転職の年収増減にメリハリ 経験ある35歳以上高い評価

A.T. カーニー 筒井 慎介シニア パートナー

スキル・経験が豊富な人材への求人が強まっている(写真はイメージ=PIXTA)
スキル・経験が豊富な人材への求人が強まっている(写真はイメージ=PIXTA)

リーマン・ショック以降、転職市場は拡大を続け、今や中高年の転職もめずらしくありません。でも、キャリアアップにつながるような転職を、どうデザインしたらいいのか悩む人は多いでしょう。今回は転職を経験してキャリアを重ね、A.T.カーニーでシニアパートナーとなった筒井 慎介さんに聞きました。

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まず、転職市場の現状を見てみましょう。総務省による労働力調査に基づく2020年2月の発表によると、19年の転職者数は351万人と過去最高に達しました。

企業で人手不足感が強い状況が続き、新卒採用に加えて中途・経験者採用を積極的に行う動きがみられるとのことです。

転職者数と転職者平均年齢の推移

出所: 総務省 労働力調査より、KEARNEY作成 ※平均年齢は、年齢階級ごとの平均年齢について15~24歳を20歳、25歳~34歳を30歳、35歳~44歳を40歳、45歳~54歳を50歳、55歳~64歳を60歳、65歳以上を70歳とした概算
出所: 総務省 労働力調査より、KEARNEY作成 ※平均年齢は、年齢階級ごとの平均年齢について15~24歳を20歳、25歳~34歳を30歳、35歳~44歳を40歳、45歳~54歳を50歳、55歳~64歳を60歳、65歳以上を70歳とした概算

確かに、20年はコロナ禍による社会影響もあり落ち込みがあったと想定されますが、08年のリーマン・ショックを経て、転職者数は増加基調を続けて06年、07年に記録した346万人を2019年には超えるまでに至っています。しかし、同時に転職者数の平均年齢も上昇を続けていて、転職市場は単に流動性が高まっているだけではないように見えます。

2007年を基準とした転職者数及び転職率の増減(2019年)

出所: 総務省 労働力調査より、KEARNEY作成 ※円の大きさは、2019年の各年齢階級の転職者数
出所: 総務省 労働力調査より、KEARNEY作成 ※円の大きさは、2019年の各年齢階級の転職者数

年齢階級別に見てみると、45歳以上のセグメントがいずれも転職率が増加しており転職者数の増加を支えていることが分かります。他方、44歳以下のセグメントでは、最大のボリュームゾーンである25~34歳のセグメントは分母の就業者数自体が減少しているため、転職率は0.3ポイント上昇した一方、いずれも転職者数は07年の水準には至っていません。やや、極端に解釈してみると、候補者のポテンシャルよりもより即戦力・実践的なスキル・経験を重視した採用にシフトしつつあるようにも思えます。

転職での年収変化に「メリハリ」

こうした変化は、転職による年収の変動にも見て取れます。転職により年収は変わらなかったとする層が最大であることに変わりはありませんが、その比率は過去10年で10ポイント程度減少しています。一方、年収が1割以上増えたとする層と年収が1割以上減ったとする層それぞれが増加し、転職による年収の変動に従来以上にメリハリがつくようになっています。

転職による賃金変動(全産業・全年齢)

出所: 厚生労働省 雇用動向調査より、KEARNEY作成
出所: 厚生労働省 雇用動向調査より、KEARNEY作成

こうした転職による年収変動の10年から19年にかけての変化を年代別に見ると、全年代で年収が変らないとする比率が減少していますが、35歳以上で「年収が増加した」とする比率が増加しているのに対して、34歳以下では「年収が減少した」とする比率の増加の方が多いのです。これは、10年前と比べて、ポテンシャルを重視する若い層よりも、経験・スキルをもったミドル以上の層に対する市場の評価が向上しつつあることを示しているように私は考えています。

転職による賃金変動の変化(2019年と2010年の比較)

出所: 厚生労働省 雇用動向調査より、KEARNEY作成
出所: 厚生労働省 雇用動向調査より、KEARNEY作成

18年に関連法が可決された働き方改革も、こうした企業の採用方針をシフトさせる要因となり得ます。働き方改革の柱の一つである長時間労働の是正は労働者の心身の健康を守る観点で非常に大事な取り組みです。一方で、定められた労働時間を守るために、従来と比べてチャレンジングな業務を通じた育成・成長を促すということに企業が取り組みにくくなるのも事実でしょう。

もちろん、そうした意義の少ない長時間労働を横行させないために必要な施策です。しかし企業としてはより高い生産性を実現するために、従業員に対して定型化された業務や実力に見合った業務を割り振るようになって、受け身となってしまいがちなので、業務を通じて自然とスキルアップする機会は減少する可能性があります。他方、採用面ではポテンシャルを評価して採用後に育成するのではなく、経験・スキルを評価し高い生産性で即戦力となる人材の採用をより重視するようになっても不思議ではありません。

個人事業主として契約する「プロ」増加の可能性

19年には、吉本興業と所属する芸人・タレント間の契約の在り方が話題となりました。この話題には様々な議論がありましたが、個人事業主として企業と専属契約を結ぶという契約のあり方が広く知られるようになりました。これは芸能界というやや特殊な世界の話に聞こえますが、弁護士やプロ野球選手などのプロフェッショナル業に多く見られる形態でもあります。

やや極端ではありますが、今後一般企業においても個々人の経験・スキルを重視した採用が進んでいくようになると、企業と雇用契約を結ぶ一般の労働者とは別に、特に高いスキル・経験を有する人はプロ人材・個人事業主として企業と契約しながら業務を行うというケースが増えることも考えられます。

18年にタイで開催されたあるカンファレンスのパネルディスカッションの中で、デジタルトランスフォーメーション(DX)の重要性が認識されるなか、デジタルやアナリティクスにたけた人材をいかに採用するか、またいかに社内にとどめておけるか、ということが議論されました。日本から参加していたある企業の役員は、「ひとつの解として社内で雇用することは諦め、社外との連携を進めるしかない」といった趣旨の発言されていました。

これは、外部企業との連携だけを意味するのではなく、業務で必要とされるスキルが高度化していくなかで、そうしたスキル・経験を保有する人材はプロ人材として市場価値を高め、一企業に捉われない働き方もできるようになるというふうにも解釈できるのではないでしょうか。スキル・経験の有無が自身のキャリア・人生の選択自由度を規定する、というある種当たり前のことが、より強化されるという方向性自体は十分に起こりうると思います。

私自身の話をさせていただくと、新卒でジェーシービーに入社し、その後現在のカーニーに転職。そして1年間、休職して経済産業省に出向した、という経歴です。ジェーシービーからカーニーに転職した際、いくつかの理由はあったのですが、そのうちの一つが「自身の市場価値が低下し始めているのではないか」という焦燥感でした。ジェーシービーという会社は、若手にも多くのチャレンジの機会を提供してくれて、また前例に捉われず新しい取り組みを奨励する雰囲気もあって、非常に多くの勉強をさせてもらって今日の私の基礎をつくってくれたと感謝しています。

現状にとどまるか、ステップアップを目指すか

社内ネットワークも広がり、他部署や諸先輩に様々な協力を得やすくなるなど、社内市場価値は向上したのですが、反比例するように成長曲線は徐々に鈍化して社外市場価値が低下しているのではないか、と感じるようになりました。そこで、社内のみで通用する価値を一度捨て去って、社外市場価値の成長カーブを再度押し上げたいと考えたのが、転職を選択したひとつの理由です。

次の経済産業省への出向も、たまたま機会に恵まれ、また会社の理解と支援もあって、経営コンサルタントとしてのキャリアを一旦停止してでも、自分の関心に基づいて、今後のキャリアで必要となる知識・経験を得ることを目的に、自ら望んで選択したものだったのです。

もちろん、一社にとどまり活躍を続け、社内市場価値を最大化するという選択も否定しません。でも、それは思考停止の結果ではなく、あくまで自分自身のキャリア形成を考えたうえでの選択の結果であるべきだと私は思います。現状の環境を続けることが市場価値につながる経験・スキルの向上にどの程度資するのか。これを客観的に見つめ、また働き方改革で従来より業務による拘束時間が短くなるなか、残りの時間を経験・スキルの向上に振り向けて意識的に過ごせるかどうかが、自分が望むキャリア形成を実現するために一段と重要になるはずだと考えています。

筒井 慎介
2000年、東京大学工学部科卒。ジェーシービーを経て、A.T. カーニーに入社。エネルギー、電力、都市ガス、通信業界を中心に、事業戦略、M&A戦略、新規事業立案、シナリオプランニングなどを支援。2013~14年に経済産業省資源エネルギー庁電力改革推進室(課長補佐)に出向。14~16年度まで京都大学 大学院経済学研究科 特任准教授。

[NIKKEI STYLE キャリア 2021年03月10日 掲載]

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