
2021年は年明け早々から、緊急事態宣言の再発令がニュースとなる状況で、経済的な影響もさらに深刻化しそうな勢いです。会社によっては存続が難しくなり、倒産や解雇に直面している人が激増しています。ピンチになる前に自らの意思で先に動こうとする人からの転職相談も増えています。前回に続いて、これから転職する可能性がある30代の人のために、備えておきたい情報をまとめてみたいと思います。
募集条件に合っているから合格するわけではない
前回の記事「30代、転職が浮かんだら 持っておきたい5つの視点」では、30代の人が転職を考えたときに留意してほしい5つの視点として、下記の項目を挙げました。
・いま転職すると不利、は本当か?
・「狙い目の業界、狙い目の仕事」という幻想
・やはり同業・同職種?自分の可能性を決めつけすぎない
・「やりたいこと」探しではなく「生き生きできる居場所」を探す
・入社時点の条件より、入社後3年の見通しが重要
周囲からの見られ方や、形式的な項目だけではなく、自分自身の中の本質的な「生きること・働くことへの希望」を軸に、人生を有意義に使える仕事人生を送るための転職活動をしていきましょうというメッセージでした。
前回に続いて、今回、最初にお伝えしたいのが、募集条件と合格条件の違いについてです。
「募集要件に合致しているから応募したのに、なぜか書類選考で不採用になってしまった」という相談が多いのですが、まさにそれが、この募集条件と合格条件のギャップから生まれる問題です。求人情報(最近では、ジョブディスクリプションと呼ばれることも多くなっています)に書かれている募集条件から、求める人材像を見て、応募するかどうかを判断していると思いますが、この条件を満たしているからと言って、すぐに書類選考に通過するわけではありません。転職を経験したことのない人は、この点に実感がないので、「記載された必須要件を満たしているから、自分は面接に進めるはず」と思い込んでしまいやすい傾向があります。
実際にはあくまで最低の応募要件でしかなく、そのバーをクリアした人の中から、相対的な比較で書類選考が進んでいくことになります。その際、その求人にどんな人が、どれぐらいの人数が応募しているかによって、相対比較の基準は変わります。
一例を挙げると、たとえばある転職サイトで、東京都内の広告代理店が営業職を募集すると、30人から応募が集まり、そのうち書類選考に通過して1次面接に進む人が10人、2次面接で5人に絞られ、最終面接まで行くのが2人、内定するのは1人というような構造になっています。書類選考だけでも見えないライバルが29人いて、通過率は33%しかないという計算になります。
人間関係の問題はどこに行ってもついてくる
転職を考えるきっかけで、給与や仕事内容のミスマッチと共に多いのが、人間関係をめぐる問題。「上司とのそりが合わない」「同僚との関係で居心地がよくない」「経営者が信頼できない」など、確かにいったん人間関係がこじれると、簡単に修復することはできません。また、いくら仕事が自分に合っていても、そもそも居心地が悪くなって、出るはずの成果が出せなくなるといった事態も起こりやすくなります。
パワハラやセクハラなど、相手に起因する問題の場合は、こちらから改善しようにも、打てる手が限られ、解決の糸口が見えないこともあります。精神的にダメージがある状態を引きずりすぎて、本当にメンタルを壊してしまっては元も子もないので、どこかで見切りをつけて転職に踏み切るのは致し方ないことだと思います。
しかし、1点だけ頭においてもらいたいのは、人間関係の問題は、どんな企業に行ってもついてくるかもしれないということです。もし、同じような状況に2度、3度と陥って転職を繰り返すことになってしまうと、キャリアそのものが思い通りに形成できなくなるおそれがあります。
では、人間関係トラブルを避けるには、どうすればいいのでしょうか。自分が原因となるトラブルを避けるために、自分自身の対人コミュニケーションにおける課題や癖を把握して改善するという方法はもちろん有効です。ただ、それ以上に気を付けてほしいのは、入社する前に、組織の風土や人間関係をチェックして、少しでも不安があるのであれば、リスクがある環境に近づかないようにすることです。
もし、そこに不安があるのなら、内定が出た後に、同僚になる予定の人や、年代や属性が近い社員から、カジュアルに話を聞かせてもらう場を作ってもらうように依頼して、人事や経営者ではない立場の人にできるだけ率直に会社の内情を聞いてみるということも一つの方法です。
会社は生き物 変わるときは変わる
「入社した当時はよかったが、規模が大きくなるにつれて価値観やビジョンが変わってしまった」。転職を検討する理由として、よく聞くフレーズの一つです。人と企業の関係も、一生続くことだけが善ではありません。
会社は成長フェーズによって戦略を変える「生き物」です。戦略や方針が変われば、求められる能力やスキルも当然、変化します。また、働く側も、経験が増すとともに、価値観や視界が変わることもあります。
目指すものが一致しているときに、お互いが必要としあって、気持ちよく一緒に目標に向かっていける時期もあれば、時とともに、それぞれが目指すものが変わって、別の道を歩む日が来ることも、当たり前の出来事だと思います。
特に2020年代は、これまで以上に変化スピードが速くなる時代です。ベンチャー企業に限らず、大企業であっても、過去のやり方や価値観を踏襲するだけでは未来が見えにくくなっている状況です。働く企業も、自分自身も、どちらも常に変化していく途中であると考え、適応力を磨いていく方向を目指していただきたいと思います。
日ごろの人間関係がキャリアの救世主になる
いざ転職を考え始めて、インターネットで情報収集をしていると、ビジネスとして膨大な集客予算を費やし、マーケティング機能を盛り込んでいる転職サイトや転職エージェントの情報が嫌でも目につきます。しかし、世の中で実際に転職する人の中には、転職サイトやエージェントに頼らずに、自分の知人や友人経由で、いわゆる「縁故」経由で転職をする人も多く存在しています。この縁故を大別すると、親族の経営する会社に入社するケースと、友人や前職の上司・同僚、取引先などに誘われて転職するケースが含まれます。
つまり、転職専門サービス以外に、普段の仕事、日常生活を通じてどんな人間関係を形成しておくかが、いざという時に選択肢を増やすことにつながるということです。
社内の人間関係だけではなく、顧客やパートナー、仕入れ先や外注先など、外部で接触する人も、仕事で関わる人は、いつどこで関係性が変わるかもしれない貴重な資産です。長い目で、信頼関係を構築できる人を増やしておきたいところです。
転職に「絶対」はない 悲観シナリオを楽観的に実行する
「どうすれば、失敗しない転職ができるでしょうか」という質問を受けることがあります。しかし、転職やキャリア形成に、「絶対的正解」は存在しません。
自分の仕事人生の残時間を計算して、自分は何のために働くのか、どんな目標に進んでいくのかを考え、自分自身で歩む道を「正解」にしていくしかないのが現実です。
もし、少しでもリスクを抑えたいとすれば、「もしかすると物事は自分が想定したほどうまくは進まないかもしれない」という悲観シナリオを前提に置いて、キャリアの戦略や戦術を考えることをお勧めします。悲観シナリオを前提に置いて、最悪の場合のプランBやプランCを準備しておくことで、想定外に備えることができるのに加え、備えること自体が行動の質と量を高めることにつながるメリットもあります。
今回挙げた5項目をまとめると、以下のようになります。
・募集条件に合っているから合格するわけではない
・人間関係の問題はどこに行ってもついてくる
・会社は生き物 変わるときは変わる
・日ごろの人間関係がキャリアの救世主になる
・転職に「絶対」はない 悲観シナリオを楽観的に実行する
新型コロナウイルスに限らず、ある日突然、不測の事態に襲われて、自分が主導権を取れない状態になる前に、「これから転職をするかもしれない」30代は、ぜひこれらの視点を参考に準備だけでも進めてもらえればと思います。

黒田真行
ルーセントドアーズ代表取締役。日本初の35歳以上専門の転職支援サービス「Career Release40」を運営。2019年、中高年のキャリア相談プラットフォーム「Can Will」開設。著書に『転職に向いている人 転職してはいけない人』、ほか。「Career Release40」 http://lucentdoors.co.jp/cr40/ 「Can Will」 https://canwill.jp/
[NIKKEI STYLE キャリア 2021年01月15日 掲載]