変わる日本の採用 日立、メルカリ、doda責任者に聞く

中畑英信氏/木下達夫氏/喜多恭子氏

日本企業の人材採用が多様になってきた。特定の時期に大学生にまとめて内定を出す「新卒一括採用」が定番だったが、デジタル化やグローバル化を背景に、採用効率より本人の能力や専門性を企業が重視し始めたためだ。採用はどのように変わっていくか、担当役員や識者に聞いた。

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新卒も中途もジョブ型で 日立製作所執行役専務・最高人事責任者 中畑英信氏

なかはた・ひでのぶ 1983年九州大卒、日立製作所入社。2013年人財統括本部担当本部長、14年執行役常務・最高人事責任者(CHRO)。18年代表執行役・執行役専務。
なかはた・ひでのぶ 1983年九州大卒、日立製作所入社。2013年人財統括本部担当本部長、14年執行役常務・最高人事責任者(CHRO)。18年代表執行役・執行役専務。

当社の新卒採用は、以前は技術系でも、勤務地の工場は決めるが具体的にどんな仕事をやってもらうかは後で決定していた。自分の希望と合わない場合があった。工場で研修が終わって配属先が発表されると、喜ぶ人がいる一方、がっくりくる人もいた。

そこで2000年ごろから技術系で始めたのが「ジョブマッチング方式」だ。採用面接のときから希望を2つ3つ出してもらい、「○○工場の品質保証」などとあらかじめ仕事を決めるようにした。

現在、その流れをさらに進めている。21年春の新卒採用では「デジタル人財採用コース」を新設した。大卒約600人のうち約40人がこのコースだ。

人工知能(AI)、データサイエンス、セキュリティーといった分野ごとに人材を採り、専門性を生かせる仕事に充てる。国際学会での発表経験があるなど、なかでもレベルの高い一部の人については個別に報酬を決める。

当社はすべてのポジションに、職務を明確にして最適な人材を起用するジョブ型の人材マネジメントを導入する。24年度までの定着をめざしており、採用でもジョブ型を広げる。デジタル人財採用コースの新設はその一環だ。

採用のあり方が変わる背景には経営環境の激変がある。国内の顧客を中心に製品やシステムを供給していればよかった時期は過ぎ、いまは技術革新が速まるなかで世界の顧客の課題を解決するサービスを提供していかなければならない。技術系の採用は電気系、機械系などと大まかな分け方でなく、専門性を細かくみる必要がある。

文系学生の新卒採用についても、21年春に入社する人から財務、人事など職種別の採用枠を設けた。もっとも文系採用のうち、こうしたジョブ型で採った人は3割だ。実際には、やりたい仕事がまだ定まらない学生が多い。文系のジョブ型採用は次第に増えると思うが、すぐにこの枠を広げるのは現実的ではない。

今年9月までにすべてのポジションを対象に、職務内容や求められる能力、経験などを明記した「ジョブディスクリプション(職務記述書)」をつくる。将来的には、これを社外にも公開する必要があると思っている。学生も、日立のどの仕事に就くにはどんなスキル(技能)が要るかわかれば、勉強への姿勢も違ってくるだろう。

多くの日本企業は学生に求めるものについて、積極性、協調性など定性的な言い方しかしてこなかった。どんな力をつける必要があるか、きちんと言わなければならない。

一人ひとりの能力をよくみるジョブ型採用を広げていけば、(大勢の学生を効率的に確保する)新卒一括採用はなくなっていく。新卒も経験者採用と同じように個別に採る形になる。20年度に約400人の経験者採用はこれからも増えるだろう。

新卒採用はできれば3カ月くらいのインターンシップ(就業体験)を通じて本当に能力があるかを見極めたい。経験者採用と同様、時間や手間をかけなければならない。

(聞き手は水野裕司)

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多様性、世界で戦う条件 メルカリ執行役員・最高人事責任者 木下達夫氏

きのした・たつお 慶大卒。米プロクター・アンド・ギャンブルと米ゼネラル・エレクトリックの日本法人で一貫して人事に携わる。2018年メルカリ入社、現職に。
きのした・たつお 慶大卒。米プロクター・アンド・ギャンブルと米ゼネラル・エレクトリックの日本法人で一貫して人事に携わる。2018年メルカリ入社、現職に。

IT(情報技術)エンジニアの採用市場を一言で言えば超売り手市場だ。コロナ禍で社会全体のデジタルトランスフォーメーション(DX)への注目度が高まり、この1年でエンジニアの需要は一気に高まっている。特にスキルの高い人ほどグローバル化が進んでおり、自由に国境を越えてキャリアを形成していくという志向が強まっている。

当社もかなり高いレベルのスキルを求める。そこは新卒も中途も同じ。学生の場合は能力を見極めるのと同時に、当社のカルチャーに合うかどうかも大切だ。従って、ほとんどの新卒エンジニアはインターンを通じて採用している。夏休みに短期集中で開催することもあるが、原則3カ月、場合によっては半年以上、働いてもらう。

アルバイト契約で学業もあるので、フルタイムというわけにはいかないが、仕事は正社員とまったく同じ。報酬の仕組みも同じだ。社員の給与を時給に換算する。半年に1度、成果を評価して決めるのも同じ。成果を出せば正社員と同様に昇給する。

もちろん、インターン生には採用を前提としていることは伝えている。インターンに関してはただの仕事体験という位置づけではなく、全社を挙げて採用のために取り組んでいる。

近年、力を入れているのがダイバーシティー(多様性)だ。当初はグローバル化を加速させた。今は東京で働くエンジニアの半数が外国籍だ。

エンジニア全般に言えるが特に外国籍の優秀な人は「社会にどう貢献できるか。そのために自分は何ができるか」を重視する。お金を稼ぐだけならいくらでも選択肢があるという、腕に自信のある人ほどその傾向が強いと思う。

そういう人に選ばれなければ世界で戦える会社になれない。そもそも日本はIT人材が不足しているし、年々深刻になっている。日本語を話す人に頼るのは限界がある。

当社が掲げる循環型社会という使命とともに「Go Bold(大胆にやろう)」という当社の「バリュー」を訴求する。これは入社後の評価の基準にも織り込んでいるし、大胆な提案を促す機会もつくっている。

例えば半年に1度の「ハックウイーク」だ。そこでは1週間、仕事を止めて好きなことをしてもらい、面白いアイデアを競うが、実用化した例も多い。提案型の社風をつくることも優秀なエンジニアを採るためには欠かせない。

明確な課題として、遅れていたのが女性の登用だ。そもそもエンジニアは男性が多いが、メルカリのユーザーの6割は女性。女性の視点を取り入れることは会社の成長に直結する。

そこで昨年からインターンの前に、女性や性的少数者を対象としたプログラミング研修「ブートキャンプ」を1カ月半、行っている。社内全体の意識改革のための「無意識バイアス」の研修は、エンジニアの管理職や人事のメンバー全員に義務付けている。最終的には「多様性に基づく『社員体験』の最大化」が問われてくる。

(聞き手は編集委員 杉本貴司)

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中核人材、厳選の時代に パーソルキャリア執行役員・doda編集長 喜多恭子氏

きだ・きょうこ 1999年インテリジェンス(現パーソルキャリア)入社。派遣の事業部長などを経て2019年執行役員。20年転職支援サービスのdoda(デューダ)編集長。
きだ・きょうこ 1999年インテリジェンス(現パーソルキャリア)入社。派遣の事業部長などを経て2019年執行役員。20年転職支援サービスのdoda(デューダ)編集長。

人材市場はいくつも変化が起こってくる。高速通信規格「5G」が普及すれば企業の収益のあげ方も変わる。データを使ってビジネスを変革できるようになり、IT分野のエンジニアやデータアナリストらの需要が高まる。新しい専門職がどんどん生まれてくるだろう。

新型コロナウイルスの感染拡大で半ば強制的に広がったリモートワークの影響も大きい。組織のメンバーがリモートでつながって仕事をする際、生産性をどのようにして上げるかが問われる。各人の職務の定め方や人事評価制度のあり方などを含め、リモート環境の整備が重要になる。マネジメント能力を持った人材のニーズが増す。

こうした流れは企業の人材採用を変える。採用は新卒、中途という区分とは別の分け方ができる。企業の優位性を創造するための採用と、既存の事業の売り上げを伸ばすための採用だ。5Gの浸透などは、前者のタイプの採用の拡大を促す。

高校生でもデジタル分野の能力が高ければ戦力になる。専門性を備え成果を出せる人材を社内で育てるのは大変なので、中途採用の拡充やフリーランスの人への業務委託など、外部人材の活用が広がるだろう。求める力を持った人材のいる企業と協業するというやり方もある。

どんな能力を持った人材を採る必要があるかが明確で、そのために最適な手段を考えるようになれば、大勢の新卒者を一括採用する従来のやり方も変わっていく。

新卒者を100人採る計画の企業も、なぜ100人なのか、理由をきちんと答えることはできない。離職者がこのくらい出て、来年、再来年と企業がこのくらい成長すると見込まれるから、だいたい100人採ればいいだろうという具合だ。

今後は、この事業領域はこんな能力を持った人材を採り、こちらの事業は大量採用で、というようにメリハリがついてくるとみている。

ただし新卒一括採用の変化も、緩やかだろう。この採用方式は大量の労働力を効率的に、比較的低コストで確保できる利点がある。合理性があったから長年にわたり日本に定着してきた。やみくもに大量の人数を採る企業は減るが、すぐに大きく変わるとは考えにくい。

5年前、10年前と比べた最近の新卒採用の特色は、リーダー層としてグローバルに活躍できる人材を獲得しようという意識が企業にみられることだ。企業のコア(中核)となる人材を厳選して採用し、海外にいる学生も積極的に採りにいく。新卒採用もこうしたターゲットを絞る動きが増えるだろう。

日本企業の採用はこれまで新卒者中心で、中小企業は大手企業に新卒者をとられて不利だった。今後は企業に強みや魅力があれば、学生らを呼び込みやすくなる。(個人の職務能力が厳しく問われる)ジョブ型雇用が広がれば、組織の和を大事にする従来のメンバーシップ型雇用も、採用活動で企業の「売り」になるとみている。

(聞き手は水野裕司)

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〈アンカー〉大学教育にも見直し迫る

3人の話から浮かび上がるのは新卒採用と中途採用の垣根が崩れてきたということだ。企業は組織の一員になってもらう人材に、利益の創出に貢献できるだけの能力を要求し始めた。そこに新卒と中途の区別は基本的にない。

国境を越えた人材の獲得も活発になる。ソフトウエア開発会社のアステリアでは、オーストラリア人技術者が同国に住みながらリモートでつながって働く例が出ている。新型コロナウイルス禍によるリモートワークの普及で、企業の間では外国人材の活用が一段と広がりそうだ。

大学生への影響は大きい。就職で中途入社の人や海外人材との競争が激しくなれば、志望企業へのハードルが上がる。それは大学教育のあり方に見直しを迫る。いったん卒業してから留学などで専門性を身につける動きも増えそうだ。

(編集委員 水野裕司)

[日経電子版 2021年03月25日 掲載]

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