政府が成長戦略の柱として女性活躍を掲げたのは2013年。ダイバーシティ(人材の多様性)が組織力を高めるうえで重要との認識は広がったが、管理職や役員に就く人材は男性が圧倒的多数。女性活躍を深化させるには企業が女性の採用を増やし、育成する視点が欠かせない。組織力を高め、小惑星探査機「はやぶさ」など宇宙開発競争で世界と渡り合っている宇宙航空研究開発機構(JAXA)の取り組みを追った。

JAXAは今春、新卒採用で大きな節目を迎えた。新入職員36人のうち、女性が19人と初めて半数を超えた。応募段階では38%と女性の方が少なかったが、選考の結果、男性を上回った。
選考はエントリーシートの審査で人数を絞り、面接を3回実施する。人事課長の松村祐介さんによると「論文や研究に新規性があるか、学問的に優れているかを最優先に見ている」。そのうえでリーダーシップやコミュニケーション能力に注目する。
19年度は25%、20年度41%と年々、新卒の女性比率を高めてきた。21年度の新入職員のうち理系は75%にのぼり、女性では5割弱。実力本位の採用だが、組織として女性を増やしたいという意向はある。「人材の多様性が組織運営のメリットに直結する」(松村さん)と考えるからだ。
一昔前なら、宇宙開発ではロケット衛星の打ち上げが大きなゴールとされた。だが、現在は打ち上げだけでなく、衛星データをどう生かし、社会貢献していくかにも力点が置かれるようになった。データは火山活動の把握や森林火災の発生前後などに様々な視点で複合利用が求められ、関係省庁との調整業務もある。松村さんは「性別を問わず、様々な背景の人材を集め、新しい発想ができるようになることが必要」と説明する。
理工系女性は少なく、奪い合いが激しい。学校基本調査によると、工学系の学部生のうち女性は16%。理学系でも28%。そこで同機構は「JAXA本命」の女性を1人でも増やすことに力を入れる。
女子学生が多い大学で連携講義を実施するほか、コロナ禍前から女子対象のウェブ説明会を年1~2回開催。育児休業などの両立支援制度を説明し、実際にJAXAで働く女性職員の声を紹介する。松村さんは「出産や子育てなどとの両立の不安に対し、支援体制が機能していることを示す」と狙いを話す。
日本で正社員として働く女性はまだ少数派だ。19年度の雇用均等基本調査によると、正社員のうち男性の割合が74%なのに対し、女性は26%。総合職に限ると20%になる。
40~50歳代は特に就職時に女性総合職の採用が少なかった。三菱UFJリサーチ&コンサルティング主席研究員の矢島洋子さんは「企業は結婚や子育てを理由に女性が辞めると考えていた。長期的な育成を見据えた配置ができないから正社員採用も進まず、悪循環が続いた」と解説する。
同調査では新卒女性を採用した企業は62%あったが、業種により比率はばらつく。理工系女性の母数が少ないため、製造や建設などは新卒に占める女性割合が低い。
16年に全面施行された女性活躍推進法は企業に対し、女性活躍の数値目標を盛り込んだ行動計画を求める。計画で女性の採用比率を目標に掲げる企業が多い。矢島さんは「女性の採用は比較的取り組みやすい」としたうえで「育成や登用とセットで考えることが重要だ」と指摘する。
JAXAも女性が能力を発揮できる職場環境作りに取り組む。メンター制度を使い、女性が同性の先輩に仕事と私生活との両立を相談できる。茨城県つくば市と東京都調布市の事業所にはそれぞれ保育所を開設。複数の事業所で子育て中の職員らの情報交換を目的に月1回程度、交流会をオンラインで開く。
19年から働き始めた第一宇宙技術部門衛星利用運用センター研究開発員の小川万尋さんも交流会に参加する一人だ。「時短勤務の利用法や家庭内の家事育児分担などの体験談を聞け、将来の具体的なイメージを描ける」と話す。
もっとも管理職の女性比率は21年4月時点で10%。女性のロールモデルは少ない。それを補うのが兼業制度だ。ダイバーシティ推進の観点もあり、20年4月に解禁した。
「女性職員には外部でロールモデルとなる人と出会ったり、ネットワークを広げたりしてほしい」(松村さん)。届け出制で、利益相反にならない限り認めている。
20年度に兼業を行った人は全職員約1500人のうち222人で、女性は29人。研究開発員の小川さんも人工衛星データを活用するスタートアップでひと月約20時間働く。
矢島さんは「採用は人材戦略の出発点であり、ゴールでもある」と話す。新卒女性の採用増はただちに管理職や役員の女性増に結びつくわけではない。だが、従来型の同質的な集団から脱却するために、今すぐ取り組める課題だ。
[日経電子版 2021年07月26日 掲載]