
転職などで退職した人材を再び正社員として受け入れる企業が増えている。一般的な再雇用制度は退職理由を結婚や介護などに限っていた。日本企業は終身雇用から「出戻り」に否定的な見方があったが、人材の流動化で、他社での経験や専門性を自社に生かす考えに変わりつつある。働く人もキャリア形成の選択肢が広がる。
「10年に一度の大型案件が始まるから一緒にやらないか」。富士通の金融システム事業本部で働く桑原章紘さん(35)は2017年に再入社した「出戻り組」だ。声をかけたのはかつての先輩社員。日々の業務を通じて学びを与えてくれる大きな存在だっただけに心を動かされた。
桑原さんは11年に新卒で富士通に入社し、東京証券取引所の高速取引システム「アローヘッド」の処理能力の増強に取り組んだ。金融インフラを構築する仕事はやりがいがあり、平日は会社近くのホテルに泊まるなど連日深夜まで開発に没頭した。だが試験段階に入って仕事が一段落すると、「顧客のサービスを企画する仕事がしたい」と思い始め、15年に米コンサルのアクセンチュアに転職した。
コンサルタントとして第2のキャリアを歩んでいたところ、富士通の社員と偶然一緒に働く機会があった。大手金融のデジタルサービス立ち上げの際に、「基幹システムを長年担ってきた富士通に対する信頼の高さを間近にみた」と桑原さん。社内にいた時は実感がなかったが、古巣の魅力に気が付いた。アクセンチュアでは多くの出戻り社員が活躍していたこともあり、復帰を決めた。
現在は24年に控えるアローヘッド刷新に向けてシステム開発に携わる。「顧客に提供する価値とは何か」「顧客が求めるものは何か」を突き詰めるアクセンチュア流の仕事術は富士通でも生きているという。
例えば、再入社後に担当した東証の上場投資信託(ETF)の取引システムの案件。前任者が定型的なフルパッケージを売り込んだが、コストや納期の長さから却下された経緯があった。そこで桑原さんは既存の枠組みを生かす方針に転換。顧客が求める機能に特化した提案に切り替えたことで受注を勝ち取った。

富士通は桑原さんのように転職や留学を含む退職者を再雇用する「カムバック制度」を16年に始めた。顧客企業のデジタル化を支援できる即戦力の中途採用を15年から強化し始めたところに、IT(情報技術)エンジニアの転職が当たり前となり、一度会社を去った人材に門戸を開く必要性に迫られていた。
総務・人事本部の黒川和真シニアマネージャーは「IT業界では人材獲得競争が激しい。再雇用者は社外で鍛えたスキルと社内に精通した実務力を持つ即戦力としての価値が高い」と説明する。
離職中に積んだ経験や習得したスキルは給与や職責に反映し、キャリアの断絶を起きないように工夫をする。現在の出戻り組は約30人。今後はイノベーションや新規事業の創出につなげたい考えだ。
再雇用だけでなく退職者とのつながりも模索する。20年秋に退職者を集めた「アルムナイ(卒業生)」ネットワークを立ち上げた。若手を中心に登録者は150人以上にのぼり、今後は交流イベントを開催する予定だ。ある登録者は「嫌いで退職したわけではないため、富士通とつながりをもてるのはうれしい」と話す。米IT企業の間で普及する退職者との関係を保ち経営に生かす手法は日本企業にも広がり始めた。
出戻り社員の受け入れは人材の流動性が高いIT企業だけではない。食品大手の明治は20年4月、退職理由を問わずに再入社ができる「リ・メイジ制度」を導入した。これまで再入社制度はあったが、育児などに条件を限定し、利用実績はほとんどなかった。
人事部の末吉さやかさんは「顧客の変化や海外進出などで多様な考え方が求められるようになり制度を改めた」と説明する。新制度の導入を受け、外資系メーカーなど複数企業で経験を積んだ人材が戻ってきた。
大日本印刷(DNP)も19年に退職理由を問わずに再入社できる「ジョブ・リターン制度」を始めた。19年に再入社した西村圭吾さん(35)はコンサル会社で電子商取引(EC)の経験を積み、DNPでは物流の効率化に取り組む。
退職者を受け入れる制度が整う一方、かつての同僚からの目を気にする人は多く、実際に入社する人はまだ少数派だ。エン・ジャパンの藤村諭史マネージャーは「現役の社員から声をかけられないと、戻りにくい」と指摘する。再雇用を定着させるには再入社する人と会社に残った人の双方から納得感が得られることが重要であり、再入社の経緯や、給与、人事評価などの公平性が求められる。
■大企業、2割が再入社制度
退職後に再入社できる制度を導入する動きが大企業を中心に広がっている。パーソル総合研究所(東京・千代田)の調査によると、再入社制度を導入する企業は全体の9%にとどまるが、従業員5000人以上の企業では20%だった。多くの企業が即戦力として中途採用を増やすなか、小林祐児上席主任研究員は再入社制度について「企業にとって採用コストやミスマッチを減らせる」と説明する。
働き手に離職した企業への再入社の意向を聞いたところ、再入社したい人は8%。実際に過去5年以内に再入社した人は2%だった。再入社のメリットについては、「仕事内容がイメージできた」(43%)、「仕事のやり方が分かっている状態からスタートできた」(42%)、「辞めていた期間の経験や習得したスキルを生かすことができる」(39%)が上位に入った。
実際に再入社した人に経路を聞いたところ、昔の上司や同僚から誘われたり、自分から打診したりなど非公式なルートが76%を占め、会社の定める再入社制度を利用した人は4%にとどまった。
退職前と再入社後の満足度では、同僚や上司との人間関係や、働きやすさで再入社後のほうが満足度が高かった。一方で給与では再入社の2~3割は年収が下がった。企業の人事部から新卒生え抜きと再入社組の待遇や評価の決め方が難しいとの声があがる。
総務省によると、2020年の国内の転職者数は319万人だった。新型コロナウイルスによる景気低迷で19年と比べて9%減ったが、300万人を上回る高水準を維持している。雇用の流動性が高まるなか、企業が競争力を維持するには、採用した人材が外部で培った能力を十分に発揮できる環境づくりが課題となる。
(柘植康文)
[日経電子版 2021年04月12日 掲載]