次世代リーダーの転職学

キャリア設計にコーチング やりたいことを一緒に発見

エグゼクティブ層中心の転職エージェント 森本千賀子

マンツーマンで寄り添うサービスは様々な分野に広がってきた(写真はイメージ) =PIXTA
マンツーマンで寄り添うサービスは様々な分野に広がってきた(写真はイメージ) =PIXTA

昨今、「コーチング」スタイルのサービスが拡大しています。個人の課題や目的に合わせたプログラムを組み、パーソナルコーチやパーソナルトレーナーが目標達成まで伴走するといったサービスです。

プライベートジム「RIZAP(ライザップ)」がよく知られていますが、フィットネスのほか、英会話レッスンなどでもこうしたスタイルが増えてきました。競合が激しい分野では、「いいコンテンツを提供しさえすればユーザーを獲得できる」というわけではありません。より個人に寄り添うサービスが求められているといえそうです。

そして、「キャリア」の分野においても、最近、コーチングスタイルの新サービスが生まれています。キャリアに関する相談対応やアドバイスは、これまで「転職エージェント」が中心に担ってきました。

個人の目標に寄り添う伴走型サービスが「キャリア」分野にも

転職エージェントの一般的なビジネスモデルは、「転職希望者や今後のキャリアを考える人が転職エージェントに相談するのは無料」「転職エージェントは自社が企業から依頼を受けている求人案件を紹介し、転職が成立した場合、採用した企業から成功報酬を受け取る」というものです。

一方、最近登場しているキャリアコーチングサービスは、そうした転職支援サービスとは異なる特徴を持っています。

・転職やキャリアについて相談したい人が料金を支払う

・「転職」を前提とせず、その人の志向や希望に応じたキャリア設計を支援する。自社で特定企業の「求人案件」を持たない

例えば、アクシスが2020年2月に提供を始めた「マジキャリ」が掲げるのは、20~30代を対象とする「転職を前提としないキャリアコーチングサービス」。専属トレーナーとマンツーマンで、過去の経験までさかのぼって自己分析を行い、キャリアの「軸」を認識。納得のいくキャリアを築くための実行プランを設計するものです。

60日間のキャリアデザイン+転職支援コースの料金は32万円(税別)。20~30代にとっては、思いきりが必要な投資額かと思います。それでもビジネスが成立しているのは、若手の「キャリア」に対する課題意識が高まっているからでしょう。

「相談サービスだけでは、人は変われない」

また、ポジウィルが提供する「POSIWILL CAREER」も、「まず転職ありき」ではなく、「どう生きたいか?」を起点にキャリア設計を支援するパーソナルトレーニングサービスです。

代表の金井芽衣さんは大手人材会社の法人営業を経験後、起業。匿名のオンラインキャリア相談サービスからのスタートでした。1~2年のうちに最大約6000人の登録者を獲得しましたが、サービス終了を決意。その理由を、金井さんはこう語ります。

「『相談』だけでは人は変われない。『何がやりたいかわからない』などの漠然とした悩みが多い中、たった30分の相談では『頑張っている自分を否定せず、信じてあげてください』などの言葉をかけられる程度で終わってしまい、根本的な解決ができなかった」

こうして、「キャリアトレーニング」のサービスへ転換したのです。複数のプランがある中、最も利用者が多いのは、75日間で45万円(税別)の「キャリア実現プラン」とのこと。自己分析からスタートし、転職活動まで伴走するプランです。

利用者からは「人生が変わるなら、高いとは思わない」という声も。トレーニング後、転職で年収100万円以上アップを果たす人もいることを踏まえると、投資効果が期待できるといえそうです。

45万円のキャリアトレーニングの利用者とは? 悩みの中身は?

実際、どんな人が、どんな課題を抱えて利用しているのか、金井さんに尋ねてみました。

――どんな人が多く利用していますか?

20代が約8割。特に20代前半が多いですね。男女比率は半々。残り2割は30代が中心です。「今後のキャリアに漠然とした不安を抱えている」「転職を視野に入れている」という人たちをはじめ、「前の転職に失敗したから次は失敗したくない」「子供が生まれたことを機にキャリアを見直したい」といった人も。一部、「早期退職」の選択に迫られている40~50代もいます。

サービスの提供を始めた当初は、転職活動に苦戦している人たちの利用を想定していましたが、実際の利用者は全く違っていました。利用者の多くは「いい会社にお勤めですね」と言われるような大手企業に勤務する人たちです。利用者の中心である20代では、いわゆる「就活成功者」であり、今の会社や仕事に関して特に不満は持っていないんです。

――その人たちはどんな課題意識を持って、何を求めてきているのでしょう?

漠然と「自分の人生、これでいいのかな」と思っている人が多いんです。「現状でもそこそこ満たされているけれど、本当にこの選択で良かったんだっけ?」と。

SNS(交流サイト)の影響も大きいですね。起業やスタートアップへの転職など、「やりたいことをやる」とチャレンジしている人の姿を目にして、「自分が本当にやりたいことって何だろう」と焦りを感じるようです。

また、外資系大手企業に勤務する人からは「会社のブランド力や商品力が強すぎて、自分自身のスキルが磨けている実感がない」という声も聞かれます。

彼らは何となく転職サイトに登録してみるけれど、いろいろな求人を眺めていても決められない。そもそも「どんな人生を歩みたいのか」が明確になっていないので、選択できないんです。

新型コロナウイルス禍以降、今後の人生に不安を抱く人はさらに増えました。以前は年収300万~600万円の層が多かったのですが、ここ数カ月は年収600万~2000万円など、よりハイキャリアな人からも相談を受けています。大手企業にいても安定は望めず、リストラの可能性もあると、危機感が強くなっているように感じます。

「キャリア=職業選択」は狭いとらえ方

――キャリアトレーニングを受けた人たちには、どんな変化が見られますか?

例えば、50社に応募して全て落ちていた人が内定を獲得できたり、営業職からコンサルタントにキャリアチェンジしたりと、転職成功に至る人もいますが、「転職以前の課題」に気付くケースも少なくありません。

「今の会社でもっと経験すべきことがある」「不満の原因を自分ではなく環境のせいにしていた。このままでは転職しても同じ不満を抱えてしまう」といったように。

ある大手メーカー勤務の人は、転職活動の結果、異分野の大手メーカーとコンサルティングファームから内定を得ましたが、辞退しました。「いろいろな会社を見て比較すると、今の会社は悪くないと気付いた。あえて転職する必要はない」と、もとの会社にとどまったんです。結局、仕事も環境も変わらなかったわけですが、納得感を持って働けるようになったのは大きな変化だと思います。

また、トレーナーと一緒に人生を振り返った結果、数十年来抱えていた課題を解決できたケースもありました。幼少期から母親との関係性に悩み続けた人が、自身と母親の気持ちにしっかり向き合ったことで、関係を再構築できたんです。長年の胸のつかえが取れたことで自信がつき、キャリアや人生にも前向きになれたそうです。家族や友人、あるいは恋人との付き合い方が変わるだけでも、心持ちが大きく変わり、人生がひらけることがあるんです。

これまで日本では「キャリア」といえば、「職業選択」という狭いイメージが強かったのですが、私たちはキャリアとは「人生そのもの」だととらえています。「どんな人生にしたいか」から逆算してキャリア戦略を立て、築き上げていく。それを一緒にできる会社になりたいですね。

金井さんが語る「キャリアとは人生そのもの」――まさに私もそう考えています。私が転職相談を受ける人たちの中にも、セカンドキャリアを築くにあたり、「これまでのスキルと経験をどう生かすか」だけに意識が集中している人が多く見られます。

「人生100年時代」といわれ、先はまだまだ長いのです。経験・スキルを生かすことももちろん大切ですが、一度はそれらを取り払って、「どんな生き方をしたいか」「自分が本当にやりたい“Will”は何か?」から考えてみてはいかがでしょうか。

森本千賀子

morich代表取締役兼All Rounder Agent。リクルートグループで25年近くにわたりエグゼクティブ層中心の転職エージェントとして活躍。2012年、NHK「プロフェッショナル~仕事の流儀~」に出演。最新刊『マンガでわかる 成功する転職』(池田書店)、『トップコンサルタントが教える 無敵の転職』(新星出版社)ほか、著書多数。

[NIKKEI STYLE キャリア 2020年11月13日 掲載]

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