
自分のやりたいことは何か。「向いている仕事」はあるのか――。多くのスタートアップ企業で実績を残してきたスマートニュースの森山大朗テクニカルプロダクトマネジャーも、誰もがぶつかる問いと格闘した時期がある。自分らしさと年収アップを両立するキャリアはどうすれば実現できるか。7回の転職を繰り返した経験などに基づいてアドバイスしてもらった。
年収180万円のバイト生活 転職の方向性に気づく
――2社目のベンチャー企業を退職後、飲食店でアルバイトをしていた時期もありました。最先端技術を駆使したプロダクト(製品・サービス)開発に携わる現在のキャリアとは結び付きません。
「急成長企業で成果を出し、自分の市場価値にレバレッジ(テコ)をかける」のが重要だと話しましたが、それを意識的に実践するようになったのはここ数年のことです。当初は「何かをつくる仕事がしたい」という漠然とした思いはあったものの、実際に携わっていたのはマーケティングの仕事。「つくった」経験はほとんどありませんでした。

方向性に悩んだ揚げ句、「料理は昔から好きだったから、飲食店で働いた方が自分に合っているのではないか」と思いました。年収180万円。アルバイトさえせず、4カ月ほど引きこもって本を読みあさった時期もあります。履歴書の見栄えが悪くなるので、安易にまねするのはお勧めしませんが、僕にとっては自分のやりたいことや適性を確かめるために大切な「潜伏期間」でした。
――随分と思い切った決断です。
夢をきちんと「消化する」ことがキャリアを考える上で大切だと思うんです。夢といっても、大げさなものではありません。誰でも多かれ少なかれ、「こんな仕事ができたら楽しいのに」「こういう仕事の方が自分に向いているのでは」と想像する局面があるのではないでしょうか。
そういう夢はほんの一部でも構わないので行動に移してみなければ、「消化」できない。おいしそうな食べ物をただ見つめていても味はしないし、栄養にもならないのと同じです。自分にとって「本当にやりたいこと」なのかどうか。適性も含めて体験してみないと分からないのです。
――飲食店でのキャリアは試してみたら違ったということですね。
仕事はとても楽しかったし、いい思い出です。でも、僕が本当につくりたいのは「料理」でも「店」でもなく、「人が喜んでくれる仕組みやサービス」なのだと気付いた瞬間がありました。
進むべきキャリアの輪郭を明確に
というのも、飲食店は毎晩閉店すると、何がどれだけ売れたかを集計し、場合によっては本部に報告しなければならない。作業が面倒だった僕は独学で身に付けた簡単なプログラミング技術を使い、自動化ツールを作った。アルバイトの立場で、誰に頼まれたわけでもないのにです。このとき、自分は新しい仕組みを作り出すことに喜びを感じる人間なんだとはっきり分かりました。
進むべきキャリアの輪郭が明確になれば、独学や副業、転職の方向性も戦略的に考えていくことができるようになります。僕は転職時に年収を基準にした交渉はしないので、入社時は前職よりやや下がった局面もありますが、基調としては右肩上がり。バイト時代と比べれば、言うまでもないです。
――年収が右肩上がりのキャリアを目指すにはどんなことを心掛けるべきですか。
「AなのにB」を意識していくといいですよ。「A」には自分が今、勤め先で与えられている役割や職域を当てはめてみてください。「B」には同じ役割や職域にいる他の人たちがあまりやろうとは思わないこと、苦手だとされていることを入れてみてください。

例えば、「エンジニアなのに採用が得意」。これは僕です。リクルートで人事や営業を頑張った経験がエンジニア転身後に役立ちました。「経理なのにプログラミングができる」とか「国内向けの営業職なのに語学に強い」とか何でも構わない。「Aの自分」しかないと、その限られた領域の専門スキルで競争することになるので、レッドオーシャンです。でも「Bの自分」と掛け合わせられれば、レアリティ(希少性)の高い人材になれる。社内の評価も自分の市場価値も上がります。
――「B」を何とするかが難しそうです。
あまり複雑に考える必要はありません。同じ職種の他の人が不得意そうだったり、嫌がったりすることの中から、自分が得意になる価値があること、好きになる価値があることを探す。おそらく選択肢はそれほど多くない。やるか、やらないかです。
「英語」「ITスキル」で収入増
それでも何か具体的な手掛かりが欲しいというなら、お金につながりやすいのは「英語」と「IT(情報技術)スキル」でしょうね。プログラミング一つ取っても、書店に行けば初心者向けの参考書がたくさん平積みされています。オンライン学習のサービスも充実しています。私自身、プログラミングは独学と実務の中で身に付けました。これからの時代に必要だと分かっていても、実際に学んで使える武器に仕立てられる人は少数派です。
やはり、独学でインプットしたスキルはできる限り、「実戦で生かす場」をつくりましょう。職場の面倒な作業はプログラミングで効率化できることが多いですし、学んだ語学スキルをまず副業で生かしてみるのもいい。転職という大きなキャリアチェンジを経なくても、コツコツ、じわじわ、キャリアの資産性を上げていくことは可能です。
――そうすれば、転職する際の選択肢も自然に広がりますね。
転職に臨むときに「交渉の仕方で年収が50万~100万円程度上がった」というようなことは、個人的には本質的でないと考えています。それよりは「会社員は会社から振られたことだけをやっていればいい」「この職種の人にこういう仕事はできない」といった固定観念を取り払うことが先決ではないでしょうか。世の中の新しい変化を無視せず、自分のキャリアと結び付けて考えていく姿勢が大切だと思います。
(ライター 加藤藍子)
森山大朗(もりやま・たいろう)
早稲田大学卒業後、2002年にリクルートへ入社し人事・営業を経験した後、エンジニアに転身。新サービスの立ち上げやビズリーチでの求人検索エンジン開発を経て、16年にメルカリに参画。メルカリの検索アルゴリズム改善や人工知能(AI)を活用した新機能を開発し、エンジニア組織を統括。20年からスマートニュースで、AIを活用した広告プロダクトのオーナーとして開発マネジメントを担っている。
[NIKKEI STYLE キャリア 2021年05月12日 掲載]