
幹部やリーダーの皆さんの転職を支援していて「もったいないな」「もっと有効活用すれば良いのに」と最も感じるのは、みなさんがお持ちの「人脈力資産」です。応募先の企業各社が幹部やリーダーに求める資質、感じる魅力は「専門力資産(経験・知識・スキル)」「人間力資産(資質・人間性・タイプ)」、そして「人脈力資産」の3つの保有資産。コロナ禍を受けて、「人脈力資産」の重みは一段と増してきました。
転職活動にあたって常に意識すべきなのは、応募先企業があなたに何を求めているかです。「専門力資産」は当然、多くの人が自覚的であり(ただし、しっかりすり合わせができている人は案外少ないです)、「人間力資産」については意識できているか否かは人によりけり、まちまちです。そして、ほとんど意識されていないとみえるのが「人脈力資産」です。
職歴を開示する際に、それにまつわる人脈も開示する
緊急事態宣言は3月21日で解除されましたが、リバウンド(再拡大)の懸念は続き、ワクチン接種が一般まで広がるのはかなり時間を要しそうです。まだまだウィズコロナでの行動制限は続くことにならざるをえないと思われます。このような状況下で、あなたがこれまで長年にわたって積み上げてきた「人とのつながり」こそ、この対面行動制限下における最もパワフルな資産です。
幹部やリーダーの皆さんが仕事を通じて、様々な関係者との間に長らく培ってきた関係性・信頼性があってこそ、転職希望先企業が期待するような高く深い職務を遂行できます。知識や意欲はもちろん重要ですが、即戦力として遂行力や統括力を求められる皆さんに対しては、担当業務を実際に動かすにあたって、それに必要な関係者と具体的に業務を進めることができることこそ、応募先企業が求めたい・確認したいところです。あなたが人脈力資産を持つということが、その何よりの証明書となるのです。
ですから、まずお勧めしたいのは、面接時に、あるいはその前の書類選考の段階においても、あなたがどのような人脈を持っているかということについて積極的に開示していくことです。
たとえば、営業職であれば、どの企業と取引していたかだけでなく、カウンターパートとなっていた人はどのような部署のどのような職責の人だったのか。特に深く入り込んでいた案件では、取引先とどのようなコミュニケーションをしていたのか。
商品やサービスを企画・開発・製造するような部門ならば、どのようなパートナー、ベンダーと付き合ってきたのか。これもどの企業どまりではなく、どのような人に委託してきたのか。その人たちの実績はどのようなものなのか。
本社部門であれば、どのような他部門のとのやり取りをしてきたのか。自社のキーパーソンである社長や役員、事業部門の責任者などとのリレーションを持っているのか否か。
まずはこうした社内外の人たちとの付き合いについて棚卸しし、職務経歴書上でも面接時においても、業務経験の話をする際、面接・面談相手に伝えることを重視してください。それだけでも応募先相手の反応は大きく変わると思います。
応募先企業から信頼、安心される「人脈話」とは
面接者「ああ、Aさんとご一緒にやられていたんですね。Aさんには当社でも、事業部でとてもお世話になっていますよ」
あなた「御社でもつながりがおありなのですね。Aさん、気さくでとても良い人ですよね。プロジェクトに絡んで、何度か食事をご一緒しましたが、仕事を離れた趣味も多彩で、お話を聞いているだけで、とても勉強になっています」
先のような人脈の開示をしていると、面接中にこんな会話になったりします。
このような会話が飛び交うことが、特に上位職になればなるほど自然と増えるのが、私が経営層・幹部層の案件に携わっていて、とても楽しいひとときです。当たり前のことですが、どんなに大きな事業やプロジェクトであっても、いや、だからこそ、それはしごく個別的な人と人とのご縁やお付き合いで動いている、回っているということを実感する瞬間です。
人脈とは「誰を知っているか」以上に「誰に知られているか」。いわゆるリファレンスの確かな人こそ、企業が採用したい人です。
そういう意味では、面接者とあなたの会話の中で登場したAさんこそ、人脈力があり、リファレンスの確かな人だともいえるわけですが。なにも当人に直接聞くということばかりでなく、こうした共通の第三者について、面接者とあなたがしっかり具体的な話をすることができ、それが双方から見て信頼に足る、間違いない情報だと確認できることも、立派なリファレンスなのです。ちゃんとしたつながりや付き合いがなければ、各論での話を交わすことはできません。
最近は外資系企業のみならず日系企業でも採用可否の最終判断においてリファレンスチェックが行われるケースも増えています。それを代行するようなサービスもいくつか登場しています。
転職・採用というプロセスにおいては、いわゆる正攻法のリファレンスチェックも採用候補者の身元を確認しリスクヘッジする一つの手段として悪くないですが、しかしそのリファレンスチェックですら日常的なところからの情報収集ではなく、「裃(かみしも)を着せたヒアリング」とならざるを得ません。(照会を頼まれた人が、その相手を悪くは言えませんよね。)
ですから、本来的にはやはり上記のような会話の中で、突っ込んだ人脈話ができるほうがお互いに望ましいですし、応募先企業からの信頼獲得度合いははるかに大きいでしょう。あるいは形式張ったリファレンスチェックの依頼を企業から受ける前に、「Bさんに私のことをぜひ聞いてみてください」と言えると素敵ですね。いずれにしても、これらのことを通じて、あなたの真の人脈力、人望が問われることに相違はありません。
真の人脈が持つパワー
こうした価値を改めて自覚したうえで、転職活動において自身の人脈を見つめ直してみてほしいと思います。これまであなたを支えてくださった人たち、今後も有益な付き合いを続けてくれるであろう人たちは誰か。
その人たちを、自身の人脈力資産の基盤として考えた際に、次の新天地は今、考えているもので良いか。もしかしたらもっとあなたの人脈力資産を生かして活躍できる、別の場があるかもしれません。
あるいは、その人脈力資産のネットワーク内の人たちに、今回の転職について相談してみると、自分では気が付かなかった方向性、可能性や、新たなご縁のチャンスがあるかもしれません。
繰り返しとなりますが、真の人脈とは「誰を知っているか」ではなく、「誰に知られているか」です。知られているといっても、「悪名高き」では当然困ります。
あなたなら、このことについて詳しい。面白い人だ。実力がすごい。信頼できる、相談できる。こういった「好かれる、頼られる」タイプの知られ方であることが大事です。こうした「知られ力」のある人というのは、万が一なにかに困ったときには、その人脈に連なる人たちが支援・救助してくれるから、「倒れにくい」という強みがあります。周囲が「失敗したままにさせてくれない」ともいえるでしょう。
そういった意味でも、変化と競争の激しい環境の中でタフに活躍する必要のある幹部・リーダーの皆さんにとって、日々の実益の面でも人脈力が必須であることを理解してもらえることと思います。その人脈というものは、WIN-WIN、GIVE&TAKE、お互いが良い関係性や影響、あるいは具体的な支援などをイーブンに与え合うことで成り立ちます。まず自分から相手に、貢献できるものを与える。その積み重ねと信頼からのみ、真の人脈は築かれます。
人脈というと「自分が知っている有名人や偉い人自慢」となってしまう人がいますが、当然、これはいただけません。本質的な人脈の価値をしっかり把握して、転職および今後のキャリアに臨んでもらえればと思います。活躍している経営者の皆さんや、頭ひとつ抜けている幹部・リーダーたちは皆、人脈力資産の価値を正しく知り、それを最大限に活用して成果を上げ続けているのです。

井上和幸
経営者JP社長兼CEO。早大卒、リクルート入社。人材コンサルティング会社に転職後、リクルート・エックス(現リクルートエグゼクティブエージェント)のマネージングディレクターを経て、2010年に経営者JPを設立。「社長になる人の条件」(日本実業出版社)、「ずるいマネジメント」(SBクリエイティブ)など著書多数。
[NIKKEI STYLE キャリア 2021年04月02日 掲載]