
新型コロナウイルス禍で一時的に減少した転職者の数は、20~30代の若年層中心に再び増加している。転職サイト「日経転職版」は特別セミナー「これからのキャリア、転職2.0とは?」を開催した。リンクトイン日本代表の村上臣氏にオンラインでインタビューを実施、新たな転職時代とその対処法について聞いた。
人生100年時代 我慢しない働き方を追求
――これからの転職はどう変わりますか。村上さんの「転職2.0」というタイトルの著書も話題になっています。
「転職1.0」とはいわゆる「日本型雇用」と呼ばれる従来の日本式のやり方です。これに対してこれから「2.0」の時代が始まると思っています。最近、ジョブ型雇用という言葉が広がっていますが、これまでのキャリアの常識がすごい勢いで変わる中、若い人でも「1.0」の考え方から抜け出せていません。これはロールモデルがご両親であることが大きく影響していると思います。そこがアップデートされなければいけないと思います。最終的にみんなが自分らしく、我慢しない働き方ができるようにと思って、この本を書きました。
――「我慢しない働き方」というのが難しいですよね。
仕事は「我慢するもの」という考え方がありますが、仕事は人生の長い時間を占めるものです。「人生100年」と言いますが、そのうちの最大で80年くらいは働いているのではないでしょうか。日本企業の平均寿命は25年くらいですから、会社の寿命よりも自分の仕事人生のほうが長いわけですよね。望まなくても転職せざるを得ない状況ということです。それならば、会社に自分のキャリア形成を任せるより、自分で切りひらいていくほうが、自分らしい場所にたどり着けるでしょう。会社の思いと個人の思いが合っている状況が「我慢しない働き方」につながると思います。
――会社の思いと個人の思いが合っていれば非常にいいと思いますが、これもなかなか難しいことですよね。
思い出してみてほしいのですが、就職活動のとき「自己分析」をやったと思います。では、会社に入った後に同じようなことをやりましたか。「今年は何をやったのか」「来年は何をしたいのか」という自己分析を今でもやっている人は少ないと思います。少なくとも1年に1回ぐらいは「キャリアの棚卸し」を行って、自分が次にやりたいことに取り組む。それによってやりがいも感じやすくなると思います。
自己を分析し、タグを付けてみる

――「転職2.0」における重要なキーワードがあれば、具体的に紹介していただけますか。
「1.0」と「2.0」では、「目的・行動・考え方・価値基準・人間関係」の5つのポイントで大きな変化が起こっています。転職する人は増えていますが、転職に悩む人も非常に多い。そして悩んだ結果、「転職しない」という選択をする人もまだまだ多いでしょう。この理由は、1回の転職で自分の望みをすべて果たそうとして、なかなか踏み切れないからだと思います。「2.0」的な考え方では、転職は手段に過ぎません。その目的は自分自身の市場価値を上げることです。市場で評価される人材になれば、転職活動などしなくても勝手に声がかかるようになります。選択肢の中から良さそうなものを選び、自分の望む方向に近づいていく。1回、2回、3回……と繰り返す中で最終的に理想形になる、人生を通じたキャリア形成にはこれが必要だと思います。
――「どうすればそれが自分にもできるのか?」と考える人は多いと思うのですが、その方法を教えていただけますか。
転職をあまり「難しいこと」と考えず、まずは自分を分析して「タグ付け」をすることです。「自分はどんなキーワードで他人に見つけてもらえるのか?」を考えてみてください。チャンスを得るためには、いろいろな選択肢を呼び込まなくてはいけません。ホームページを作っても検索にかからなければ見つけてもらえないのと一緒で、自分自身にタグを付けて見つけてもらえるように意識して発信していくことが大事です。SNS(交流サイト)などを使ってもいいですし、周囲の人に自分のやりたいことを話すなどのアナログな方法でもかまいません。要は、自分が次にどんな仕事をやりたいのかを、他人の記憶に残していくことです。例えば新しいプロジェクトが立ち上がったとき、「そういえば、村上ってこれやりたいって言っていたよね」と思い出してもらえるかどうかが、チャンスにつながると思います。
人脈づくりが大事 週1回は社外の人とランチ

――具体的に「タグ付け」はどうやればいいのですか。
では、サンプルを見てもらいながら、説明します。【】がタグの候補になります。Aさんはずっと【機械部品】の業界でキャリアを積んでいます。そして【法人営業】というのもタグになります。どれくらいの期間、どんなことをやっていたかにもよりますが、【採用担当】をしていたということもタグになります。「営業」をやっていて「採用」も経験している、これは珍しいと思います。そして【ワーキングママ】でもありますね。働きながらお子さんを育てて、かつ【リモート】下で売り上げを伸ばしています。新しい働き方で結果を出したということは、今の時代にかなり強いタグになると思います。
このように書き出したタグを掛け算していったとき、市場に「いそうでいない人」になると、非常にニーズがあるわけです。タグの中から3つ程度を選んで「今一番イケてる掛け算はなんだろう?」と考えてみてください。「イケてる」というのは「市場の中での人材のニーズ」という意味です。需要と供給のバランスが悪いほど、希少価値が高くなります。
――例えばAさんが、自動車業界に隣接する「運輸業界」で「DX(デジタルトランスフォーメーション)」ができる人材を今の給料の1.5倍で求める求人を見つけたとしたら、思い切って転職したほうがよいでしょうか。
そうですね、キャリアチェンジにおいて、「職種」と「業種」の両方を一気に変える転職は非常に難しいので、どちらか一方だけを変える転職をステップとして踏んだほうがやりやすいと思います。まずは法人営業のまま、自動車業界から運輸業界へ。その後、働きながらDXを学んだり、社内のDXの仕事を手伝ったりして経験を積むなどしてから、改めて営業職からDXの分野へ挑戦すればいいと思います。冒頭に申し上げた通り、1回の転職で自分の望みをすべて果たそうとせず、徐々に軸足をずらしていくことで、最終的に自分の理想に到達すると思います。
――「タグ付け」以外に、転職2.0においてやるべきことはありますか。
それは「ネットワーキング」ですね。これまでは、狭く深い関係が仕事の中心を支えていたと思いますが、ビジネスが自社で完結することも少なくなってきた昨今では、社外の力を借りながら事業を進めることが求められています。広く浅いネットワークをいろいろな業界に持っていることが強みになります。
――ネットワークはどのように広げていけばいいのでしょうか。
週1回は社外の人とランチを食べに行く、ということだけでも広がります。よくあるのは、毎日同じメンバーで仕事をして、同じメンバーでランチをして、同じような話をしている、ということ。これでは新しい情報が入ってきません。週1回でもいいので誰か社外の人をランチに呼び込むなど、意図的にきっかけを作っていくことは大事だと思います。
――「タグ付け」と「ネットワーキング」の両方が必要、ということですね。
ただタグを付けただけでは「自分はこう思われたい」という自己満足になってしまい、市場とのギャップがわかりません。ネットワークを使って自分がどう見られているのかを知ることがとても大事です。新しい仕事の機会を得るためには、周りの人が自分をどう認識しているのかを知った上で、「自分が得意とすること」と「次にやりたいこと」の2つを周りの人たちに埋め込んでいく作業が必要です。それによって、どこからかチャンスが舞い込んでくる可能性が広がると思います。
[NIKKEI STYLE キャリア 2021年06月26日 掲載]