高度人材は争奪戦 「ジョブ型」が武器に

ポストコロナの働き方についてリクルートワークス研究所主任研究員の中村天江さんが解説します。

「解雇は容易」は誤解 業務の消失後も雇用は継続

名だたる大企業がジョブ型雇用への転換を相次いで打ち出すなか、「ジョブ型雇用によって解雇が増える」との懸念を伺うようになりました。そこで今回は、ジョブ型雇用と雇用流動化の関係について考えていきます。

最初に結論を述べると、ジョブ型雇用にともない論じられている人材の流動化は3種類あります。1つめが解雇、2つめが採用、3つめが社外ではなく社内での人材の流動化です。日本企業はジョブ型雇用による解雇には慎重、採用には積極的、社内での人材の流動化にも積極的といえます。

まず、解雇についてですが、そもそも「欧米企業は日本企業よりも解雇が容易」というのは誤解です。たしかにアメリカは随意雇用契約により企業は理由を問わずに従業員を解雇できます。人材の転職や引き抜きも活発なため、雇用が非常に流動的で、労働者の平均勤続年数は4.2年しかありません。一方、欧州は国によって状況が違います。日本の平均勤続年数が12.1年なのに対し、企業の解雇権と労働者保護を両立させるフレキシキュリティ政策のデンマークは7.2年で、解雇規制が厳しいフランスやドイツでは10年を超えています。ジョブ型雇用の国だからといって一律に解雇が容易なわけではないのです。

ジョブ型雇用を推奨している経団連も、2020年に「特定の仕事・業務やポストが不要となった場合に雇用自体がなくなるものではない」とし、今年は「経営判断でジョブ型社員の担う分野を廃止する場合は、雇用継続への不安が生じないよう、社員の処遇をどうするかあらかじめ労使で協議しておくこと」との内容の公表を検討しており、解雇のためにジョブ型雇用を推進しているわけではありません。長期雇用の部分は維持したまま、職務の割り振りや処遇設定から年功色を廃して、人材活用を最適化するためにジョブ型雇用を提唱しています。

出所:中村天江(2020)『採用のストラテジー』慶應義塾大学出版会
出所:中村天江(2020)『採用のストラテジー』慶應義塾大学出版会

2つめの雇用流動化は、入りと出で解雇の対となる人材の採用です。優秀な人材を獲得したい、辞めさせたくない、という採用の問題は、日本企業がジョブ型雇用に転換する大きな要因です。DX(デジタルトランスフォーメーション)やグローバル化をけん引する高度人材は、海外企業と獲り合いになることも珍しくなく、市場評価を反映した待遇を提示できないと採用できません。仮に採用できても辞められてしまいます。年功序列が色濃く残る硬直的な処遇制度では、人材争奪戦に勝てないのです。

筆者は、日本・アメリカ・フランス企業の人事を対象に行った調査をもとに、企業の競争力向上に寄与する「タレント」の採用成果をもたらす要因を分析したことがあります。すると日本企業は「戦略実現のための人事制度や働き方改革」や「通常より高い報酬の提示」「特別なキャリアパス」が採用力向上に効くことが明らかになりました。人事制度をジョブ型雇用に変更し、一律の処遇制度ではなく市場評価を反映した高い報酬と、当人の経験や能力・志向を尊重したキャリアパスを提示できる日本企業は、人材獲得力を高めることができるのです。

高い報酬やキャリアパスが採用力向上につながるという結果が、アメリカ企業やフランス企業よりも日本企業ではっきりと観察されるのは、アメリカ企業やフランス企業では職務内容に応じて報酬やキャリアパスが異なるのは普通のことなので、それらだけでは採用競合企業と差異化できないためでしょう。逆にいえば、日本では賃金やポストの硬直な処遇制度が浸透しているために、これらの打ち手が効くのです。

社内で人材流動化 意欲ある若手引き留め効果も

ところで、中途採用では、日本企業はこれまでも職務要件を明確にして人材を採用してきました。従来の中途採用とジョブ型採用の違いはいったいどこにあるのでしょう。

筆者は、それは市場相場を反映して一般的な処遇よりも高い処遇を提示するところにあると考えています。経団連も「高度人材に対して、市場価値も勘案し、通常とは異なる処遇を提示してジョブ型の採用を行うことは効果的な手法となり得る」と、職務内容を明確に定め、市場評価を勘案した処遇での「ジョブ型採用」を推奨しています。

中村天江(なかむら・あきえ) 博士(商学)。専門は人的資源管理論。1999年リクルート入社、2009年リクルートワークス研究所に異動。「労働市場の高度化」をテーマに調査研究や政策提言を行う。「2025年」「Work Model 2030」「マルチリレーション社会」など働き方の長期展望を発表。同一労働同一賃金や東京一極集中の政府委員もつとめる。2017年より中央大学客員教授。
中村天江(なかむら・あきえ) 博士(商学)。専門は人的資源管理論。1999年リクルート入社、2009年リクルートワークス研究所に異動。「労働市場の高度化」をテーマに調査研究や政策提言を行う。「2025年」「Work Model 2030」「マルチリレーション社会」など働き方の長期展望を発表。同一労働同一賃金や東京一極集中の政府委員もつとめる。2017年より中央大学客員教授。

3つめの流動化は、社外ではなく、社内での人材流動化です。ジョブ型雇用のために職務記述書(ジョブディスクリプション)を整備すると、職務に必要なスキルや能力が可視化されます。従業員は目指すポストに対してのギャップを理解できるようになり、能力開発やキャリアパスの参考にできるようになります。さらに、職務記述書が整備されていれば、社内での人材募集も容易になります。実際、ジョブ型雇用を導入する企業から、職務記述書を整備した後、社内の人材異動を活性化したいとの狙いもお聞きします。

実は、近年、成長意欲の高い若手人材が「このままでは成長できない」という理由で辞めることが増えており、社内に成長機会をつくることが急務になっています。ある企業での調査によれば、「上司はキャリアの相談にのってくれ、解決のために動いてくれるのに、成長機会がなく不満」という結果が出ており、もはや管理職の属人的な努力だけでは、成長機会をつくれないのです。よって、雇用制度改革により従業員が主体的にキャリア形成でき、さらに希望に応じて自らの意思で社内で異動できるようにすることは、望ましい変革といえるでしょう。

以上、3つの雇用流動化についてみてきました。企業はジョブ型雇用により、採用や社内の主体的な人事異動を活性化したいと考えています。一方で、解雇については抑制的です。ただし、ジョブ型雇用が浸透していった先で、どのような流動化が起こるかは注視が必要ですが。

出所:リクルートワークス研究所(2020)「5カ国リレーション調査」
出所:リクルートワークス研究所(2020)「5カ国リレーション調査」

最後に1点、興味深いデータをお見せします。転職によって年収や役職、職種などに変化があったかをまとめたものです。現状、日本はジョブ型雇用の国々に比べて、転職により年収が増えない可能性が高く、その背景には転職により役職が上がらず、会社規模が小さくなることがあります。ジョブ型採用では、市場評価を反映した高報酬を提示するにとどまらず、前職から役職が上がるキャリアアップ型の採用を増やすこともまた期待されます。

日経ヴェリタス2021年1月17日号「プロが解説」より。同コーナーでポストコロナの働き方について連載しています。

[日経電子版 2021年01月20日 掲載]

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