
IT(情報技術)業種への転職希望者を対象にしたプログラミングスクールが人材需要を取り込んでいる。IT企業の子会社などが運営し、業界以外からの未経験者が多く受講している。現役エンジニアによる個別面談や共同開発の体験など、実用的な指導を売り物とする。高まる採用企業の要求水準に対応し続けられるかが課題だ。
現場のような共同開発
「転職特化で立ち上げた。プロダクトの価値には自信を持っている」。転職向けプログラミングスクールの主要企業の一つ、インフラトップ(東京・渋谷)の大島礼頌最高経営責任者(CEO)は力を込める。大島氏は2014年にプログラミングスクールを始め、17年に転職向けの「WEBCAMP PRO(ウェブキャンププロ)」を設けた。18年にインターネットサービスのDMM.com(東京・港)の傘下に入ったが、創業者の大島氏が引き続き経営戦略を立て実行している。
転職先となるITの開発現場に近い環境を用意し、実用的なスキルが身につくようにする。具体的には複数の受講生でチームを組ませウェブサイトを共同作成してもらう。他のプログラマーとの協働が当たり前の現場を念頭にページの設計やデザイン、構築に必要なコーディングと一連の工程をグループ作業で進める。新型コロナウイルスの感染拡大下ではオンラインで行うが、東京や大阪に教室を構え対面の再開にも備える。

実用的なカリキュラムだけでなく、受講生に転職活動で役立つ「成果物」も持たせる。修了時にそれぞれ自身でアプリやウェブサイトをつくる卒業制作を課し、面接でのアピール方法も含めて講師が指導する。さらに、転職した後も共に学んだ同窓との絆を強めつつITスキルを磨けるようにと20年11月、卒業生向けに無料のオンラインコミュニティーも立ち上げた。加入者は毎月20人ほどのペースで増え、午後8時からゲームアプリなどを共同でつくる「部活動」で腕を磨く。
受講料は3カ月で約70万円と安くはないが、転職やその後に直結するサービスを提供して受講生の満足度を高めている。「プログラミングのアウトプットは労力がいる。スキル取得には必要なコスト」だと大島氏は説明する。
プログラミング言語は、サーバーやデータベースのシステム開発、スマートフォンアプリやウェブサイトの作成で欠かせないスキルだ。ネット社会の進展に伴い需要は高まる一方で、経済産業省は19年に公表した試算でIT人材が30年に約16万~79万人不足する可能性を指摘した。
もともと大学の理系学部や専門学校がIT人材輩出の担い手だったが、近年は文科系の学生や、サービス業などに就職した社会人においてもIT志望者が増えている。これら学歴や職歴でITスキルと縁が薄かった新規参入層を取り込もうと、スタートアップなどが新たなプログラミングスクールを立ち上げる動きがこの10年ほどの間に相次いだ。50万円前後の受講料で、数カ月から半年のカリキュラムを提供するのが一般的だ。
現役エンジニアが個別指導

12年に創業したコードキャンプ(東京・品川)は、現在はITコンサルティングのフューチャーの子会社だ。社名と同じ名称のプログラミングスクールを完全オンラインで展開し、受講生の半分を地方在住者が占めるなど全国から転職志望者を受け入れる。
同社のスクールで講師を務めるのは、フリーランスなどで働く現役のエンジニアだ。オンラインの利点を生かし、カメラを介してのマンツーマン指導を提供する。コードを読み解く能力にたけているのがエンジニア講師ならではで、受講生がどこでミスをしたりつまずいたりしているのかを素早く判断して解決できる。受講生にとっても疑問があればすぐに講師に聞けて、開発実務に即した対処方法をアドバイスしてもらえる。

ネット事業や投資を手掛けるユナイテッドの子会社、キラメックス(東京・渋谷)も、エンジニアを講師にオンラインで授業を行う。「テックアカデミー」のサービス名でこれまで一般向けに約30種類の講座を開設してきた。ウェブアプリ開発で主流の「Java」、ゲーム開発向けの「Unity」といったコースのほか、人工知能(AI)の構築などと受講生それぞれの目的や志向に合わせたメニューにしている。
就活指導まできめ細かく

「テックキャンプ」の名称でスクールを手掛けるdiv(ディブ、東京・渋谷)の受講生数は2012年の設立から累計で2万人を超える。オンラインで教材を提供しリアルの教室も東京や大阪、名古屋、福岡に展開する。現在は受講生の4割がオンラインと教室を併用して学び、新型コロナ以前は9割に達した。
内藤誠取締役は「1人で学んでいると挫折しやすい。同じ目的に向かって進んでいく仲間の存在が大事」と話す。同社は受講生の学習定着のため、60分の講義のうち、10分を受講生同士で学んだ内容を共有・説明しあう時間に充てる。受講生からの質問には、最低3カ月間の研修を経て社内試験に合格したディブの正社員がオンラインで対応する。初心者目線を忘れずに答え、受講生に寄り添う。

スキルを習得しても、希望通りの企業に転職できるとは限らない。そこで成功確率を高めるため、各スクールは転職活動のきめ細かい指導にも踏み込む。コードキャンプの場合は、国家資格の「キャリアコンサルタント」を保有するなど専門性の高い社員が、受講生一人ひとりに対し履歴書の添削や面接の練習を行う。スクールによっては、IT企業からの求人を紹介し就職につなげる場合もある。
だがコードキャンプの堀内亮平CEOによれば、採用企業は社内で育成にコストをかけられないこともあり「IT未経験者を受け入れる企業は多くない」。スクールが今後も受講生数や人材輩出を伸ばすには、未経験者でも高いスキルを備える「質」の証明が求められる。堀内氏は「企業が採用に求めるスキルとマッチできるよう、スクールのレベル底上げが今後も必要だ」とする。

格安オンライン自習と競合も
手厚い指導が特徴のスクールだが、自学自習の代わりに安価な料金でプログラミングを学べるオンラインサービスも登場し、競合は強まっている。オンライン学習ツール開発のプロゲート(東京・渋谷)は月額1078円の有料サービスを提供し、英語版も含め累計受講生数は100カ国超で220万人となった。
自習形式の同サービスを利用して転職に結びつけた受講生もいるという。宮林卓也最高執行責任者(COO)は「わからない部分を調べるといった自立自走の学習ができれば、プロゲートの内容でも転職に至っている」とみる。
学習動画のスクー(東京・渋谷)では、定額課金でプログラミングが学べる。ストリートアカデミー(同)が運営するスキルシェアサイト「ストアカ」ではエンジニアが個人で動画による授業を開講し、選択肢は増えている。
プログラミングが小学校で必修化され、コロナ下でのデジタル化の進展で人材需要はより高まるなど、プログラミング教育の市場は広がっている。一方で教育サービスも多様になっており、運営会社が「より実践的なサービスへと質を高めていく」(プロゲートの宮林氏)ことが、受講生や採用企業のニーズに応え勝ち残るうえで必要となる。
(細田琢朗)
[日経電子版 2021年07月05日 掲載]