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地方への転職、3割が成約 半数以上は県外転居なし

内閣官房の笹尾一洋企画官

内閣官房の笹尾一洋さん
内閣官房の笹尾一洋さん

経営層や管理職など都市部で実績を積んだ“プロ人材”に、地方企業が熱い視線を向けている。ビジネスパーソン側もコロナ禍で働き方の選択肢が広がり、UターンやIターン、転職、副業など地方企業で働くことへの関心が高まり、両者を結び付ける仕組みの重要性が増してきた。大都市圏で働くビジネスパーソンと地方企業をつなぐ「プロフェッショナル人材事業」を展開する内閣官房のまち・ひと・しごと創生本部事務局企画官の笹尾一洋さんに話を聞いた。

地方企業も、都会の即戦力を安心して確保

――事業の目的やこれまでの成果について教えてください。

「2015年に地方創生事業の一環として、地方企業が『攻めの経営』に転じるのを支援しようと始まりました。『都会から地方へ』だけではなく『大企業から中小・ベンチャーへ』と、経験豊かな人材が能力をより発揮できる場所を求めて移動する流れを後押ししようという取り組みです。東京都と沖縄県を除く45道府県に拠点を設置し、各地方の企業のニーズをくみ、民間の人材仲介会社を介して都市部のビジネスパーソンとのマッチングを図っています。有能な人材に能力を発揮してもらうことが個人にとっても社会全体にとっても非常に有意義だと思っています」

「この事業の核は、各拠点のマネージャーが経営者と話し合いを重ねながら経営課題を引き出し、その解決のための人材ニーズを掘り起こす点にあると考えています。地方企業の経営者は、外部の即戦力人材の採用や活用をはなからあきらめている面もあり、いかに人材ニーズの“気づき″を共有できるかが非常に重要です。通常の人材マッチング事業の成約率はおよそ1割とされるなか、この事業では直近年度で約3割と高水準で推移しています。政府や自治体が手がける事業なので、地方企業が安心して利用できるという面もあるようです。新規事業立ち上げのための人材を獲得した後、営業人材も採用するというように、リピートして利用するケースも多いです。相談件数が増えているほか、マッチングのノウハウが蓄積されてきたことで、成約率も上がっています」

(出所 内閣府 プロフェッショナル人材戦略ポータルサイト)
(出所 内閣府 プロフェッショナル人材戦略ポータルサイト)

コロナ禍で相談件数が逆に大幅増へ

――コロナ禍で、都市部のビジネスパーソンの利用が増えましたか?

「当初、コロナによる景気低迷で、地方企業で働くことへの関心が薄れてしまうのではと懸念していたのですが、実際はまったく逆で、足元の相談件数はコロナ前の約1.5倍に増えています。コロナを機にテレワークの定着など働き方が変化し、地方企業への転職や副業への関心が高まったことが追い風になっています。キャリアを見つめ直し、『自分の能力をいかせる仕事』『キャリアアップにつながる仕事』『通勤がなくワークライフバランスを充実できる仕事』などという文脈で考えたとき、『地方で働く』を現実的な選択肢として考える人が増えたと思われます。最近は常勤雇用だけでなく、副業、兼業人材のマッチングも増えており、大企業に在籍しながら週1回だけ地方企業のために働くという人も少なくありません」

「一方、コロナを機に企業側も生産性向上や新規顧客の開拓といった課題解決に取り組む必要性が一段と増し、『優秀な外部人材の力を借りて“攻めの経営”に転じたい』と考える経営者が大幅に増えました。特に副業人材については、企業側の固定費がかからず採用を決断しやすい、という大きなメリットもあります。コロナ禍で双方のニーズが合致し、人材流動化がこれまでになく高まっていると言えるでしょう」

DX人材は地方もモテモテ、岐阜・静岡の製造業で高いニーズ

――地方企業で特に求められる人材は。

「能力や経験といった意味では、最近はDX(デジタルトランスフォーメーション)人材が圧倒的に多いです。社内の業務効率化や消費者向けビジネスでのネット販売の拡大など、地方企業が『攻め』に転じるためにDXが不可欠になっています。生産管理を経験した工場長や営業経験者を求める声も目立ちます。成約案件ベースでは、30代が最も多く30%強、20~40代で全体の75%を超えています。シニア世代のセカンドキャリア探しというよりも『現役世代』がUターンを模索したり、仕事のやりがいを求めて転職したりするケースが多い印象です」

「プロ人材を受け入れる企業の業種は製造業が約6割を占め、受け入れ実績で上位の自治体は製造業が盛んな岐阜県と静岡県です。以下、宮城県、大阪府、滋賀県、広島県、富山県、長野県と続きます。高い実績をあげている地域は、拠点のマネージャーが地域の経済界とよく連携して人材のマッチングを進めているという特徴もあります」

――具体的にどのようなケースがありましたか?

「関東の電気製品の輸入販売会社に勤めていた40代男性は、北海道の電気機器企業へUターン転職しました。『いつか地元でものづくりに携わりたい』という思いを抱いていたそうです。会社側は技術者の高齢化が課題になっていたようで技術系部門の中核人材としての活躍を期待しての採用でした。また、東京のゲーム会社で働いていた30代の女性が家庭の都合で九州へ引っ越すことになり、福岡県のゲーム会社でチームリーダーとして採用されたという事例もありました。最近増えている副業では、東京のIT企業の子会社社長だった30代の男性が、兵庫県のかばんメーカーのECサイトの構築に携わったというケースがあり、週1回の打合せにリモートで参加し、わずか3カ月でサイトの構築にこぎつけたようです」

地方転職でも、半数以上は県外転居せず

―――ビジネスパーソンにとってのメリットは何でしょうか?

「本事業で対象としている仕事は、大企業の“歯車の一部”ではなく、企業の心臓部で働く経験ができるものばかりです。仕事のやりがいや新しいチャレンジを求めている方に適しているかと思います。人生100年時代になり、働き方やキャリアを見直す機運が高まっています。従来の“就社”ではなく自分自身でキャリアをデザインしたい人にとっては、地方の中小企業の仕事に携わって視野を広げることでキャリアの幅を広げられる利点があります」

「案件によっては、必ずしも転居しなくてもチャレンジできる点も魅力です。地方転職の大きなハードルとして家族の反対がありますが、これまでの成約事例のうち半数以上が県外への転居を伴っていません。都市部にいながら、自分のスキルを新たな分野で生かしたり、違う環境に身を置いて刺激を受けたりすることができます」

――最大の課題は何ですか?

「転職者のマインドの持ち方、具体的には“上から目線”問題です。経験やスキルを評価されて入社しても、大手企業、都市部の企業での経験を高飛車に振りかざして働くようでは、成果を上げることはできません。地方企業では、専門的な人材を中途で採用することはまだ一般的ではなく、企業側も『社風に合うか』などそれなりの不安がありつつも覚悟を決めて採用しているとも言えます。『郷に入っては郷に従え』の精神で自分から丁寧にコミュニケーションをとり、会社が抱える課題の解決に向かっていく姿勢を見せることが大切だと思います」

(日経転職版・編集部 木村茉莉子)

笹尾 一洋

内閣官房 まち・ひと・しごと創生本部事務局 企画官兼内閣府本府 地方創生推進室企画官 1999年慶大経卒 政府系金融機関にて、法人融資などを担当。官庁(経済産業省、金融庁)出向、経営企画・ALM業務を経験。金融庁では、中小企業金融、REVIC 監督、顧客本位の業務運営、有価証券運用等モニタリング、仮想通貨交換業者監督等に従事後、前任は監督局銀行第二課に在籍。2019年7月より現職。

[NIKKEI STYLE キャリア 2021年06月05日 掲載]

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