
新型コロナウイルス禍に伴うテレワークの普及は人々の働き方を大きく変えつつあります。テレワークの普及により、新しいキャリア構築の手段が登場しています。その一つが「ふるさと副業」です。
「ふるさと副業」とは、大都市圏で働く人が地方企業の業務を「副業」として担うこと。今は大都市圏で暮らしている地方出身者が地元の企業で副業するケース、大都市圏出身の人が縁もゆかりもない地方の企業で副業するケースなどをひっくるめて「ふるさと副業」と呼んでいます。
テレワークの普及が追い風 遠隔地での副業が可能に
近年、副業を解禁する企業が増え、実際に副業を始めるビジネスパーソンが増えています。副収入を得ることだけを目的とする「副業1.0」の時代から、本業にシナジーの見込める副業を選ぶ「副業2.0」へ。さらに、「副業3.0」として、「本業ではできない経験を積み、新たなスキルを身に付ける」を目的として副業に取り組む傾向が、コロナ禍以降、みられるようになりました。
コロナ禍でテレワークが中心となり、通勤時間が省けたことで生まれた時間を副業にあてるケースが増えてきました。テレワークであれば、距離が離れている地方の企業の業務も担えるようになったというわけです。
地方企業が大都市圏人材を呼び込む動き
そもそも、地方企業が大都市圏の人材を活用しようとする動きは、5年ほど前から顕著になりました。内閣府は2016年、地方創生の取り組みの一環として「プロフェッショナル人材戦略事業」を本格的にスタート。その事業目的は、次のように定義されています。
「地域の中堅・中小企業に対して『攻めの経営』への転身を促し、個々の企業の成長及び地域経済の活性化の実現を目指す」
この目標を掲げ、各道府県に「プロフェッショナル人材戦略拠点」を設置。そして、「攻めの経営」に乗り出そうとする地域企業と、それを実践するプロフェッショナル人材(大都市圏にいる、事業企画や経営の経験が豊富な人材)のマッチングを、私たちのような民間の人材ビジネス事業者が担ってきました。
この取り組みにおいては、当初は大都市圏の人材を「正社員」として採用することを目指していました。しかし、「転職+地方移住」となると、やはりハードルが高く、採用が進まなかったのです。そこで、「業務委託」「副業」の人材にまでターゲットを拡大。すると、地方企業と大都市圏の人材の対流が活発化し始めました。
この動きを後押しするように、人材を求める地方企業と副業先を探す人材のマッチングを図るサービスも充実していきました。一例を挙げると、「みらいワークス」「サーキュレーション」「エッセンス」といった企業がマッチングサービスを提供しています。
もちろん、この施策に対する熱量は、地域によって大きく異なります。行政・プロフェッショナル人材戦略拠点・民間人材事業者、この3者がうまく連携できている地域では、ふるさと副業を積極的に増やしています。
また、地場の金融機関も、顧客である地場企業の成長を支援するため、人材マッチング事業に意欲的に関わっています。地方銀行の中には人材紹介業の免許を取得し、人材紹介業に参入する銀行も見られます。2018年3月、金融庁の規制緩和により銀行の人材紹介事業参入が認められ、すでに全国の地銀30行以上が動き出しています。
コロナ禍以降、地方で人材ニーズの幅が拡大
では、地方企業では、具体的にどんな業務・役割を担う人材が求められているのでしょうか。コロナ禍が深刻化する前――2020年2月にも、首都圏の人材が地方企業に就業しているケースを紹介しました(「首都圏から遠隔ワークでOK 地方が招く転職人材とは」)。
このときに挙げたのは、次のような人材ニーズです。
・事業拡大・海外展開を図る優良企業が戦略策定、推進できる人を求める
・事業承継にあたり、「次世代経営陣」を求める
・新規株式公開(IPO)を目指し、組織体制を整備する人材を求める
実際に転職が成立した事例としては、ミドル層以上が目立ち、「移住」ではなく、自宅を首都圏に残したまま「出張」「単身赴任」を選ぶスタイルが多く見られました。
このような人材ニーズについては、今も傾向は変わっていません。地方の上場企業が、首都圏人材を社外取締役として招聘するケースも引き続き見られます。
加えて、コロナ禍の1年の間に、状況が大きく動きました。地方企業でも事業活動やサービスのデジタル化が加速。これまでリアル店舗の運営のみを行っていた企業が電子商取引(EC)サイトの運営に乗り出したり、地元客のみに販売していた商品を全国へ展開するためにWebマーケティングを強化したりと、新たなチャレンジをする企業が増えています。これに伴い、IT(情報技術)・ウェブ系のマーケティングや企画、ECサイトの実装などができる人材のニーズも高まっています。
自治体主導で、地域全体のデジタル化の推進を打ち出す事例もあります。
例えば、山形県が2020年から取り組み始め、21年3月にまとめ上げたのが「Yamagata 幸せデジタル化構想」。「県・市町村」「暮らし」「仕事」「余暇」の4分野でのデジタルトランスフォーメーション(DX)を打ち出しています。山形県ではDX促進に際し、県内外のフリーランス人材・副業人材の活躍に期待を寄せています。
コロナ禍でテレワークが浸透し、地方企業と働く人の双方が「オンラインコミュニケーション」に慣れたことから、リモートでの副業にも抵抗感がなくなりました。こうした状況から、20代~30代のビジネスパーソンが、テレワークによる「ふるさと副業」に踏み出すケースが増えているのです。
経験が浅い分野の副業でスキルを磨くチャンス
ふるさと副業を行うビジネスパーソンの動機として多いのは、「地域に貢献したい」という気持ちです。「生まれ育った地域の活性化を支援し、役に立ちたい」「旅行で訪れて好きになった地域だから応援したい」といった思いを抱いている人が多いようです。一方で、「地域にこだわりはなく、副業先を探していたら、希望条件に合うのが地方企業だった」という人もいます。
私は、「ふるさと副業」を行うメリットは、「地域に貢献できる喜び」以外にもあると考えています。副業の目的が「本業ではできない経験を積む」「新たなスキルを磨く」である場合、大都市圏で副業するよりも地方のほうが就業のハードルが低いからです。
「○○の経験は浅いけれど(独学で勉強した程度のレベルだけど)、副業で経験を積んで、ブラッシュアップしたい」と思った場合、その分野の経験者が多数いる首都圏ではなかなかチャンスを得られないかもしれません。しかし、地方企業であれば、人材の確保が難しく、まだ浅い知識や経験であっても重宝される可能性があります。そのように、「相手企業の役に立てる」かつ「自分のスキルを磨ける」副業先を地方に求めるのも、キャリア開発の一手段として有効なのではないでしょうか。
自身の経験値を高めつつ、その企業の発展に貢献し、「第二の故郷」と言える場所ができる――。「ふるさと副業」は取り組み方次第で、多くのものを得られると思います。「ふるさと納税」の先の具体的な貢献として今後、さらに注目されていくと感じます。

森本千賀子
morich代表取締役兼All Rounder Agent。リクルートグループで25年近くにわたりエグゼクティブ層中心の転職エージェントとして活躍。2012年、NHK「プロフェッショナル~仕事の流儀~」に出演。最新刊「マンガでわかる 成功する転職」(池田書店)、「トップコンサルタントが教える 無敵の転職」(新星出版社)ほか、著書多数。
[NIKKEI STYLE キャリア 2021年05月07日 掲載]