午前は車掌・午後は企画 JR東日本、兼務の現場に密着

JR東日本が社員が業務を兼務する働き方改革を広げている。運転士や車掌などの現場と、企画などの事務を兼務する。業務が固定され、人手不足や組織の縦割りが課題だった。新型コロナウイルスで在宅勤務が広がり、旅客輸送の環境が変化している。新しい発想の共有で新規事業を創出し、乗務員を補う働き方改革に挑む。

神奈川県などを走るJR横浜線。JR東日本横浜支社の企画部門に所属する関根聡美さんは4月末、週に1度の車掌業務を務めていた。午前8時前にJR橋本駅(相模原市)から最後尾の車掌用のスペースに乗り込んだ。車内のアナウンスに加え、駅に停車するたびにホーム上の安全確認やドアの開閉を操作し、朝の通勤時間帯の輸送を担った。

午前10時過ぎ、約2時間半の乗務を終えて橋本駅に隣接する相模原運輸区(相模原市)に戻った。日中に勤務する車掌は次の乗務に備えて休憩をとるが、関根さんは午後のオフィス勤務に向けて制服からスーツに着替える。関根さんは「制服は乗客の命を預かる仕事の証し。着替えると企画の仕事に気持ちが切り替わる」と話す。

午後は荷物輸送の企画会議

電車に乗り、午後1時すぎには横浜市内の同社横浜支社に出勤した。関根さんの担当は特急列車で静岡県伊豆エリアの魚介類を新鮮なまま都内などへ輸送する事業だ。コロナ禍で減少する鉄道の乗客数を列車による荷物輸送で補おうという、JR東が最も注力する事業の1つだ。

同僚と次回の実証実験について打ち合わせし、関係企業との会議に臨む。関根さんは「荷物の積み込みなどの円滑な工程に、車掌としての経験が生かせる」と意気込む。

JR東が業務の兼務制度を2019年に導入したのは、社員の仕事と家庭の両立を進める必要があったためだ。短時間勤務制度を導入するためダイヤの密な時間帯に乗務員を確保する必要があり、兼務制度を始めた。

コロナ対策で兼務対象拡大

当初は企画部門に異動する際に、兼務を決めた社員に対象を限定していた。だが、20年4月に新型コロナの感染が拡大し社内で集団感染が発生した時の備えが必要になった。乗務員経験があれば異動後でも兼務できるようにして恒久的な制度にした。

現場を離れた社員が乗務に復帰する場合は数週間から数カ月かけて講義や実際の乗務訓練を実施する。指導員が同乗し、安全確認や運転操作のほか線路のカーブや速度制限の勘所を改めて身につける。

JR東は旧国鉄時代の1980年代後半に経営合理化のため採用を抑制してきた。新卒だけでなく中途の採用も含めて、19年度までの10年は毎年2000人前後の大量採用を続けている。

だが、退職者(20年3月)が50代半ば以上の大量採用時代の社員を中心に年間3600人程度と、10年前と比べて5割増えており、今後も人手不足の懸念が残る。

人手不足に対応し働き方の多様性を確保するうえで、兼務が重要になった。JR東海やJR西日本では同様の働き方は取り入れられていない。JR関係者は「乗務員を目指して入社する社員も多い。組合加入率が他のJR各社と比べて低いJR東は取り入れやすいのでは」と話す。

「ドライバーレス」視野に

足元では60~64歳の再雇用社員の退職の時期も迫る。首都圏ではワンマン運転の拡大を検討しており、将来的には国家資格が必要な運転士が乗車しない「ドライバーレス運転」も視野に入れる。山手線では自動運転の実証実験を始めた。JR東の深沢祐二社長は「兼務の導入で働き方をより柔軟にできる」と話す。

旅客輸送に依存した現状からの脱却も課題だ。深沢社長は旅客輸送が「コロナ前には戻らない」と危機感を募らせる。21年3月期の運輸収入は前期比で半減し、最終損益は5779億円の赤字(前の期は1984億円の黒字)に落ち込んだ。通期の赤字は87年の民営化後で初めてだ。

近年の追い風だった訪日外国人(インバウンド)による観光やホテルの宿泊需要も当面は見込めない。鉄道事業は8割ほどが固定費と負担が重くのしかかる。JR東は設備のスリム化や利用ピーク分散による運行本数削減で、設備投資の圧縮などを進める。

こうした状況で収益の回復には非輸送事業が鍵を握る。18年に発表した27年度に向けた中期経営計画では売上高に占める同事業の比率を約3割から4割に引き上げる計画だったが、新型コロナで経営環境は激変した。4割の計画を25年度に前倒しし、将来的に5割まで伸ばす目標だ。

新規事業として列車を活用した荷物輸送やシェアオフィス、商業施設など駅の多目的化を急ぐ。事業の幅が広がる上で、固定化した業務や組織体制を改める必要がある。

安全と新規事業の両立課題

JR東は旧国鉄以来の働き方の変革を一気に進めるが、JRの組合関係者からは「鉄道事業の基本である安全運行が損なわれないか」との懸念も出始めている。運行に関して注意すべき通過ポイントや線路周辺の環境などは乗務経験の積み重ねがなければ、会得できないためだ。

大前提である安全運行と、新規事業や効率化をどう両立させるか。コロナ禍という最大の転換点を迎え、一段と難しいかじ取りを迫られる。

JR東日本が働き方改革を進めるのは、社員のモチベーションを高める目的もある。関根聡美さんは4月、社内の公募で専任の車掌から企画部門に転じた。関根さんは「実家が農家で、地域活性化関連の業務に携わるのが夢だった」と話す。まずは列車を使った輸送の成功を目標に掲げる。

乗務員経験のある社員が支社で職場環境の改善や遅延対策の立案に携わることもある。運転士と企画部門を兼務していた大久保亮太さんは「運転士の際に感じた、休憩場所のトイレ整備の必要性などを提案した」と話す。

乗務員や駅係員は固定的な勤務形態で1日の業務内容が明確に定められている。JR東の深沢祐二社長は「現場で利用者と接する社員が企画立案に携わることでサービス向上につながる」と強調する。

JR東の乗務員は21年4月時点で約1万3000人と社員全体の約3割を占める。兼務者は約220人と、新型コロナ対策で運用を広げたこの約1年半で5倍に増えた。恒久的な制度として続けることで兼務乗務員を広げる。

同様の動きは他の鉄道にも広がる。南海電気鉄道は、運転士が車掌として乗務する制度を21年春から導入した。「労働人口が減ることを見据えると、一人がマルチタスクできる方が会社としても利点がある」(南海)とみる。

労働形態の変革がようやく進みだした鉄道業界だが、労使が納得する働き方の実現には、なお時間がかかりそうだ。

(野元翔平)

[日経電子版 2021年05月30日 掲載]

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