
プログラミング未経験でも大丈夫――。IT業界の求人でこのような誘い文句を目にしたことがある就活生は多いはずだ。新型コロナウイルス禍でも成長を続ける業界として人気を集めるが、「入社後に活躍できるのか」「離職率が高そう」といった不安の声もある。IT企業などを取材すると、ネットの書き込みではわからない実態が見えてきた。
共立女子大4年生の学生はプログラミング未経験ながらも、SE(システムエンジニア)に興味を持つ就活生の一人だ。3月1日の説明会解禁時には、約40社に登録した。半分以上はSEを募集するIT企業の説明会だ。「コロナの影響で宅配サービスや電子商取引(EC)サイトを使う機会が増えた。今後も成長が見込める業界に就職したい」と話す。

一方で就労環境に関する不安も抱えている。「ネットをみると『SEはブラック』という書き込みであふれている。残業も多いらしい」と警戒する。それでも「未経験者を受け入れている会社も多く、全く新しいことに挑戦できるのが楽しみ」と前を向く。
文系・未経験からも人気高く
就職情報サイトの「キャリタス就活」を運営するディスコは1月に、5つまで業界を選べる形式で2022年卒の就活生の志望業界を調べた。2年連続で「情報・インターネットサービス」が全体の1位だった。18.8%が志望していた。文系男子に限ると17.3%、文系女子では16.2%だ。コンサルティング会社や総合商社と肩を並べる人気業界として定着している。

転職市場でもITエンジニアは人気だ。20代前半に特化した転職支援サービス「Re就活エージェント」を展開する学情の四十山聡人材紹介事業部マネージャーは「ITから他業種に転職する人より、未経験でもIT企業に転職する人の方が圧倒的に多い」と語る。転職希望者の2人に1人はIT業界への転職を視野に入れていると話す。
新卒で営業などとして入社してから1~2年後、手に職を付けたいと考えて転職する人が多いとのことだ。事務職で資格を取っても評価されにくいことを不満に感じて、資格やスキルが反映されやすい給与体系のITエンジニアを目指す例もある。
大幅超過勤務に「レッドカード」
通信インフラ大手のNEC通信システムに話を聞くと、毎年SEとして採用する約70人のうち、3~4割は未経験者だ。新入社員はプログラミングの実力に応じ、3段階のクラスに分かれて研修を受ける。未経験者でも基礎的な知識を得てから仕事に臨めるようにしている。
1年目は顧客対応などのハードルが高い業務には就かず、裏方に回ってシステム開発に携わる。客先に出ずに基礎技術を学ぶ「職場内訓練(OJT)」に集中できるようにする。新入社員一人ひとりにチューターとして先輩社員が割り当てられ、スキルアップを目指して経験を積ませる。
14~16年に入社した社員の3年後の離職率は、いずれも約5%と低い。1年間の平均有休取得日数は例年18日程度と高い。かつては長時間の残業もあった。ところが勤務時間を大幅に超過すると問答無用でプロジェクトの担当を外す「レッドカード制度」を19年に導入し、以後はほとんどなくなった。
同社の渡辺清人事総務本部長によると、新型コロナの流行もSEの働き方改革の追い風になった。「以前はセキュリティーの問題でテレワークを禁止する顧客が多かったが、コロナの影響で在宅勤務が認められるようになった」と話す。「社員が満足していないと良い人材は集まらず、入社しても定着率が低くなる」と、労働環境の整備の重要性を強調する。
システム開発のシステナは事業拡大を見据え、21年に約560人をSEとして採用した。約半数はプログラミング未経験だ。採用活動ではITの知識に限らず経営理念に共感できるか、向上心や主体性を持って課題に取り組めるかといった点を評価する。
同社の高波志帆さんは、プログラミング未経験者ながらも20年にSEとして入社した。経営学部出身でマーケティングを専攻し、就活でも食品メーカーなどを受けていた。一方で、将来のことを考えると手に職を持った方がいいのではと考えるようになり、システナへの入社を決めた。
研修を経て6月に実地配属された。初めは「スキルが全然足りていなかった」と振り返る。周りと比べて技術不足だと思われていないか不安だったが、上司から「他人ではなく、以前の自分と比べよう」と助言されて気持ちが楽になった。わからないことは何でも先輩に聞くように心がけている。
普段は定時で仕事を終えている。「忙しい時期は午後9時ごろまで残業するが、ネットの書き込みのような法外な労働環境は経験したことがない」と話す。
スクール通いで一歩リードも
プログラミング未経験でも採用する企業が増えるなか、在学中からスキルを磨く就活生も増えている。IT技術者の人材紹介などを手がけるBranding Engineerは、プログラミングスクール「tech boost」を運営する。コロナ禍以前の19年と比べて、20年の1年間の大学生の入学者数は約2倍に増えた。

学生の受講生はプログラミングの経験がほとんどなく、文系も多い。SEやプログラマーなどの専門的な職種を目指していなくても「勉強すれば十分、『学生時代に力を入れたこと』として語れる」(同社の佐藤心哉事業部長)。
明治大学の文学部で学ぶ3年生の男子学生は、3月からtech boostのオンラインコースを受講している。「就活で武器になるスキルがほしい」のが理由だ。カリキュラムの最終目標は自分でアプリケーションを作れるようになることだ。「インターンのエントリーが始まる6月には、プログラミングが特技であるとアピールできるようになりたい」と勉強に励む。
佐藤事業部長は「プログラミングの学習で大事なのは自分から課題に取り組む姿勢」と話す。どんなにIT企業の研修体制が整っていても、結局のところ入社後に自分の努力は必要になる。選考で「未経験でも大丈夫?」と問われているのは就活生側だということを忘れず、今までどのような課題と向き合ってきたのかを伝えられる準備をして、人気業界の内定を勝ち取ろう。
(赤堀弘樹)
[日経電子版 2021年04月21日 掲載]