次世代リーダーの転職学

社外取締役は1000人不足 40代・女性も転職のチャンス

エグゼクティブ層中心の転職エージェント 森本千賀子

女性が社外取締役として経営に関与するケースが増えつつある(写真はイメージ) =PIXTA
女性が社外取締役として経営に関与するケースが増えつつある(写真はイメージ) =PIXTA

「社外取締役」と聞くと、どんなイメージを浮かべるでしょうか。年齢は50~60代で、経営の第一線から退いた元・社長や元・役員クラスの人がセカンドキャリアとして他社の取締役に招かれ、非常勤で経営へのアドバイスを行う。あるいは、現役の経営者、弁護士、会計士、大学教授、官公庁出身者などでしょうか。企業側はステータスアップを狙い、政財界で名が知られた人物を招くケースも見られます。ところが、最近では社外取締役を務める人材が多様化してきました。

たとえば、企業に勤務するマネジメントクラスが副業的に社外取締役に就くケースが増えているのです。そして、「経営のエキスパート」に限らず、何らかの専門領域でキャリアを積んだ人が社外取締役を務めるケースも増えてきました。

背景にあるのは、社外取締役の絶対的な不足です。金融庁などがまとめた企業統治指針(コーポレートガバナンス・コード)の改訂案の一つに、独立した社外取締役を取締役全体の3分の1以上選任する、というものがあります。対象は、東証1部を引き継ぐ「プライム市場」の上場企業。しかし、現在の状況ではおよそ1000人が不足するとみられているようです。

従来の社外取締役は「数合わせ」「お飾り」的に選任されることも多かったのですが、これからの時代はそういうわけにはいきません。投資家の目はシビア。知見と実績を持って、その会社の変革や成長に貢献できる人材であるかどうかが問われるようになっています。

「お飾り」ではなく、経営の意思決定に影響力を

そうした状況の中、私のところにも「社外取締役候補の人材を紹介してほしい」という依頼が増えてきました。やはり各社、「お飾りではなく、経営の意思決定にしっかりと影響力を与えてくれる方を迎えたい」と、真剣に考えています。

また、スタートアップなど上場前の企業からの相談も寄せられます。経営トップに対して率直な意見を述べてくれる、あるいは経営トップに足りない知見・スキルを補ってくれるボードメンバーを求めていますが、常勤の取締役を置くのはなかなか難しいのが現実のようです。

内部の社員を引き上げるにしても、いったん登用すると簡単には解任しづらいことを考えると、本当にふさわしい能力を持っているのかをしっかり見極めたいところですが、実際は困難です。かといって、確かな人物を常勤採用しようとしても、まだ不安定なスタートアップでは高額な報酬を用意することが難しい。そこで、社外取締役という形で知見を取り入れようとしているのです。

また、最近では社外取締役に「若い世代を入れたい」と考える企業も増えています。しかし、社内で40代などの社員を抜擢しようとすると、上の世代からの抵抗もあるでしょう。その点、外部から呼び込めば軋轢(あつれき)も生じにくいわけです。

このような事情から、常勤取締役の数を調整してでも、社外取締役を増やそうとする動きが見られるのです。

SDGsへの意識が高まる中、「女性登用」の動きが活発化

社外取締役として、特に求められているのが「女性」です。女性活躍やダイバーシティー(多様性)の推進が叫ばれる中、多くの企業が女性役員の比率を高めようとしているわけですが、やはり内部登用はハードルが高く、なかなか進んでいません。

しかし、グローバルでSDGsへの意識が高まる中、女性役員の比率アップは避けては通れない課題です。意思決定ボードに女性がいないとなれば、株主総会などで指摘されてしまう時代。特に一般消費者向け商材・サービスを扱う企業では、「消費者の多くが女性なのに、なぜ意思決定ボードに女性がいないのか」などと突っ込まれることになります。

特に海外の投資家はその点に注目しています。米国などではナスダックが上場企業の取締役に女性やマイノリティーの人々の起用を義務付ける提案も出ているようなご時世です。グローバルの潮流に乗るためにも、女性の登用は急務となっています。

このような最近の傾向を象徴する、社外取締役選任の事例をご紹介しましょう。

ある大手メーカーのカンパニー長から、こんな相談を受けました。

「私の部下に、財務部長を務めている女性(40代)がいるが、社外取締役を経験するといいのではないかと考えている。視野が広がるし、外部で得た知見は自社にも還元できるだろう」

その女性自身も「チャレンジしてみたい」とのことで、求人案件を紹介しました。彼女が就任したのは、金融サービスを手がける、数百人規模の上場企業で社外取締役。それからおよそ1年、その人は「やってみて本当に良かった」と言っています。「取締役会に出席することによって、経営ボードがどのような視点で意思決定しているのかが理解できた。視座が高まり、経験値が上がった」そうです。

もう一つの事例は、古い歴史を持つ地方の食品メーカーです。社長が代替わりしたのを機に社内変革に乗り出したのですが、既存の取締役は先代の時代からいる60歳前後の人ばかり。変革を推進するために世代交代を図りたいのですが、40代など若い世代を社内登用するには難しい事情がありました。そこで、社外取締役という形で、フード関連事業を手がけるネット企業で組織・社内文化づくりを経験した40代女性を招き入れたのです。

彼女たちのような事業会社でのマネジメント経験者のほか、もちろん経営メンバーや起業家として活躍している人たちも含め、女性にとっては今後、「社外取締役」を経験する機会が加速度的に増えていくでしょう。上昇志向を持って挑戦した先には、必ずキャリアの選択肢が広がります。ダイバーシティーのあるべき姿の実現という面からも、女性たちにはぜひチャレンジしてほしいと考えています。

「経営」の実績がなくても、専門領域を生かして就任

このように、実績を持つ経営者がセカンドキャリアとして社外取締役に収まるだけでなく、事業会社のマネジメントクラスが会社勤務を続けながら、「視座を高める」「キャリア構築」「セルフブランディング」といった目的から社外取締役を務めるケースが増えています。

そして、経営全般の経験はなくても、その人が得意とする専門領域が企業側の課題とマッチしていれば、社外取締役として招かれています。たとえば、「ファイナンス」「M&A(合併・買収)」「アライアンス」「商品開発」「新規事業開発」「組織・文化作り」「人事」「海外展開」「ダイバーシティ」「SDGs・CSR」など。また、最近では「デジタルトランスフォーメーション(DX)」の知見へのニーズも高まっています。

このほかにも、職業柄、多くの経営者と常にコミュニケーションをとり、最新のビジネスや組織マネジメントのトレンドをキャッチアップしているような人も、社外取締役候補の対象となります。実際、転職エージェントという立場で多くの経営者とお付き合いをさせていただいている私自身も、複数のスタートアップの社外取締役や顧問を務めています。

社外取締役の仕事は、月1回程度の取締役会への出席、株主総会への出席。このほか、企業によってはプラスアルファの依頼もありますが、拘束時間はそれほど長くありません。

だから、本業を持ちながら副業的に務めることも、あるいはフリーランスや小規模企業の経営者が兼務することも可能です。実際、ビジネスパーソン側から「キャリアパスの一環として社外取締役の経験をしてみたい」との意向を聞くケースも増えてきました。

視座を高め、「経営」のセンスを身に付けるためにも、新たな人脈を築くためにも、キャリアの選択肢の一つとして社外取締役は有効だと思います。ちなみに、私としては、より自由に発言ができ、より影響力を与えやすいという点で、未上場企業の社外取締役を経験することをお勧めします。キャリアアップにつながるだけでなく、自身が目指す世界観を実現するという意味でも、経験する価値があると思います。

一方、企業側も自社社員に活動制限を設けず、社外取締役として積極的に社外へ送り出してあげてほしいと思います。他業界・他社の意思決定に関わる経験によって視野が広がり、自社にも良い形でフィードバックされるはずです。

森本千賀子
morich代表取締役兼All Rounder Agent。リクルートグループで25年近くにわたりエグゼクティブ層中心の転職エージェントとして活躍。2012年、NHK「プロフェッショナル~仕事の流儀~」に出演。最新刊「マンガでわかる 成功する転職」(池田書店)、「トップコンサルタントが教える 無敵の転職」(新星出版社)ほか、著書多数。

[NIKKEI STYLE キャリア 2021年07月09日 掲載]

前の記事
次の記事

ピックアップ

注目企業

転職成功アンケートご協力のお願い
日経転職版を通じて転職が決まった方に、アンケートのご協力をお願いいたします。