
転職サイト「日経転職版」は特別セミナー「プロが語る これからのキャリアのあり方とは?」を開催した。第2回はZホールディングスのZアカデミア学長、伊藤羊一氏とソフトバンクの人事総務統括 人事本部副本部長、源田泰之氏(4月1日付でコーポレート統括人事本部本部長)が登壇。自らの経験を振り返りながら、キャリア形成で意識すべきポイントについて語った。
――視聴者から事前に募った質問にお答えいただきます。お二人はどのような切り口から自己分析してキャリアを形成してきましたか。
伊藤:意図したのではなく結果として今に至りました。20歳代半ばから、会社(旧日本興業銀行=現みずほ銀行)に入って5年ほどメンタル不調となり、出社拒否にもなりました。マイナスの状態から一つ一つ学んでできるようになりました。転職も「自分が何をやりたい」ではなく、「自分が何をできるのか」に従ったものです。「何ができるのか」と「人との出会い」で転職しました。先に核となるものをつくってから転職する人もいるでしょうが、やりながら核ができてくるという人もいることは認識してほしいですね。
源田:キャリアの初期は何も考えていませんでした。幸運だったのは仕事が好きだったことでしょうか。小さな仕事でも人よりしっかりやれば、より大きな仕事を任されるようになり、スキルも身につきます。そのサイクルを重ねるうちに結果的に幅が広がったのだと思います。さらに人との出会いが重要な要素となりました。尊敬できる人たちとの出会いで、たくさんの学びがあり、それが非常に大きかったと思います。2つ目に大きかったのがソフトバンクグループ会長兼社長の孫正義さん。孫さんには考え方の枠がありません。考え方の影響を受けました。
伊藤:ぼくは完全にマシンでした。復活から10年はマシンのように働いていました。イメージですが、らせんで進んでいくのです。進んでいくと方向感が生まれ、何かしら見えてきます。そこで孫さんのような人と出会うと、自分の道筋にパワーが生まれてくる。やっているうちに徐々に方向感が出てきてそれが加速していくように思えます。
――『何がやりたいのか』『何ができるのか』『何をすべきなのか』のバランスをどう考えればいいでしょう。
伊藤:考えるべきことこは、will(何がしたいか)、can(何ができるか)、must(何をしなければならないか)。最初にmustがあり、mustに従っているうちに、canが増え、それが自信となりwillにつながる。まずwillありきでいける人はそれでいいですが、モヤモヤしているようなら、mustをやり、canがふえてくるから、willが見えてくる。
源田:ほんとうにそうだと思います。willを持っていることはいいことですが、「やりたい、やりたい」と言うだけでは妄想家であり、バランスが必要です。「こんな社会課題を解決したい」と語る学生も少なくありませんが、半面、「今何をやっているか」というと案外できていません。その未来へ向かって今自分できることが何で、どういった行動を起こせるかが大事です。
源田:学生と話していると、思いが強くても行動が伴っていない人がまだまだ多いように思えます。行動からの学びが一番多いはずです。今やれることをしっかりやるなかで、将来やりたいことと段々合致していくのが理想でしょう。やるべきことをしっかりやっていくと視野が広がってきます。仕事の幅が広がれば、それによって気づきも変わり、会う人も変わってくる。そのなかで、やりたいことが見つかってくるはずです。
――採用する側として、willとcanをどう見ますか。
源田:採用側としては、willだけでは難しいですね。特に中途採用ではこれまでの経験、何をやってきたのかが問われます。
伊藤:会社がめざす方向に対して貢献してくれる人材が欲しいときに、「私はこれで貢献できる」がないと、気持ちだけあっても仕方がないということですね。willは自分にも会社にも必要ですが、何で貢献できるのかが重要です。
――50歳代の男性からの質問です。未経験の分野でキャリア形成を考えていますが、今からでも可能でしょうか。
伊藤:可能でしょうが、諸条件はあるでしょう。諸条件を40歳代まで鍛えているのであれば、そこで得たスキルを転用して、「それいいね」と思ってもらえるならOKですよね。そこをどうデザインするか。私もヤフーに転職したのは48歳のとき。教育を手がけたことはありませんでしたが、物流やマーケティング、新規事業や経営に携わった経験があるのできっと大丈夫、と諸条件が整っていました。どうデザインして、採用する側に「いいね」といってもらえるかでしょう。
源田:こうした質問を寄せてこられるほど「まだ悩ましい」と思っているのなら、自分の中に答えがあるはずです。十何年と人材開発をやってきた経験から言うと、自分のやりたい仕事を実現して、いきいき楽しく働くことが成功とするなら、その先天的な条件は好奇心と粘り強さだと思います。未経験の分野でキャリア形成したいと思うくらい好奇心が強いのなら飛び込むべきでしょう。家庭などの条件から「難しい」と悩んでいるのなら、それに従うべきです。社会人の成長はとにかく経験です。いかに修羅場的な経験を重ねるかが大事。自分の本当にやりたいことを目指していくのなら、個人的には挑戦すべきだと思います。
伊藤:挑戦の仕方もいろいろ可能性が増えてきています。転職を選ばなくても、貢献できるフィールドができてきました。また、かつては「36歳転職限界説」などといわれましたが、人生100年時代を迎え、いまや転職に年齢は関係ありません。自分なりの飛び込み方をつくれると思います。

源田:未経験の分野でも経験がいかせるものがなにかあるかどうかが大切です。私はもともと営業職で、営業担当者の育成の仕事に携わりました。すると、会社全体の人材育成の担当をしろといわれ、さらに12年ほど前、(孫正義氏が後継者育成のために立ち上げた組織)ソフトバンクアカデミア構想のメンバーとなりました。孫さんの後継者を探すことがミッションだったので、起業家やベンチャーキャピタル(VC)などを半年で100社ほど訪問しました。そこでの出会いや外部とのネットワークが、社内起業制度「ソフトバンクイノベンチャー」や異能の若手を支援する「孫正義育英財団」につながっていきました。つまりすべてアドオンです。仕事をしていく中で、いろいろな人との出会いの中で、いろいろな課題に気づき、なんとかしたいと思ったときに、それまで築いた関係を通じて取り組むことができました。未経験の分野でも、これまでの特技や経験、関係を生かせるのであれば、挑戦できるはずです。
――20歳代からの質問です。キャリア形成を考える上でのポイントを教えてください
伊藤:とにかくいろいろなことを経験する、それに尽きます。何よりも大切なのは、いろんな経験を繰り返すことで、それがスキルやマインドにつながりキャリアとなります。どれだけ経験のドットをためられるか、そしてその点と点をつなげられるか。最初の就職先なんてどうでもいいと思います。
源田:とにかく修羅場経験だと思います。わたしは30歳代前半に人事部門へ異動して、とても頭のいい人たちと出会ったのですが、強く残念に思ったのが、頭のいい人は失敗が見えるからか、あまりチャレンジしないということでした。失敗も含め、経験から何を学ぶかが成長だと思うので、非常にもったいないと感じました。
会社選びで伸びている会社、いろいろとチャレンジできる会社を選ぶのは「あり」だと思います。こだわりを捨てて、多種多様な経験ができるかどうか。ひどくハードな成功確率の低い経験をどう積むかを考えることが大切だと思います。
伊藤:経営共創基盤の冨山和彦グループ会長は「とにかく若いうちは失敗しに行け。その姿をみんな見ているから無駄にはならない」と言っていました。「経験値を上げるために失敗しに行く」くらいなところが大事です。小利口になってはいけません。ビジネススクールで教えていると「失敗しないために学ぶ」という若手がいますが、「そうではない。チャレンジしやすくなるために学べ」と言っています。失敗したらむしろ学べるのです。失敗を恐れてはいけません。
源田:20歳代で任される仕事での大きな失敗のほとんどは会社からするとたいしたことではありません。チャレンジした者勝ちです。
――リストラや上司との関係悪化など外的要因でキャリアチェンジを余儀なくされた場合、どのようにリカバリーすればいいですか。
伊藤:全ての経験は無駄になりません。これは若い人に限ったことではありません。失敗した経験、つらい経験、困難な状況に立ち向かった経験は人を成長させます。大切なのは(米アップル創業者のスティーブ・ジョブズが言ったように)「Connecting the dots(コネクティング・ザ・ドッツ=点と点をつなげる)」に持って行くことです。自分の経験で言うと、銀行に勤めていたときに、頭取に「辞任すべきだ」とメールを送って左遷されたことがあります。それからすると、ほとんどのことは大したことないと思えるようになりました(笑)。
源田:これだけ不確実な時代で、テクノロジーの進歩も激しく、デジタルトランスフォーメーション(DX)で産業界が大きく変わっていくなかで、今までの仕事のやり方、「それをやっていればいい」ということは捨てた方がいいでしょう。市場価値というと変かもしれませんが、自分が会社の中だけで通用する人材なのか、社会に出て活躍できる人材なのかを意識すべきでしょう。「外的要因」とのことですが、そもそも会社にしがみつかなくてはならない程度の経験、チャレンジしかしていないのであれば、むしろそれが問題です。しかし、変えていくことはできます。とにかく経験が大切です。外部の人材ともつながり、会社の中だけでなく、社会に必要とされる人材になろうというのが解だと思っています。それを普段から意識してやっていればいいのではないでしょうか。

――コロナで先行き不透明な中、どんな人やチームが成果を出せているのでしょうか。
伊藤:コロナで想定外のことが起きました。思考を止めずに前へ進み、対応できたのは、常識を疑いイシューを立て、状況分析して、構造化して行動する――クリティカルシンキング(批判的思考)ができた人です。普段からいろいろなことを考え、ここの常識が崩れたらどうしようとかと考える。それは想像力であり、ビジネスパーソンとしての地力だと思います。
源田:コロナ禍で難しくなったもののひとつがマネジメントです。マネジャーがこれまでのやり方でチームメンバーとコミュニケーションをとるかが難しくなりましたが、「直接会えないからどうしようもない」と思考停止するか、自ら考えて動けるか、ここで差がついたと思います。どんな状況下でも何をすべきかを考え、行動してそこから何かを学ぶ――そこに差があったと思います。
伊藤:ソフトバンクもそうだったかもしれませんがヤフーではマネジメントの問題は発生しませんでした。マネジャーとメンバーの個人面談「1on1(ワン・オン・ワン)」が浸透していたことが大きかったと思います。1on1をやっていれば、リモートだろうが対面だろうがほぼ変わらずマネジメントできます。メンバーが何をしていいのか分からないとしても週1回、30分も話せばモヤモヤは氷解するでしょう。驚くほど多くのビジネスパーソンが1on1をやっていません。まずやってみることが大切です。
――転職の際にどんな業種でも通用するマインドセットやスキルはなんですか。
伊藤:どんな業種でも通用するものが2つあります。ひとつはクリティカルシンキング力。単純な論理思考ではなく、「そもそも」というところからイシューを立てて、分析して構造化して結論を出して動く。この一連の流れができる人はどこの業種でも通用します。マインド、スキル、アクションを回していくことです。気づいたらすぐ行動して、行動したら振り返り、どういう意味があるのかを考えて、気づきを得る。それが自分のスキルにインストールされていくのです。振り返り、気づき、行動の繰り返しでどんどん成長することができます。
源田:マインドセットでいえば、「これがあなたの仕事、すべきことだ」といわれたときに、「なんでおれがこんなこと」と思うのか、ポジティブに「まずやってみよう」と捉えるか。ポジティブに行動し続け、その結果からどのようなことを学べるのか。それをきちんと回せる人は業種業界関係なく、自分なりの働きがいをつかんでいけるのではないでしょうか。スキルにこだわらずにいえば、私の場合は社外の人から教えてもらう機会が成長につながったと思います。社外の人との対話を意識してつくっていくことが大切です。
(セミナーは2021年3月30日にオンラインで開催)
[NIKKEI STYLE キャリア 2021年04月24日 掲載]