2021年3月期の主な上場企業の従業員の平均年収を調べたところ、センサー大手のキーエンス(1751万円)が金額で首位だった。大手商社などコロナ下でも稼ぐ力の高い企業は還元余力もある一方、オリエンタルランド(OLC)などは減少率が大きかった。業績の明暗がわかれるなか、雇用維持と従業員への還元をどう両立させるかが課題となる。

日経500種平均株価銘柄で従業員が100人以上の355社を対象に、21年3月期の有価証券報告書に記載された従業員の平均年間給与を調べ、(1)金額の高い順(2)前の期比増加率(3)同減少率のランキングを作った。
355社のうち年収が増えたのは130社、減ったのは225社。持ち株会社化や分社化で対象の従業員が大きく変わった企業などは除いた。従業員や給与は有報の提出会社ベースのため、連結全体の数値とは異なる。

金額で首位だったのはキーエンス。従業員約2600人の平均で1751万円だった。同社は営業利益の一定割合を年4回の一時金のほか、毎月賞与として支給する。前期が営業減益で年収も5%弱減ったが、売上高営業利益率は5割で国内屈指の高採算企業だ。「業績への貢献が社員の実入りに反映されるようにし、モチベーションを高めている」(同社)
上位には大手商社や、日本企業として過去最大の利益を計上したソフトバンクグループが並んだ。大手商社は資源権益や企業への投資で利益を伸ばしてきた。3位の伊藤忠商事は20年3月期の最高益を反映し、前期の平均給与が4%増えた。
増加率では上位に巣ごもり需要などを取り込んだ企業が目立つ。ケーズホールディングス(4位)は家電販売が伸び、賃上げなどで従業員の平均給与が約1割増えた。「コロナ禍で店舗営業を支えた従業員に賃金改善で応えた」という。3位のミクシィは在宅勤務支援で総額最大8万円を従業員に給付し、ゲーム事業も好調で賞与も増えた。

松井証券は株高で個人投資家のネット取引が好調だ。3月末の賞与に慰労金を上乗せし、平均年収が24%増えた。2位のニプロはコロナワクチンの接種に使う注射器の特需で業績が回復した。
減少率が大きい企業にはレジャーや空運が並んだ。東京ディズニーリゾートを運営するOLCは451万円と36%減った。時短営業などが逆風で正社員の冬の賞与を7割削減。一時帰休、時間外勤務の減少も響いた。
ANAホールディングスは雇用を維持しながら一時金、賃金の削減を実施したという。冬の一時金を見送った影響などで年収が2割強減った。日本航空も従来は夏と冬に基本給の2カ月分を支給していた一時金を、夏は1カ月分、冬は0.5カ月分に抑えた。コスト削減で苦境をしのぐ。

日本製鉄は19%減った。同社の賞与は前の期の製鉄事業の利益をもとに決まる。21年3月期の年収が減ったのは20年3月期に同事業が3千億円超の赤字に転落した影響だ。今期は製鉄事業の利益が回復する見込みで、好業績を達成できれば来期の年収に反映される。

デジタル人材などの獲得競争が激しくなるなか、日本企業にとって賃金を巡る課題は少なくない。経済協力開発機構(OECD)によると、日本の平均賃金は約3万8500ドル(約420万円)でOECD平均より2割低い。アベノミクス以降、日本企業(比較可能な上場2049社)の平均年収は上昇していたが、21年3月期は632万円と2%弱減った。
22年3月期は輸出企業がけん引し、日本企業全体の業績は大きく回復する見込み。ニッセイ基礎研究所の井出真吾氏は「変異株の感染状況次第だが経済正常化で給与も徐々に回復する」と話す。ただコロナの長期化で雇用維持を優先する企業もあり、従業員への還元は二極化する可能性がある。企業は難しいかじ取りを迫られる。
(村上徒紀郎)
[日経電子版 2021年08月17日 掲載]