転職、社会保障も目配り 企業年金や健保の条件確認

キャリアアップを目指して転職を考える人は少なくない
キャリアアップを目指して転職を考える人は少なくない

会社員なら誰しも転職について一度は考えたことがあるだろう。新型コロナウイルス感染症の影響が経営を揺さぶり、離職を余儀なくされた人も少なくない。実際に転職するとなると思わぬ問題に突きあたる場合がある。特にお金のことで慌てないように注意するポイントを押さえておこう。

企業、中途採用やや慎重に

コロナ禍で転職市場の環境は大きく変わった。まず認識しておくべきなのは、足元で中途採用にやや慎重になる企業が多い点だ。リクルートワークス研究所が民間企業約4500社を対象にした調査によると、2021年度の中途採用見通しについて「増える」という回答(9.5%)から「減る」という回答(10.5%)を引いた数値はマイナス1.0ポイントと、基準の0を下回った。20年度は同数値が10ポイント台だった。

もっとも業種によって格差も目立つ。中途採用が増えるとの回答が多かったのが情報通信業や建設業、小売り、医療・福祉など。一方で運輸業や飲食店・宿泊などは減るとの回答が多い。将来の人手不足が見込まれるなかで、中小企業を中心に全体としては中途採用意欲が底堅い傾向もうかがえる。

企業側の求める人材像がコロナで変化している点も注意すべきだろう。人材紹介のエン・ジャパンの井用崇之マネージャーは「企業側はDX(デジタルトランスフォーメーション)などデジタル関連のスキルを求める傾向が強まっている」と話す。教育に時間がかかる若手に比べて、専門性が高く即戦力になりやすいミドル層への採用意欲が強いという。

年収以外に注意点多く

いざ転職するとなったときにどんな点に注意すればよいか。お金の問題でいうと、転職後の年収が増えるか減るかに目が行きがちだが、年金などの社会保障、福利厚生にもきちんと目を配りたい。

金融機関で専門職として働いていた30代の男性Aさんは昨年、今の職場に移った。専門性が評価され年収は約1.5倍に増えたが、年金で想定外のことがあった。

前職では企業型の確定拠出年金(DC)に加入しており、転職先にも同制度があるため当然、加入できると考えていた。実際には賃金体系が他の社員と大きく違い、会社が定める規約によって、加入資格が得られなかったという。

企業型DCは資産を持ち運びしやすいのが利点だが、加入資格は企業側が一定のルールのもとで決める。「差別的な取り扱い」にならなければ、職種や年齢、勤続期間などで定めることが可能だ。転職先にDCがあっても自動的に入れるとは限らない場合もあると考えておく必要がある。賃金体系や職種が多様化すると、こうした例が増える可能性もある。

転職先の企業にDCがなく、確定給付年金(DB)のみがある場合も、「移換を受け入れる」といった規約があるかどうかなどをよく確認しておく必要がある。

転職先の企業年金に入れない場合は、自分で手続きをして個人型DC(イデコ)に加入するのが一つの選択肢になる。この手続きは6カ月以内にしないと、年金資産が自動的に国民年金基金連合会に移される。そうなると運用の指示などができず、塩漬けになるため注意が必要だ。

見過ごされがちだが、転職した直後は住宅ローンの審査なども厳しくなりがちな点にも注意しておきたい。例えば転職前に2000万円借りられたのに、転職後には1000万円しか借りられなくなるといったことが起こり得る。金融機関によっても対応が違うだろうが、転職直後は新しい会社の水が合わず退社するケースが多いとみられているためだという。

転職と同じタイミングで家を買う予定がある場合、転職後の賃金がどうなるかもにらみながら、住宅ローンを組む時期を慎重に考えるべきだろう。

転職先が決まらないまま会社をやめてしまうケースもあるかもしれない。転職アドバイザーによると、できるだけ転職先を決めてからやめる方が得策だというが、リストラなどやむを得ない場合もある。コロナ禍で業績が悪化し、希望退職を募る企業も増えている。

転職先が決まっていない場合、自分でやる手続きは多くなる。まず厚生年金から国民年金への種別変更手続きは退職から14日以内にする。忘れてはならないのは健康保険だ。「国民健康保険」に加入するか、退職した会社の健康保険に引き続き加入できる「健康保険任意継続」などがある。任意継続は原則2年間利用できるが、在職中に半額を会社が負担していた保険料は全額を自分で払う。

失業給付、離職理由で違い

雇用保険(失業給付金)を受給するには書類を持参してハローワークに行く。倒産やリストラなど会社都合の場合、8日後から支給対象期間となり、自己都合の場合は原則さらに2カ月後になる。給付日数や給付率は年齢や賃金水準によって細かく決まっている。支給開始日は退職日からではなくハローワークに申し込んだ日が起点になることにも注意が必要だ。

「自己都合か会社都合かは最終的にはハローワークが判断する。離職理由などについては会社任せにせず、違うなら違うと自分で説明すべきだ」と特定社会保険労務士の伊東文子氏は助言する。

所得税など税金についてもきちんと対応したい。退職した同じ年のうちに転職先に再就職した場合は、転職先の会社が年末調整をやってくれる。年内に再就職できなかった場合は、翌年の確定申告時に自分で申告する。税金を払いすぎている場合には、確定申告すればその分が還付される。

「賃金アップ」はやや減少

リクルートキャリアの調査によると、転職が決まった人のうち前職に比べ賃金が1割以上増えた人の割合は20年10~12月期で26.4%で、前年同期比3.2ポイント低下した。新型コロナウイルス感染症の影響もあって、ここにきてやや低下している。ただ水準としては依然高く、リーマン・ショック前のピーク並みを維持しているという。
キャリアアップを求め転職を考える人も多いだろうが、単年度の賃金水準だけでなく、賃金体系や将来の昇給の見通し、働きがいなども含めて総合的に判断したい。資格などをアピールする人もいるが、「資格を実務のなかでどう生かしてきたかが重要で、資格があるというだけでは転職市場で評価されにくい」(井用氏)という。
新型コロナの影響で離職を余儀なくされた人の再就職を支援するため、政府や地方自治体が様々な支援制度をもうけている。東京都では求職者を一定期間、企業に派遣した後に正社員化を目指す事業を展開してきたが、来年度以降もさらに拡充する方向だという。
再就職に必要なスキルや知識を習得するための職業訓練などもある。各地のハローワークが窓口になる。雇用保険を受けている人だけでなく、受給できない人向けにも実施している。(編集委員 橋本隆祐)

[日経電子版 2021年02月27日 掲載]

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