなのです。
もちろん、何がしかの思いやテーマがあり、今、初めての転職に踏み切ろうとしているわけです。そのチャレンジは応援されるべきですし、背中を押してあげたいと私も思います。
だから、上記のようなことが実際に自分にも当てはまる、降ってかかる可能性があるのだということをしっかり認識してほしいのです。応募先企業に対しては、その覚悟を持ったうえで、転職に臨む姿勢や環境適応力、柔軟性をしっかり伝えることに努めましょう。
「転職4~5回以上」には厳しい視線も
年齢(=社会人年数)にもよりますが、ミドルやシニアで転職慣れしている人の中には、転職4~5回以上というのも珍しくなくなってきました。それがゆえに、転職4~5回以上の人は、ときに安易に転職を選んでいるようにも見受けられます。
3回目までと比べると、心理的なハードルはかなり低くなっているようです。転職活動の段取りも勝手知ったる感じかもしれません。直接応募かエージェント経由か、それぞれあれど、案件に次から次へと応募していく人も少なくありません。
前回までは一定の社数に応募すれば、いくつかは面接に進み、その中で内定も出た。ところが、今回は応募すれどもすれども、書類選考を通過しない。ようやく1次面接に進めば、採用側の面接官は渋い表情。数日後には「この度は貴意に添いかねる結果となり」という通知を受ける羽目に。なぜ、こうなるのか。3回目までとは、どこが違うのでしょう。
ミドルやシニアで転職4~5回以上の場合は、まずスタートラインの時点で、自分が思っている以上に厳しい目で見られていることを認識しておきましょう。ここは大きな違いです。
「なぜそんなにも転職を繰り返すことになったのか?」という疑問のまなざしが向けられるのは、避けがたい現実です。行く先々で事業閉鎖や撤退、倒産に直面し、会社都合で退職に追い込まれ続けている人は確かにいます。「自分は長く働きたいと思っていたのですが」と、無念の言葉を聞くこともしばしば。しかし、必ずしもすべてのケースが会社都合ではありません。
1度や2度ならいざ知らず、4回、5回、あるいはそれ以上に勤め先を変えた理由が会社都合というのは、見方によっては「企業を見る目がない」ということの証明ともなってしまいます。経営者の感覚では、何やら不吉なものも感じられます。「この人を迎えたら、うちまで経営が厳しくなるのでは」。こんな不安を覚えることもあるようです。
転職回数もさることながら、回数以上に重要なのは、各勤め先での在籍期間です。ここ最近、2~3年ごとに転職しているとすれば、企業は「結局、うちに来ても2~3年で辞めてしまうだろう」と思います。「いえ、次は長く働きたいのです」。本人の言葉や気持ちに現時点で偽りはないのかもしれません。しかし、冷たい言い方になってしまいますが、その言葉を信じるお人好しの経営者や採用責任者はいないと思ったほうがよいでしょう。転職歴の積み重ねは、それほどに説得力を持つのです。
「数年ごとに転職して何が悪いんだ。自分のキャリアのために働いているのだし、意に沿わない会社や、だめだと思った社長や上司の下で働き続けるつもりはない」――。その価値観を他人がとやかく言えるものではありません。
ただ、雇用する側の企業、経営者がそういった考えに共鳴するかどうかは別の話です。「分かってもらわなくても結構」。そう割り切る手もあります。もし、そうであるなら、採用側の判断で決まる転職よりも、独立を選択すべきかもしれません。今では業務委託のような形態も広がり、独立性を保った働き方を以前より選びやすくなっています。
それでも、次こそは長く、というならば、企業・組織に所属するということについての考え方を、この機会にしっかり見つめ直してから転職活動に臨む必要があります。ぜひ、この連載の過去記事「今の仕事やりきった?転職前に3ポイントを最終確認」なども参考にして、現職での状況をとらえ直してもらえればと思います。
一生のうちで1度以上の転職をすることは当たり前の時代となりました。良い転職はキャリアを切りひらきますが、不幸な転職は自らの行く末を悪化させかねません。転職回数ごとに異なる、採用側からの扱いを意識したうえで、キャリアをしっかり棚卸しして、新たな転職活動に臨みましょう。そうすれば、次が何度目の転職であったとしても、今後の展望を明るいものとする転職を実現できるはずです。

井上和幸
経営者JP社長兼CEO。早大卒、リクルート入社。人材コンサルティング会社に転職後、リクルート・エックス(現リクルートエグゼクティブエージェント)のマネージングディレクターを経て、2010年に経営者JPを設立。「社長になる人の条件」(日本実業出版社)、「ずるいマネジメント」(SBクリエイティブ)など著書多数。
[NIKKEI STYLE キャリア 2021年07月16日 掲載]