
転職ニーズが再び高まっている。総務省の労働力調査によると、2020年は新型コロナウイルス感染拡大の影響で転職者数は前の年比32万人減の319万人と落ち込んだが、21年は増加傾向だ。デジタル分野に精通したデジタルトランスフォーメーション(DX)人材がモテモテなのは知られているが、別の視点から必要とされる次世代の人材像について、転職コンサルタントの丸山貴宏さん(クライス&カンパニー代表取締役)に聞いた。
転職先で上から目線は100%失敗する
「1度転職に失敗した人材を紹介してほしい」。顧客企業の経営者から、こんな依頼が次々に舞い込むようになったと丸山さんは語る。ただし条件付きだ。大手企業からベンチャー企業などに転職したが、そこで成果をうまく上げられず、失敗した人材だ。
なぜ、転職で失敗した人材を欲しがるのか。もともと高学歴で大手企業に入社した大半の人材は能力やスキルが比較的高い。社会常識や時事問題などの知識が豊富で、英語力やコミュニケーション力を一定程度備えている。
新卒入社で数年後に「大手企業では裁量権が小さい。出世ペースも遅い」などの理由で、会社を飛び出し、ベンチャーなどに転職する人は増えている。
しかし、「上から目線の人が少なくない。『俺のような一流企業の優秀な人材がわざわざ来てやったんだぞ』という姿勢では、まず転職先で総スカンを食う。この手のタイプは100%転職に失敗する」と丸山さんは断言する。
しかも、「前職で年収1000万円なら1200万~1300万円と、それ以上の年収を当然のように要求する。だが、前職の企業ブランド力によるところが多く、実際はその人の市場価値より高めのケースが目立つ」という。

キャリア形成で失敗が許されるようになった
このようなタイプは人生で初めて挫折を味わった人が少なくない。飽食の時代に生まれ育ち、一流大学を経て大手企業に就職した人は失敗や挫折の経験が乏しい。転職先のベンチャーや中堅・中小企業の職場で否定され、やっと客観的に自分と向き合うことになる。「なぜ自分は転職に失敗したのか」と自問自答し、自分の目標や適性、市場価値を冷静に考えるようになる。「真摯に反省し、第三者の俯瞰(ふかん)的な目線で自分の価値を判断できるようになった人材は、その後の転職先で高い成果を上げられる人が多い」という。
ここで丸山さんが強調したいのは「失敗を恐れなくてもいい時代が来た」ということだ。日本企業でもキャリア形成の過程で失敗が許されるようになってきたのだ。大手企業のエリート社員は「正解主義」の中で育ってきた。前例に倣い、常に正しい回答が求められる。しかし、DX化をにらみ、新しい人材の獲得に積極的な企業ほど、転職して失敗した人材などの採用に前向きだという。
DXとはデジタルをフル活用し、ビジネスモデルを抜本的に変革して利益を最大化すること。各企業によってDXの課題は異なるが、解決策を見つけ出すのは簡単ではない。未踏のDXを推進する上で、正解主義は貫けるだろうか。丸山さんは「失敗を前提に挑むしかない。今後は『修正主義』にシフトする。新しい事業モデルにトライし、失敗したら修正する。それを高速回転で繰り返す人材が求められる」と強調する。
「テクノロジー×ビジネス」の知見が不可欠
そもそもDX人材そのものが容易に育つものではない。「IT(情報技術)エンジニア=DX人材」というわけではない。DXの推進役はテクノロジー×ビジネス」の知見が不可欠だ。プログラムを書ける必要はないが、革新的な技術の仕組みを理解し、経営全般にどのように生かせばいいかを考え、意思決定を下す能力が問われる。
当然のようにトライ、失敗、修正を繰り返すことになる。失敗を恐れていてはDX人材は育たないというわけだ。
セブン&アイ・ホールディングス(HD)など複数の企業で社外取締役を務める伊藤邦雄・一橋大学名誉教授は「大手企業ではDX化は不可欠という共通認識はできた。さっさとやらないとまずいと経営幹部はみんな考えるようになった」と話す。6月に経済産業省はセブン&アイHDや旭化成、コマツなど28社を「DX銘柄2021」に選定し、国も企業のDX化の支援を始めた。
ただ、課題は企業トップの本気度とDX人材の有無だ。「社長自身がテクノロジーを学び、部下に失敗しても構わないから、どんどんDX化にトライしようとリーダーシップを発揮できなくてはいけない」と丸山さんは語る。しかし、まだ多くの企業はシステム統合などデジタル化止まりで、DX化に至っていない。
本気でDX化を進めようとすれば、人材採用や人事評価など企業の本質部分の変革まで手をつける必要がある。イノベーション(技術革新)を第一と考える米シリコンバレーのベンチャーキャピタル(VC)は「起業の失敗」をあえて奨励してきた。日本企業もDX化を推進する上で「転職で失敗した人材も歓迎」という柔軟な姿勢に転じる必要があるかもしれない。
(代慶達也)
[NIKKEI STYLE キャリア 2021年07月07日 掲載]