IT(情報技術)や医療をはじめとする成長分野に人材を振り向けるため、政府は制度を拡充し30万人規模の就労を支援する。新型コロナウイルス感染拡大の影響で仕事を失ったり、働きながら学んだりする人を手助けする。コロナで影響を受ける業界がある一方、企業のデジタル化は加速しており、雇用のミスマッチが生まれている。再教育で需要のあるスキルを持つ人材を育て、成長力を高める狙いがある。
国内では自動車や電機など裾野の広い産業が多くの従業員を抱えてきた。中国や韓国勢との競争激化で生産現場の働き手の余剰感が強まり、人工知能(AI)などのデジタル技術を使ったサービスにシフトする動きが鮮明になっている。求められるスキルを持つ人材の不足が指摘されてきた。

政府は2021年度、雇用保険に入っていない人向けの「求職者支援訓練」の受講者を5万人に倍増する。自治体などが運営する「公共職業訓練」も従来の1.5倍の15万人にすることを目指す。働きながら学び直す「教育訓練給付制度」も10万人程度が使っており計30万人規模を支援する。
求職者支援訓練は、シフト制などで働く非正規労働者も受けやすいようにした。月10万円の手当を受け取るための要件を「月収8万円以下」から「12万円以下」に緩和。現在は正社員ではないが、働きながらより高い賃金の求職を目指すといった人が使いやすくなる。
この要件の緩和などは9月までの時限措置だが、厚生労働省はコロナ長期化を見据えて一部措置の恒久化を検討する。
教育訓練給付制度はデジタル人材の育成に重点を置く。介護や看護などに加え、AIやデータサイエンスの講座を増やし高い技術を持つ人材を育てる。19年度は約11万人が利用しており最大7割の公的な補助もある。公共職業訓練は福祉などを学ぶ授業が受けられる。
日本の労働生産性は、経済協力開発機構(OECD)加盟37カ国中21位と低迷してきた。専門人材の育成は産業全体の生産性を高める効果も期待される。
コロナ禍で雇用環境は悪化している。日本にはいわゆる社内失業の状態の従業員を意味する「雇用保蔵者」が20年10~12月期時点で238万人いる。総務省の調査では4月の完全失業者のうち「勤め先や事業の都合」が理由だった人は前年同月比10万人増の40万人だった。飲食をはじめサービス業への影響が大きい。
外出自粛で低迷する流通や観光、運輸など雇用維持が難しくなっている業界も多い。企業はコロナでデジタルトランスフォーメーション(DX)の加速も迫られている。
スキル習得の再教育と受け皿の確保を同時並行で進められればデジタルなどの成長分野に人材をシフトしやすくなる。コロナ後の成長を後押しし、賃金の改善につなげられる可能性もある。
[日経電子版 2021年05月31日 掲載]