
転職市場で「未経験者」の年収が上昇している。新型コロナウイルス禍で企業は即戦力に採用を絞り込んでいたが、IT(情報技術)業界を中心に即戦力では足りないとの認識が戻ってきた。企業が異業種・異職種からの「越境転職」を受け入れ、リスキリング(学び直し)で育てる動きが出ている。転職者に求められるスキルの評価基準も変わってきた。
エン・ジャパンの転職サイト「エン転職」によると、未経験者でも就労できるとする求人案件の転職決定時の平均年収は2021年1~6月は377万円となり、前年同期比3.2%(11.9万円)増えた。新年度に向けた採用活動が活発になる年末を含む20年7~12月は384.1万円と同8.1%(29.1万円)増だった。
マイナビの転職情報サイト「マイナビ転職」でも未経験者の平均初年度年収は緩やかに上昇傾向を続けている。7月は前月比0.2%(1.1万円)高の422.9万円だった。
未経験者でも就労できるとする求人案件の比率は、「エン転職」によると、売り手市場だったコロナ前の20年2月は全体の80%を占めたが、コロナ禍で景気の先行きが見通しにくくなると育成に時間がかかる未経験者の採用は減り、同年6月には52%まで減っていた。21年を見据えた採用が始まると回復傾向となり、21年7月には61%まで上昇している。
未経験者の求人増加が目立つのが「技術系(IT・webなど)」だ。デジタルトランスフォーメーション(DX)の推進や高速通信規格「5G」の対応を担う人材の求人は急増。IT技術系の未経験者の転職時年収は、21年1~6月は417.8万円と前年同期比23%と大幅に伸びた。「慢性的な人手不足。未経験者層まで募集対象を拡大し、年収帯を引き上げないと人数を確保できない状態」と、IT人材の市場について、エン・ジャパンで人材紹介サービスを手掛ける藤村諭史統括マネージャーは話す。

コロナ禍は人材市場を直撃し、6月の有効求人倍率は1.13倍、失業者も206万人と厳しい雇用情勢が続いている。このような中にあって未経験者の年収が上昇するのは、IT人材の不足感のほかに、若年層を中心に構造的な人手不足がこの先続くという市場の読みもある。将来をにらんだ人材の確保、育成にむけて経営体力がある企業から先手を打って動き始めている。
一方、転職者側も業種や職種の壁を越えた「越境転職」に抵抗がなくなっているとの見方がある。リクルートが転職支援サービス「リクルートエージェント」の09~20年度の転職決定者を分析したところ、「異業種×異職種」の転職パターンが20年度は36.1%と最も多かった。17年度に「異業種×同職種」を抜いてからトップが続く。「同業種×同職種」は19.6%で09年度の27.9%から減少が続いてきた。
「個人はこれまでの業種や職種経験にとらわれず、自らの成長機会を提供してくれる成長産業や成長企業に関心を向けている」とリクルートの藤井薫HR統括編集長は指摘する。
専門的な技術や知識がない人材の採用時に重視するのは、業種や職種を問わず持ち運び可能な「ポータブルスキル」だと藤井氏は指摘する。課題を明らかにする力、計画を立てる力などが該当する。エン・ジャパンの藤村氏も「対人関係や論理思考力などは専門スキルよりも教育が難しく、ポテンシャルとして重要性が高い」と話す。
即戦力となる経験者人材が採用できず、リスキリングが前提となれば、おのずと企業が採用で重視するスキルは変化してくる。藤井氏は「業種経験・職種経験の有無に依存していた採用時の人材評価も、より細かい粒度の適応スキルやポータブルスキルの評価へと再定義を余儀なくされる」と話す。企業が未経験者でもポータブルスキルの高い人材の年収を引き上げるケースも出ている。
社会全体で成長産業への人材シフトを推進するには、賃金増と適切な教育の提供が両輪となる。構造的な人手不足が解消されないなか、企業は未経験者採用の戦略を見極める時期にありそうだ。
(野元翔平)
[日経電子版 2021年08月25日 掲載]