社会人の学び、働き方に幅 支援制度も上手に活用

在宅勤務の定着はオンラインを通じた学び直しが広がる契機になりそうだ(自宅でパソコンに向かう会社員)
在宅勤務の定着はオンラインを通じた学び直しが広がる契機になりそうだ(自宅でパソコンに向かう会社員)

内閣府が1月、リカレント教育(学び直し)が収入の増加につながる効果があるとの研究結果を公表した。「人生100年時代」の到来を控え、働く期間はこれまで以上に長くなる。日本では社会人が学ぶ機会が少ないと言われるが、様々な自己啓発を通じて新たな能力を磨けば働き方の選択肢は広がる。老後の資産形成にもプラスになりそうだ。

商社を辞め社労士に

東京都内にオフィスを構える社会保険労務士・ファイナンシャルプランナー(FP)事務所、オフィスビサイド代表の伊東文子さんは、大企業で働きながら、自ら研さんを積み、新たな仕事人生を開いた一人だ。

短期大学を卒業して大手の総合商社に入社、営業や財務部門で働き、社会人としての基礎を学んだ。45歳を前にこのまま定年まで組織のなかで働くより、独立して働くための資格を身につけようと思い立ち、FP資格を取得、さらに社労士の資格試験に挑戦した。

新型コロナウイルスの感染症が広がるなかで、存在感が高まっていると言われる社労士。試験では労働法や雇用保険法、社会保険に関する知識などが問われる。伊東さんは働きながら休日に専門学校に通って準備し、3回目で合格した。

その後、社労士法人に転職。社労士としての実務を身につけつつ、シニア産業カウンセラー、キャリアコンサルタント、ハラスメント防止コンサルタントなどの資格をとった。

学び直しで新たな道を開いた伊東さん
学び直しで新たな道を開いた伊東さん

「仕事をするうえで必要なものと考えて取得した資格。一つ一つがつながっている」と伊東さんは話す。社労士の仕事は中小企業の経営者らと接することが多い。その際に役に立つような勉強を積み重ねたという。ハラスメントやメンタルヘルスに関する相談などにも応じる。企業だけでなく、役所や病院などにも活躍の場を広げている。

さらに学問的なバックボーンが必要と考え、中央大学の法学部の通信教育課程を卒業。青山学院大学の大学院でも学んだ。「大学院では年齢は一番上だった。研究だけでなく、そのときに築いた人脈もその後のビジネスに生かされている」という。

大手商社にそのまま勤務していれば、そろそろ定年退職を迎えている年齢だ。商社時代と比べ収入がはっきり増えたわけではないが、今も一線で働く。健康であれば何歳まででもできる仕事を身につけた。

定年退職した後の働き方は雇用延長や転職、起業など様々な方法があるが、早いうちから学びを積み重ねていくと、選択肢も自然に広がる。

リカレント教育を契機に転職市場が活性化し、成長産業に人材のシフトが進むようになると、日本経済全体の生産性の向上にもつながるだろう。

リカレント教育はそもそも職業に必要な知識や技術を習得するため、フルタイムの就学と就職を繰り返すことを指す。大学を出ていったん就職した後、退職して大学に入り直し、その後あらためて働く。長期雇用の慣行がある日本では、こうした学び方は実際には難しい。このためフルタイムかどうかにかかわらず、働きながら学ぶことも含めてリカレント教育と呼ぶ。

文部科学省の学校基本調査によると、大学院生のうち社会人が占める比率は直近で25%程度と、10%強だった2000年と比べると、徐々に上昇している。とはいえ他の先進国に比べて、日本では社会人が学ぶ機会が限られるとの指摘は多い。

内閣府の資料によると、25~64歳で大学等の教育を受ける人の割合は日本では2.4%。経済協力開発機構(OECD)加盟国の平均の11%を大きく下回っているという。英米などは15%前後に達している。

何がリカレント教育の障害か。内閣府が2018年に実施した調査では「学費の負担などに対する経済的支援」「土日祝日や夜間など開講時間の配慮」を求める声が上位に入っている。

大学で社会人が学びやすいコースも

大学側もこうした点に配慮し、土日や夜間の時間を活用したり、託児所を設けたりなど、勤務や育児をしながら社会人が学びやすいコースを設けるケースも増えている。

日本女子大学「リカレント教育課程」では、就職・再就職を目指す女性が対象で、英語やITリテラシーのほかキャリアマネジメントやビジネススキルが学べる。企業とのマッチング支援などもある。来年度からは再就職を目指すコースと、働きながらスキルアップを目指すコースの2コース制にするという。

茨城大学の社会人向けリカレント教育プログラムでは、公開講座などに加えて、受講する企業や団体の要望に応じて教育内容を編成する「カスタムコース」も設けた。オンラインも活用して講義を続けている。

教育訓練給付制度、受講費用を支援

あまり知られていないが、社会人の学びを経済的に支援する給付金制度などがあり、上手に活用したい。

厚生労働省の「教育訓練給付制度」には大きく3つのコースがある。いずれも雇用保険に加入し要件を満たした人が受けられる。利用しやすいのが一般教育訓練給付で、簿記や英会話なども学べ、受講費用の20%(上限10万円)が支給される。

特定一般教育訓練給付は介護関連や税理士、社労士などの講座がある。受講費用の40%(上限20万円)が支給される。

専門実践教育訓練給付は、時間をかけて学ぶコース向けで、対象となる大学の教育プログラムのほか、データサイエンス、サイバーセキュリティなど最先端の知識も学べる。どんな講座があるかは、厚労省のホームページなどで確認できる。

(編集委員 橋本隆祐)

[日経電子版 2021年03月10日 掲載]

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