スタートアップの間で本社をシェアオフィスへ移す動きが相次いでいる。障害者の就職を支援するゼネラルパートナーズ(東京・中央)は9月に移転する方針を決めた。新型コロナウイルス禍で在宅勤務など新しい働き方が広がるなか、事業動向に合わせ、利用面積や賃料を柔軟に変えられる利点がある。日本企業の「オフィス像」の変化をスタートアップが先取りしている。

「ただ社員が集まるためだけの本社は必要ない」。ゼネラルパートナーズの進藤均社長は強調する。9月に東京・霞が関のシェアオフィスへ移転。本社の社員は約100人だが、オフィスは10席程度が入る1部屋に圧縮する。代わりに2つのシェアオフィスサービスを併用し、全国300カ所の拠点を使えるようにする。費用は従来に比べて半減する見込みだ。
現在の本社はJR東京駅から南東に徒歩10分ほどのオフィスビルだ。コロナ禍前は約9割が出社していたが、2020年春の緊急事態宣言時にほぼ全員が在宅勤務に移行した。出社率は1割程度で推移している。
オフィスの賃貸契約が今秋に満期を迎えるのを前に移転先を探し始めたところ、「広さを考えるだけでなく、働き方の変化に対応する必要がある」(進藤社長)と気付いた。在宅勤務する社員からも「通勤時間が浮く利点が大きい」との意見が寄せられたため、自宅近くなどで柔軟に働けるシェアオフィスの活用を決めた。
Gunosyやクックパッドも
オフィスビル仲介大手の三鬼商事(東京・中央)によると、東京都心の平均空室率は6月に6.19%と16カ月連続で前月と比べて悪化した。コロナ禍でオフィス縮小に歯止めが掛からないなか、シェアオフィスが有力な代替案に浮上している。

先行するのがスタートアップだ。社員にIT(情報技術)エンジニアが多く、在宅勤務が進んでいるため、移転を決断しやすい面がある。ニュースアプリのGunosyや料理レシピのクックパッドも5月に本社をシェアオフィスに移している。
フリーのIT人材を企業に仲介するギークスは7月、東京都渋谷区のシェアオフィス「ウィーワーク」に移った。従来はJR渋谷駅近くのビルで最大4フロアに本社を構えたが、在宅勤務が定着したことで解約した。
こうした上場スタートアップは、それぞれ数百人規模の従業員を抱えている。事業が成長すれば、社員数を拡大する必要に迫られる可能性もある。期間内は同じ契約内容が続く一般的なオフィスビルに対し、利用状況を変えられるシェアオフィスは「環境変化に対応しやすい」(ギークスの曽根原稔人代表)点が背中を押している。
情報管理や帰属意識醸成には難しさ
大手でもディー・エヌ・エー(DeNA)が東京都渋谷区の複合ビル「渋谷ヒカリエ」のオフィスを解約し、8月にギークスと同じウィーワークへ移る予定だ。ヒカリエが開業した12年から入居し、7フロアに計2800席を構えていたが、移転先では700席程度に減らす。菅原啓太執行役員は「コロナ禍で先行きが見えにくいなか、固定賃料を支払い続ける従来型オフィスより合理的だ」と説明する。

一方、共用部に他社の社員が出入りするため、機密性の高い情報の管理には注意が必要だ。自治体相手の仕事が多いトラストバンク(東京・渋谷)では書類などを保管する目的で「自社のセキュリティー基準を満たす専用部屋をシェアオフィス内に契約した」(親会社チェンジの福留大士社長)という。
加えて企業ロゴの設置や改装に制限があり、会社独自の雰囲気作りや帰属意識の醸成は難しい。ゼネラルパートナーズは社員同士の交流を生むために「オフ会」やサークル作りを検討している。
それでもウィーワークを運営するウィーワーク・ジャパン(東京・港)のジョニー・ユー最高経営責任者(CEO)は「シェアオフィスは場所を柔軟に使えるだけでなく、ビジネス交流の起点になる」と強調する。交流が商談に発展する事例も多い。スタートアップが先導するオフィス像の変化は働き方や交流の変化を促し、生産性の引き上げにつながる可能性を秘めている。
(新田栄作)
[日経電子版 2021年08月03日 掲載]