
雇用情勢の先行きが見えづらくなっています。リクルートワークス研究所が2月に発表した「中途採用実態調査」によると、2021年度の企業の中途採用見通しは減速傾向が明らかになり、不透明感を増してきました。機械製造や飲食、旅行関連などで減少幅が大きい一方、IT(情報技術)、医療、建設業では増加するなど、業種による明暗も分かれています。この雇用情勢の中、自分のキャリアの社外通用度を確認したいという相談が増えています。今回は40歳以上のホワイトカラーの市場価値の高め方に焦点を当てます。
社内で評価されているが、他社で通用するかわからない
昨年、転職相談で会った43歳のAさんは、2001年に機械メーカーに就職し、在職20年目の課長職でした。相談の内容は、自分の今後のキャリアについてどう考えていけばいいかということでした。
入社後すぐに営業部に配属され、そこでゼロから製品や市場について学び、なんとか売上予算を達成して結果を出してきたAさん。6年目には東海地方の工場に異動。購買や総務系の仕事を3年間担当し、その後、本社に戻って営業を2年。その後、営業企画を4年担当して、また営業部に戻って、今は部下10人を持つ営業管理職に就いているという経歴です。
新型コロナウイルス禍の影響を受けて業績が低迷したこともあり、社内で希望退職の募集が始まったことがきっかけで、キャリアを考え始めたということでした。希望退職は45歳以上が対象なので、現状ではAさんは無関係なものの、「数年後に自分もそうなるのかと思うと、突然、将来が不安になり始めました」といいます。
Aさんの社内評価や昇進状況から考えて、相対的に高い評価をしてもらっていると自覚はしているということでした。ただ、「自分は社内では通用するように育てられたかもしれないが、社外に一歩出たときにどれだけ自分を評価してもらえるのだろうか?」という点が最も気になっているようでした。
市場価値が気になり始めたこともあり、2つの転職サイトに登録してみました。すぐに住宅や生命保険など5社からスカウトメールが届いたそうですが、自分の経験が生かせそうには思えなかったということでした。
「自分は社内で最適化されてきたが、社外でどれだけ通用するのか?」というのは、自分だけではなかなか答えを導きにくい問いです。Aさんのように、総合職のゼネラリストとして活躍してきた人が、何かがきっかけで自分の市場価値を考え始め、一人だけで考え込むと、不安が増していくというパターンはとても増えてきているように思います。
自分には市場価値があるのか、ないのか?
あるとすればどんなスキルで、それは世の中の相場から見たときにどのレベルなのか?
こういった疑問と向き合うにあたって、ある程度、ものさしがないことには、不安な気持ちがなかなか収まらないというのも事実だと思います。では、実際にどうやれば自分を客観的に見つめることができるのでしょうか?
人材市場を知るためにできること
不安の原因の多くは、状況が見えないことに起因します。まず、自分が何を知らないのかを知る行為からのスタートです。
自分自身の市場価値や社外通用度について不安を抱く人は、決して「市場価値がない」というわけではなく、「どんな市場価値を持っているかを自覚できていない」という状態にあるだけです。
市場価値をつかむには、市場を理解する努力をするしかありません。ここで市場と言っているのは、現実の中途採用市場です。細かく言えば、社会人の中途採用市場では今、どんな業界や職種、またどんな経験やスキルが求められているのかを知るということになります。
まず、最も簡単なやり方は、いくつかの転職サイトに登録してみて、どんなスカウトメールが来るのかを待ってみるということです。掲載されている求人情報の中から、自分の過去の経験からキーワードを引っ張り出し、業種や職種、希望年収などとともに検索してみるという方法もあります。いわば求人サイトを使った市場実態調査です。
人材「市場」というだけあって、業界や職種、スキルごとの需要と供給のバランスによって、転職者に有利な「売り手市場」か、募集企業にとって有利な「買い手市場」かが決まっていきます。たとえば現時点では以下のような職種やスキルが「売り手市場=求職者側の市場価値が高い」といえます。
・ICT(情報通信技術)系
DX(デジタルトランスフォーメーション)に関わる職種
SaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)ビジネスに関わる職種
人工知能(AI)やロボットに関わる職種
データ解析などの専門スキル
・建設・土木・設備系
建築士、建築施工管理、土木施工管理、設備施工管理など
・医療・医薬系
看護師、理学療法士、薬剤師、ケアマネジャーなど
上記以外にも、自分自身が経験やスキルを持っている周辺領域で求人を検索してみることで、相場観が見えてくるかもしれません。
市場価値を高めるためのいくつかの観点
おおよその市場価値や実態を把握できたら、次は手持ちの経験・スキルを元手に、市場価値を高めていくステップになります。これをやれば必ず市場価値が高まるという絶対的な方法はありませんし、人によっても自分に合う方法は異なります。あくまでもヒントとしてではありますが、下記の観点を参考にしてもらえればと思います。
(1)自分の専門領域を確立する
(2)できれば複数の専門を掛け合わせる
(3)実績として結果を生み出す
(4)社外でのコミュニティーをつくる
(5)インプットを続ける体制をつくる
以下に、それぞれを簡単に説明していきます。
(1)自分の専門領域を「腹決め(覚悟を持って選択する)」する
ここでいう「専門領域」とは、自分自身が「自分が何屋かを語れる」というメイン領域のことです。もちろん、会社を超えても通用するレベルであるに越したことはありませんが、たとえレベル感がわからなくても、自分の中で最も思い入れがある職務であったり、最も長く経験してきたメイン職務であったりと、覚悟を決められるものであれば構わないと思います。
場合によっては、経験年数が最も長いわけではないが、今後、自分の一生の仕事にしていきたいものを選ぶということもあり得ると思います。
これがはっきりしないという場合は、できるだけ速やかに「専門領域を『腹決め』する」ための準備を始めたほうがいいと思います。
ちなみにこれを決める際には、単に自分の「好き嫌い」ではなく、さきほどお伝えした人材市場の需要を考慮に入れて、「需要がより多そうかどうか」そして「今後も需要が増えていきそうかどうか」という観点を重視してほしいと思います。
(2)できれば複数の専門を掛け合わせる
可能であれば、専門性をメインとサブの2つ用意できると、それだけで「希少性」が高まり、市場価値は格段に上がります。たとえば法人営業なら直販だけでなく、代理店営業ネットワークも構築できるとか、営業実務と営業企画の両面をプロレベルで遂行できるというイメージです。
エンジニアなら、ウオーターフォール型の開発だけでなく、アジャイル開発にも対応できるとか、アプリケーションだけでなくインフラについても経験があるというケースも想定できます。
もし、現時点では複数キャリアを持っていなくても、自社で働きながらそれを意識することや、社会人向けスクールで戦略的に知識を付けるという方法もあるかもしれません。
(3)実績として結果を生み出す
専門領域と決めたことについては、仕事の成果を「数字」で示せるよう準備しておくことが不可欠です。金額、達成率、伸び率など、自分が関わる「前と後の変化」を数字で語ること、またその結果に対する「自分の関与度」「自分ならではの創意工夫ポイント」をわかりやすく伝えることも忘れないようにしてください。
(4)社外でのコミュニティーをつくる
社外での自分の価値を磨くには、社外でのコミュニティーづくりをお勧めします。本業が忙しいと、どうしても付き合いが社内に偏りがち。新型コロナウイルス感染症の影響で、それすらも難しい状況にある人が多いと思います。
今はなかなかリアルな接点づくりは難しいかもしれませんが、ウェブ上で行われているセミナーや勉強会、また大学時代の友人に会うだけでも価値はあります。少しでも自分の世界を広げていくことで、自分を客観的にみることができる機会を増やしてください。
(5)インプットを続ける体制をつくる
最後にお勧めしたいことは、本業以外で継続的にインプットができる機会づくりです。読書や講演、勉強会などの受動的なインプットだけではなく、副業を経験してみるという体験型のインプットも検討してみてほしいと思います。副業とはいえ、仕事になるので、アウトプットの場が与えられ、緊張度が上がる結果、インプットの質も高まります。会社の肩書に関係のない「素」の自分として働くことによって、個人としての市場価値を感じることもできます。
対価を得る副業が禁止されている場合は、金銭の受け取りが発生しないボランティアやプロボノなどを利用する方法もあるでしょう。

黒田真行
ルーセントドアーズ代表取締役。日本初の35歳以上専門の転職支援サービス「Career Release40」を運営。2019年、中高年のキャリア相談プラットフォーム「Can Will」開設。著書に『転職に向いている人 転職してはいけない人』、ほか。「Career Release40」 http://lucentdoors.co.jp/cr40/ 「Can Will」 https://canwill.jp/
[NIKKEI STYLE キャリア 2021年03月19日 掲載]