富士通、次代を担う5G事業 率いるはジョブ型1号

2020年6月1日、富士通グループのすべての管理職宛てに突然、1通のメールが届いた。

「5Gバーティカル・サービス室長を社内ポスティングにて公募する」「プロジェクトを強力にけん引できるスキル、経験、マインドを持つ最適な人材をオープンなプロセスでアサインする(割り当てる)ことを目的とする」「新たな取り組みに共感いただける方は、ぜひご応募いただきたい」

リーダー選抜、社内ざわめく

新設される同室が手がけるのは「ローカル5G」。工場やビルなど限られた敷地内で高速通信規格「5G」を使い、企業の独自ネットワーク構築を支援するという事業内容だ。従来のWi-Fiなどの無線方式と比べ、5Gは高速・大容量でかつ遅延が起こりにくい特長がある。製造ラインの自動化などに使え、25年に国内だけで3000億円市場に拡大すると期待されている。

ローカル5Gを活用した実証実験に使われるカメラ付き無人搬送車(川崎市のFUJITSUコラボレーションラボ)
ローカル5Gを活用した実証実験に使われるカメラ付き無人搬送車(川崎市のFUJITSUコラボレーションラボ)

国内企業で初となるローカル5Gの商用免許を20年3月に取得した富士通。社長の時田隆仁(58)は「プラットフォームづくりが我々のような大企業の使命となる」と、社を挙げてローカル5G事業に注力する方針を打ち出している。

そんな次代の成長を担う重要事業のけん引役を、当時まだ手探り状態だった「ジョブ型雇用」で決めるとの発表に、社内はざわめいた。

「またとないチャンス」

「新しいビジネスを引っ張っていくまたとないチャンス。ぜひやりたい」。グループ会社の富士通総研(東京・大田)で事業コンサルタントとして働く後藤知範(48)は受け取ったメールを読みながら興奮を抑えられずにいた。コンサル業務でローカル5Gを取り上げた際に「どう活用するか、アプリケーション設計が重要になる」と自分なりの戦略を考えていたからだ。

グループ会社から富士通の命運を握る次代事業の責任者となった後藤氏
グループ会社から富士通の命運を握る次代事業の責任者となった後藤氏

ジョブディスクリプション(職務規定書)と呼ばれるシートに、ポストに必要なスキルや経験、職務内容などが事細かに書かれている。後藤はこれまでのキャリアを棚卸ししつつ志望書を書き上げ、面接に臨んだ。

ライバルはグループ全体から手を挙げた26人。後藤が打ち出したのは、システム統合プロジェクトで複数部署にまたがる技術者らを取りまとめた実績だ。「それぞれの長所を引き出すリーダーシップに自信があります」。後日、「合格」が伝えられた。

リーダーは年下、「関係ない」

20年4月に国内約1万5000人の管理職にジョブ型を導入した富士通で、ポストの公募は今回が第1号。「社内の関心が高く絶えず緊張感にさらされている」と後藤は言う。同時に「今後、ジョブ型を定着させていくためにも失敗は許されない」との並々ならぬ決意も胸に秘めている。

5Gバーティカル・サービス室のメンバーも公募で決まった。160人の志願者から選ばれたのは15人。競争率は10倍を超えた。部下の一人、永井一嘉(51)は後藤よりも年上。だが、「ざっくばらんな性格だけど、仕事では厳しいこともびしっと言ってくれる。リーダーに年齢は関係ない」と事もなげに話す。

志願者の3人に1人は落選

20年秋、富士通はさらに踏み込んだ手を打った。労働組合との協議が必要になるため、一般社員へのジョブ型導入は21年度以降になる見通しだが、その間の橋渡しとして、国内の新任課長職600ポジションをジョブ型で公募することを決めた。

事前の説明会には1500人が参加し、このうち900人強が実際に公募に手を挙げた。ジョブ型で規定した管理職のグレードは上からSEVP、EVP、SVP、VP、15~11の計9段階で、課長職はこのうち下から2番目の12クラスに相当する。

これまでは30代半ば~40代半ばで就くのが一般的だった。公募には非管理職の20代から課長職以上の50代まで幅広い世代の社員が名乗りを上げた。全体の4分の1が公募ポストとは異なる部署や別会社に所属する社員だったという。

従来の課長昇進は部内の推薦をベースに決めており、人事査定などを経て不合格になるケースは全体の数%程度。ほぼ出来レースのような状態だったが、今回の公募の競争率は1.5倍。志願者の3人に1人は落選することになる。

しかもライバルは部内の入社年次の近い者だけでなく、年齢に関係なく富士通グループ全体に散らばっており、人事担当者らを交えた面接を中心としたオープンな場で競い合うことになる。

社員だけでなく組織も競争

総務・人事本部長の平松浩樹(55)は「社員に『キャリアは自分で描くものだ』とただ伝えるだけでは動いてくれない。実際に選択肢を示したことで自然とチャレンジ精神が芽生えた」と語る。

ジョブ型の拡大には課題も残る。ローカル5Gのような成長領域で花形のポジションには多くの社員が集うが、業績が芳しくない地味な事業のポストには誰も手を挙げないのではないか。それどころか、現在、地味な事業を支えているエース級の人材が花形の部署に流出してしまう恐れも出てくる。

ジョブ型を先導する平松の元には、そのようなクレームが社内から多数寄せられた。だが、逆にこう問い返している。「その仕事のやりがいや魅力をちゃんと発信してきましたか。部下をつなぎ留めるため、普段からエンゲージメントマネジメントに気を配っていますか。まずは目の前のやるべきことからやっていきましょう」

自主性が不可欠なジョブ型は働き手だけが試されるわけではない。オープンにポストを募ることで、同時に組織のあり方も問われることになる。なれあいや慣例を捨てるのに決断は必要だが、身軽になった先には厳しいながらも努力が報われる極めてフェアな世界が広がる。

=敬称略

[日経電子版 2021年02月17日 掲載]

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