
よく目にする経済ニュースについての疑問に日経の記者が基礎からわかりやすく答える書籍シリーズ「Q&A 日本経済のニュースがわかる!」(日本経済新聞出版)。最新の2021年版からキャリアづくりに参考にしたい気になるテーマを厳選して紹介します。4回目は先端技術、主に人工知能(AI)の話題を解説します。
Q AIの発展は人々の仕事にどのような影響を及ぼしますか?
A 特別な知識や技能が求められない職業がAIに置き換わる可能性があります。一方でAIを活用できる人材の引き合いが強まっています。
現在は第3次ブーム
AIはこれまでブームと「冬の時代」を繰り返しながら発展を遂げてきました。現在は「第3次AIブーム」と呼ばれる真っただ中にあります。2012年に「AIのゴッドファーザー」の異名を持つトロント大学の研究者、ジェフリー・ヒントン氏のチームが画像認識の大会で高い結果をたたき出して優勝しました。この出来事が1つのきっかけとなり、「ディープラーニング(深層学習)」と呼ばれる技術に注目が集まりました。
AIはすでにビジネスの現場に浸透しています。調査会社のIDCジャパンによると、19年の日本のAIシステム市場は818億4400万円と前年比で56%成長しました。同社は24年にはその市場規模が3458億8600万円になると予測しており、今後も拡大が続く見通しです。以前は実証実験による精度の検証が中心でしたが、すでに実用化が求められる段階に入っています。

最近の急激な進化を受け、AIが人間の知性を上回ることを指す「シンギュラリティ(技術的特異点)」の到達を懸念する声も出ています。45年にはシンギュラリティが起きるといった予測もあります。現時点では技術的なハードルが非常に高く、科学者の間ではSFのような未来に懐疑的な声もあります。ただAIは得意な分野では人間を上回る性能を発揮できるため、一部の仕事が代替されるのは確実視されています。

AIが雇用に与える影響が議論されるきっかけとなったのは、13年に発表された英オックスフォード大学のマイケル・A・オズボーン氏とカール・ベネディクト・フレイ氏による研究論文です。米国では702の職業のうち47%が将来はAIやロボットなどのコンピューター技術に取って代わられる可能性が高いという分析結果が報告されました。
野村総合研究所(NRI)はオズボーン氏らと同様の手法で日本国内の601の職業を対象に分析を行いました。この結果によると、一般事務員や受付係、倉庫作業員、タクシー運転手といった「必ずしも特別の知識・スキルが求められない職業」や「データの分析や秩序的・体系的操作が求められる職業」がAIなどのコンピューター技術に置き換わる可能性が高いそうです。10~20年後には、日本の労働人口の49%が就いている職業の代替が可能になるといいます。
コロナ禍でAI導入が増えるか
一方で足元ではAIを使いこなせる人材が足りておらず、新たな仕事が必要とされるようになっています。「GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン・ドット・コム)」と呼ばれる米国のIT(情報技術)大手は優秀なAI技術者や研究者を数千万円の年収で厚遇し、積極的に採用しています。
日本でもAIなどの技術を持つ新入社員に対して他の社員よりも多い報酬を払う企業が増えています。政府は2019年、AI技術を活用できる人材を25年までに年間25万人育成する目標を公表しました。AIにデータを学ばせるための「アノテーション」と呼ばれる業務の担い手も増えています。
AIの本格導入が進んでも残る可能性が高い職業もあります。NRIの分析によると、アートディレクターや映画監督、外科医、保育士といった「抽象的な概念を整理・創出するための知識が要求される職業」や「他者との協調や他者の理解、説得、ネゴシエーション(交渉)、サービス志向性が求められる職業」は代替が難しい傾向があるといいます。AIは過去のデータを学習して最適な答えや選択肢を導き出すのは得意ですが、新たなものを生み出す仕事や細やかな気遣いを必要とする接客業などは人間の方が得意です。
新型コロナウイルスの感染拡大はAIの普及を加速させる可能性があります。例えばコールセンターでは消費者の問い合わせに対応するためのAIを導入する動きが広がっています。在宅勤務や非接触の流れが進むなか、今後も世界的に業務の見直しは進む見通しです。働き手はコロナ後の世界でも求められるスキルを身につける必要がありそうです。
(「Q&A 日本経済のニュースがわかる! [2021年版]」から再構成しました)
[NIKKEI STYLE キャリア 2020年12月31日 掲載]