あしたのマイキャリア

証券マンがIT技術者に 英語で2カ月、猛勉強で転機

未経験からDX人材へ

DX人材が活躍する機会は幅広い企業で生まれている(写真はイメージ) =PIXTA
DX人材が活躍する機会は幅広い企業で生まれている(写真はイメージ) =PIXTA

デジタルトランスフォーメーション(DX)人材を転職市場で積極的に採用する動きが広がっている。文系出身者やIT(情報技術)の経験が少ない人は「ハードルが高い」とあきらめがちな職種かもしれないが、状況に変化が見えつつある。経験重視の転職市場ではまだ少数派ではあるものの、DXとの関係が希薄な企業・職場からDX人材として転職するケースが増えつつある。転職に至った経緯やスキルの習得などについて、経験者たちから聞く連載の第1回は証券会社からスタートアップ支援のフォースタートアップスのエンジニアに転じた藤井祐汰さん(28)だ。

――新卒で入社したのは大手証券会社。なぜ4年目に退社しようと思ったのですか?

「大学は理工学部の物理学科で、専攻は原子力工学でした。理系出身ではありますが、プログラミングやコンピューターサイエンスとは無縁でした。大学院に進む人が多い研究室に所属していましたが、大学で学び続けるよりも早く社会に出て成長したかったので、激務のイメージがあった大手証券会社を選びました。プロジェクトファイナンスなどを扱う部署に配属され、投資家を訪問するほか、企業にプレゼンしたり資金調達スキームをまとめたりと、新しい挑戦にワクワクする日々でした」

「ただ、働き方の面で状況が一変しました。以前は長時間勤務になることが多い職場でしたが、入社後に働き方改革が一気に進み、働きたくても働けないという状況に。これが悩み始めたきっかけです。残業時間の管理が厳格になり、働ける時間が年々減少。一方で業務の効率化はそれほど進まず、次第に定期的な案件の対応に追われ、自ら収益機会を作り出す時間がなくなっていきました」

「半年間、悩み続け、いろいろな人に相談していたころ、スタートアップで役員を務める同世代の知人に『答えは出ているのでは。明日辞表を出すぐらいの覚悟で考えて』と言われ、『これ以上、背中を押してもらえる瞬間はない』と感じ、翌日、退職の意向を会社に伝えました。最後は思い切りだったと思います。親を含め、周囲の大半は『何があったの?』『どうしたの?』とネガティブな反応でしたが、応援してくれる友人がいたことが精神的な救いとなりました」

ビジョンに共感しスタートアップへ

――大手企業の安定した待遇から突然無職になったわけですが、次に何をするかは決まっていましたか。

「退社したのは25歳のころ。漠然とスタートアップで働きたいと考えていましたが、いざ自分がどう貢献できるかと思いをはせると、営業経験もなくエンジニアでもなく、マーケティングや経営の経験もありませんでした。会社をやめると、給料がゼロになるのは当たり前ですが、思った以上に生活水準の変更を余儀なくされました。貯金を取り崩して過ごす日々でしたが、いつかは元の給与水準で仕事ができるだろうと、楽観的に考えていたところがありました」

フォースタートアップスのエンジニア、藤井祐汰さんは証券会社から転職した
フォースタートアップスのエンジニア、藤井祐汰さんは証券会社から転職した

「本格的に次の仕事を探す前に『少なくともITの知識はあって損はしない。ついでに英語も』と一念発起し、プログラミングを短期集中で学ぶ『ブートキャンプ」に参加しました。授業はすべて英語。約2カ月間、毎日、朝から夜まで12時間ほどプログラミングに没頭するという日々でした。想像していた以上におもしろく、夢中になりました。全く分からないところから少しずつ理解していく感覚を確認するのが新鮮でした」

「15カ国23人の仲間と共同のワーキングスペースで作業するなど、大企業と180度違う環境を楽しんでいました。文系出身者がほとんどで、転職を視野に入れて参加した人が多かったです。キャンプが終わるころにはこのままエンジニアとして仕事を探そうと思うようになっていて、今思えば、ブートキャンプが人生の転機になりました」

――その後、スタートアップ企業を支援する会社に就職した理由は何ですか。

「シェアハウスの住人からの紹介で現在の会社の人に出会いました。『for Startups(スタートアップ企業のために)』というビジョンに共感した部分が大きかったです。証券会社時代から、日本の国力低下を痛感することが多く、『このままではいけない』という漠然とした危機感を持っていました。この会社で働けば、スタートアップを活性化する取り組みに自ら貢献していけそうだと期待が高まりました。エンジニア組織がまだ大きくなかったので、この先、いつか面白いことを始めるタイミングが来るだろうと、まだ見ぬチャンスにかけていた面もあります」

「今は主に、社内の人材コンサルタントや転職希望者らが使う顧客管理システムを開発しています。システムをより使いやすくすることによって、コンサルタントの成績が上がり、スタートアップへの転職を後押しできる、ひいては日本の競争力アップにもつながるという点で、社会的な意義を感じ取れるのはとてもありがたいです」

「コンサルタントは日々、様々な要望や相談を伝えてくるので、キャッチアップの勉強が欠かせませんが、どん欲に学ぶことができる生活を楽しんでいます。スタートアップでは『未熟者だから』という言い訳は通じません。先輩エンジニアたちと対等に話せるよう、今後も努力し続ける必要があると感じています」

「入社時に10人だったエンジニアチームは現在ほぼ2倍の規模に増えました。組織も開発しているシステムもまだまだ改善の余地がありますが、逆にああしよう、こうしようと考える楽しみがあります。職務が細分化されている大企業と違い、ボールがあちらこちらに転がっているので、積極的に拾いにいけば、それだけ自分の可能性も広がるのがスタートアップで働くだいご味だと思います」

「今後のキャリア目標としては、一義的にはエンジニアとして成長したいと思っています。そして、将来的には起業する側に回りたいですね。テクノロジーが分かる経営者として、社会的な課題を解決するようなスタートアップを創業できればと思っています」

DX未経験者を採用する企業側の見方

――未経験からエンジニアを目指そうとしている人へ伝えたいことはありますか。

今の仕事に文系、理系は関係がないと藤井さんは感じる
今の仕事に文系、理系は関係がないと藤井さんは感じる

「やりがいのある仕事ですが、エンジニアは決して楽な世界ではありません。たとえば、コードが1文字間違っているだけでシステムが全く動かなくなってしまうこともあります。ただ、『もっと何かしたい』『社会に価値を提供したい』という前向きな動機があるのなら、ぜひ一歩踏み出してほしいと思います。自分の経験からいうと、プログラミングやエンジニアの仕事において、文系、理系は全く関係がないと感じています。コンピューターサイエンスや数学の知識が必要なわけでもありません」

「一般的に異業種転職は難しいといわれますし、実際、苦労もあります。自分も半年間悩み続けていたので、『転職するべきか否か』という葛藤はよく理解できます。しかし、決断した瞬間、『1年後の自分はどうなっているかな』というたくさんの期待と少しの不安でとてもドキドキした記憶があります。『今の仕事が嫌だから』というネガティブな動機ではなく、ポジティブな動機で迷っている場合は、きっと私と同じような感情になるのではと思います」

【採用担当から一言】

フォースタートアップス 戸村 憲史 執行役員 最高技術責任者(CTO)

採用では「for Startups」、スタートアップ企業のためにというマインドがあるかを非常に重視しています。藤井さんからは面接でスタートアップに対する熱い思いが聞けたのに加え、面談を進めていく中でお互いの理解が一段と深まり、採用となりました。エンジニアとしての経験は少なかったですが、過去にも未経験からエンジニアになって飛躍的に伸びた人たちを見ました。会社として「ヒトの無限大の可能性」を信じているので、社会人として優秀だと感じた藤井さんへの不安はありませんでした。今後も当社のビジョンに共感し、エンジニアとして一緒に課題を解決していきたい人は積極的に採用したいと思っています。

(日経転職版・編集部 宮下奈緒子)

藤井祐汰
フォースタートアップス アクセラレーション本部 テックラボグループ エンジニア。早稲田大学先進理工学部卒業後、大和証券に入社。投資銀行本部でストラクチャードファイナンスのスキーム構築や案件執行を担当。2018年に退社。その後、フィンテック企業を経て19年フォースタートアップスにエンジニア職で入社。

[NIKKEI STYLE キャリア 2021年05月08日 掲載]

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