
転職した後に納得のキャリアを積んでいる人と、そうでない人との差がますます激しくなっています。これは新型コロナウイルス禍以前からの傾向でしたが、コロナ禍の中でその乖離(かいり)がさらに進んでいることを、キャリア相談・転職相談を受けている中でこの1年、日々感じます。そこにはどうも、これまで当たり前として語られてきていることについての認識違いや幻想が多分に含まれているのではないか。私には、そう思えてなりません。これからを生き抜く、勝ち抜くための、ミドル転職における意識改革が必要なのです。皆さんの誤解や幻想を解いてほしい、ミドル転職での三つの「グレートリセット」を紹介しましょう。
「ジョブ型」とは、適所適材、ポジション(ポスト)型
まず「グレートリセット」の一つ目に、「『適材適所』から『適所適材』へ」を挙げましょう。以前にも触れたことがありますが(「ジョブ型議論に惑わされるな 転職の売りは3点セット」)、ジョブ型議論にはまやかしや誤解が多分に含まれています。
日本企業の雇用体系は「メンバーシップ型」から「ジョブ型」へと大きく変化しつつある。「ジョブ型」においては、その人がどんな仕事をするかが明確に定められており、それ以外の仕事をすることはない」
これは、ある著名なコンサルタントの近著にあった一節です。「ジョブ型」に関する議論は、おおむねこの論調に近いでしょう。
しかし、私は長らくエグゼクティブサーチ事業に携わり、外資系企業のクライアントから外部採用に際しての「ジョブディスクリプション(JD、職務記述書)」を多く預かってきましたが、「その人がどんな仕事をするかが明確に定められており、それ以外の仕事をすることはない」という内容のJDを見たことがありません。
失礼な表現を顧みずに言えば、概ねのJDは、例えばマーケティングマネジャーのものだったとして、A社とB社、C社のJDを入れ替えたとしても、ほぼ同じ内容のものがほとんどです。要は、それぐらい「ざっくりとした」職務定義なのです。そうでなければ各社の事情に合わせて職務遂行させようがありません。JDに記述していることだけやっていたら、生き馬の目を抜く外資系企業でプロモーション(昇進)などできようがありません。
もしジョブ型議論に本質があるとすれば、それは「適材適所」という考え方から「適所適材」へのリセットです。生かされるポストがまずあり、そのポストであなたが成果を出せるのか否かが明確に問われるようになったということです。
JDが決めているのは、詳細職務ではなく、「ポジション(ポスト)」です。日本で今、「ジョブ型」と呼ばれているもののグローバルスタンダードは「ポジション(ポスト)型」なのです。
私自身はジョブ型議論以前から、「適材適所」ではなく「適所適材」であると述べています。中堅世代やリーダークラス以上の採用、人事、育成は、「その人を、どこに」ではなく、「このポストに対して、適する人は誰か」で行われます。
対して、新卒入社の新人から、いわゆる若手層までについては、「適材適所」が優先されます。まずその「適所」がある程度以上、特定されるまで、ポテンシャルとしての人材を、それなりにハマりそうな部署・職務に配置する「適材適所」を目指すわけです。
ミドルやシニアの皆さんが新人・若手時代の「適材適所」のままでキャリアや転職を考え、行動していることに、その世代が企業から求められることとのギャップが生じています。意識・認識をしっかり切り替え、「自分は、どのポストに適応できるのか」「そのポストで最大成果を出せるのかを問われ続け続けているのだ」という前提で転職活動し、着任後も任務遂行することが大事です。
「ポータブルスキル」ほど社外市場価値を下げるものはない?
「グレートリセット」の二つ目は、「『ポータブルスキル(社外市場価値)』信仰から『特定領域でのプロフェッショナリティー』へ」です。
「自分の市場価値がどれぐらいあるか、教えてください」「市場価値を高めたいのですが、どこに転職するのがよいでしょうか」というような質問、相談をよく受けます。これと関連して、ポータブルスキルということがいわれて久しいですが、結論からいえば、そもそもポータブルスキルがあれば社外で共通して市場価値が高まるなどということはありえません。
ポータブルスキルは大きく分けて「コンセプチュアルスキル(仕事の進め方のスキル)」と「ヒューマンスキル(対人関係スキル)」で構成されると紹介されています。もちろん、この二つはどの世代のビジネスパーソンにとっても必須であり、スキルレベルが高いことが望ましいです。では、この二つのスキルがあれば、どのような場でも職務を全うできるのかといえば、中堅世代以上の皆さんにとって、そのようなことはありません。
このポータブルスキルを土台として、その上に、これまでの職務経験を積み重ね、肉付けしてきた特定の領域(業界・職種)での専門性、プロフェッショナリティーこそが、あなたが「ある特定の市場で価値がある」ということにつながり、それがミドル・シニア世代の人が「求められる」ということを意味します。
逆説的な言い方になるかもしれませんが、ポータブルスキルしか持っていないミドル・シニアにはどの場所でも市場価値は認められないでしょう。特定領域の専門性、プロフェッショナリティーを持つミドル・シニアがその特定の市場において高い価値を持つのです。
この連載でも折々触れてきた、「なんでもやります、できます」アピールのミドル・シニアほど魅力に乏しく、実際に発揮できる価値が少ないというのは、このことを指しているのです。ぜひ、「ポータブルスキル(社外市場価値)」信仰(幻想)を振り払い、自分の強み・主戦場をはっきり特定させましょう。
キャリアは「アップ」狙いではなく、自分で「メーク」するもの
「グレートリセット」の三つ目は、「キャリアアップ」ではなく「キャリアメーク」です。「今回の転職でキャリアアップを狙っています」。これまた、我々がよく聞く常套句ですが、キャリアアップとはそもそもなんでしょう。直線的に昇進していくことを指しているのでしょうか。
先にジョブ型議論の誤解と幻想について話しましたが、例えば今、日本でいわれているようなジョブ型に、大半の企業が移行して、特定の職種(職務)に閉じ込められたとしたら、そもそも職務範囲も広がらず、昇進(=キャリアアップ?)もままならなくなってしまいます。どうしましょう?
生涯を固定的に保証するようなプロモーションパターンなど、とっくの昔に崩壊しています。「年功序列・終身雇用」も、非常に限られた特定の期間中のみで成立していた、昭和から平成初期までの日本企業の幻想でした。
そうではなく、「キャリアドリフト」とも最近いわれますが、その時々の流れに応じて、また自分でもテーマや展望を持って、フレキシブルにキャリアを積み重ねていく人が、結局はハッピーなキャリアをつかんでいます。キャリアは自分で作るものなのです。
会社に「キャリアをアップさせてくれることを期待する」のではなく、その会社のポストで担える役割を通じて「キャリアを自分でメークしていけるか」を問い、求める。それが、自分のキャリアの手綱を自分で握り、他人に渡さないということに通じるのです。
コロナ禍を経て、いよいよ転職やキャリアに関する様々な「幻想」「神話」が崩壊しつつあります。ミドル・シニアとしての転職に成功し、納得のキャリアを積んでいる人は、若手時代に植えつけられた固定観念や、かつては主流の考え方とされていた既成概念から「グレートリセット」している人です。

井上和幸
経営者JP社長兼CEO。早大卒、リクルート入社。人材コンサルティング会社に転職後、リクルート・エックス(現リクルートエグゼクティブエージェント)のマネージングディレクターを経て、2010年に経営者JPを設立。「社長になる人の条件」(日本実業出版社)、「ずるいマネジメント」(SBクリエイティブ)など著書多数。
[NIKKEI STYLE キャリア 2021年04月23日 掲載]