一つの仕事で満足ですか みずほ、副業で武者修行

リスクと利点てんびん 経営者視点、芽吹くか

本業がおろそかになるのではないか――。副業への関心は高まっているが、大半の企業は解禁をためらう。そんな様々なリスクも背負い、みずほフィナンシャルグループ(FG)は副業解禁に踏み切った。背景にあるのは社内経験だけでは次世代を担う人材を育てきれないという危機感だ。武者修行で成長した社員が会社の成長にも寄与する。副業時代の会社と社員の関係性を、みずほFGの挑戦から探る。

「1時間3千円でマンツーマンのコーチングを受けられる。価格破壊でコーチングを広めたい」。みずほ銀行のデジタル部門で働く仲本雅至さん(26)は熱く語る。2020年11月にオンラインサービスを立ち上げた。コーチング資格を持つ大手企業のリーダー層らを紹介する。運営主体は自ら社長を務める会社だ。

みずほ銀行の川目悠貴さんは絵本のネット配信サービスの立ち上げを目指す。創作過程を知るため、自ら絵本も書いている
みずほ銀行の川目悠貴さんは絵本のネット配信サービスの立ち上げを目指す。創作過程を知るため、自ら絵本も書いている

みずほFGは19年10月に社員の副業を解禁した。仲本さんはすぐに手を挙げた。「これからはデジタルの時代。もっと自分を磨きたいと思い、社外に成長機会を求めた」

欧米では経営者も使うコーチングだが、日本では知名度が低い。今は利益より顧客獲得が優先。売り上げは事業資金に回すので報酬ゼロだ。ただ「数年後には月5千人程度の利用者を獲得したい」と夢を描く。

保守的なイメージが強い金融業界。副業解禁の方針を社内に伝えた当初、管理職からは「会社への貢献が下がる」「情報漏洩リスクが高まる」「優秀な人材が辞める」と反対の声が上がった。銀行は信用第一。社員が副業で不祥事でも起こせば命取りになりかねない。企業社会に副業解禁の兆しはあれど、先陣切って危ない橋を渡る必要があるのか。現場の懸念はもっともだった。

だが会社は別の懸念を持っていた。閉じた社内競争で外と戦える人材が育つのか――。

みずほFGの歴史は1999年に遡る。大手金融の再編を主導したが、気づけば三大メガバンク内の3位が定位置だ。現状打開へ「次世代金融への転換」を19年度に経営戦略に据えた。従来の事業モデルに加えて、外部との積極的な協働やデジタル技術の取り込みが欠かせない。グローバル人事業務部の伊藤俊輔調査役は「社外で鍛えられた社員が社内にもたらす価値と、人材流出などの副業リスク。2つをてんびんに掛け、副業解禁の利点が大きいと判断した」と説明する。

これまで約250件(審査中を含む)の副業申請があり、206件を認めた。審査中を除くと承認率は約9割に上る。(1)競合禁止(2)社内のノウハウ・情報流出は禁止(3)過重労働は禁物――など8つの条件に触れなければOKだ。なお他社に雇われるのも禁止。他社で仕事をする場合は業務委託契約を結び、個人事業主の立場をとる必要がある。

審査においては、安全を期して厳しく審査したくなる気持ちを抑え、社員の挑戦を応援する姿勢をとる。とはいえ、厳しくみる項目が1つある。副業が本人の成長にどうつながるか、だ。収入を増やしたいといった理由のみではNG。社員は熟考し、申請書類に明記する。料理教室講師など趣味領域の副業も認めるが、誰かに技術を教えることでリーダーシップやコミュニケーション能力が身につくと期待できる場合だ。

申請は20~50代まで幅広い年代に及ぶ。特に若い世代では、社内では望めない刺激的な経験を自らの成長につなげようと、副業に挑む傾向が強いという。

みずほ銀行の支店に勤める川目悠貴さん(34)は絵本のネット配信サービスを立ち上げようと、出社前の1時間と帰宅後の時間を副業に割く。きっかけは2児の父親としての経験だ。子どもに読み聞かせをねだられるが、絵本は意外と高価で多くの作品に触れさせてやれない。ネットで安く配信し、日本中の子どもたちに絵本をもっと身近な存在にしてあげたいと考えた。

21年中に絵本作家と人脈を築き、22年のサービス開始を計画する。事業プランの立案や運営・管理などは1人でこなす。川目さんの本業は支店の渉外課長。「仕事上、経営者との付き合いはあるが、見聞と実体験は別。副業で経験する経営者視点は部店運営に必ず生きる」。配信サービスが成功しても、みずほ銀行を辞めるつもりはない。「大きな組織だからこそ、できる仕事もある。大きな仕事をなし遂げるためにも、社外で成長したい」

日本型雇用は新卒一括採用した若手を終身雇用を前提に社内で大切に育ててきた。自社に合った人材を育成できる半面、内向き思考の社員が増え、組織の競争力は伸び悩む。副業容認から1年あまり。不祥事などはない半面、副業を始めた社員らが職場にどんな新風を吹き込んでいるのか、明確な成果もまだみえない。「ただ、失敗を恐れていては得るものも少ない。トライ・アンド・エラーを重ねながら、強い人材を育てていきたい」(伊藤調査役)

[日経電子版 2021年01月05日 掲載]

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