
よく目にする経済ニュースについての疑問に日経の記者が基礎からわかりやすく答える書籍シリーズ「Q&A 日本経済のニュースがわかる!」(日本経済新聞出版)。最新の2021年版からキャリアづくりに参考にしたい気になるテーマを厳選して紹介します。3回目はベンチャーについてです。
Q スタートアップの未来はこれからどうなりますか?
A 資金の出し手であるベンチャーキャピタル(VC)による選別が厳しくなり、優勝劣敗が進むでしょう。
投資は世界的に減少
2020年に入ってからスタートアップへの投資は世界規模で減速しています。米CBインサイツとプライスウォーターハウスクーパース(PwC)の調査によると、20年4~6月期の北米での投資額は280億ドル(約2兆9000億円)と前年同期比で13%減りました。アジアでは同7%減でした。同じことが日本でも起こっています。ベンチャーエンタープライズセンターの発表によると、20年1~3月期の国内ベンチャーキャピタル投資額は前年同期比20%減でした。スタートアップ投資に過熱感が出ていたとされる19年に比べて、投資家の慎重姿勢が目立ってきました。
スタートアップに流れるお金はしばらく、減少傾向が続きそうです。日本ではここ数年、事業会社がスタートアップへの資金の出し手として存在感を高めてきましたが、新型コロナウイルス感染拡大の影響で本業が悪化すると、投資に二の足を踏んだり、打ち切ったりするケースは増えるはずです。現にデロイトトーマツベンチャーサポートが20年4月に実施した調査では、コーポレート・ベンチャー・キャピタル(CVC)の9割が20年の投資を19年より減らす意向を示していました。投資家から預かったお金を運用するVCも損を出さないために事業拡大が見通しやすいスタートアップに限って手堅く投資するようになります。実際に、あるVCの幹部は「回復に時間がかかりそうな観光業や飲食業に関連するスタートアップには投資しづらい」と打ち明けています。

スタートアップは短期間で売上高を一気に伸ばすために自社サービスの開発やマーケティングに莫大な投資をしている場合が多く、営業赤字を計上している企業は少なくありません。つまり、外部から資金を調達できなければ事業活動ができなくなってしまう可能性が高いのです。投資マネーが潤沢でまんべんなく行き渡っていた19年とはうってかわり、今後は投資を呼び込める企業とそれ以外での格差が広がっていくでしょう。
キーワードはDX
では投資を呼び込めるスタートアップとはどのような企業なのでしょうか。キーワードは、デジタルトランスフォーメーション(DX)です。労働人口が減るなか、従業員1人あたりの生産性を高める目的や、革新的な技術やサービスを生み出すために、大企業から中小企業までIT(情報技術)の活用を徹底すべきだという議論は以前からありましたが、コロナ禍でその機運はさらに高まりました。組織のDXを進めるサービスを提供するスタートアップには投資が集まりそうです。
例えばブロックチェーン(分散型台帳)技術を開発するLayerX(レイヤーエックス)は2020年5月、ジャフコなどVCから30億円を調達したと発表しました。「すべての経済活動を、デジタル化する」と標榜し、4月には三井物産やSMBC日興証券などとブロックチェーンを資産運用に活用する新会社を立ち上げています。52億円を調達したベルフェイスは電話の音声とパソコン上の映像を組み合わせたオンライン商談サービスを提供。新型コロナウイルスの感染予防のためにインサイドセールスを取り入れる企業が増えることで、今後需要が増しそうです。

人工知能(AI)を活用し医師の問診作業を効率化するシステムのUbie(ユビー)も20億円を調達しました。同社は新型コロナの感染拡大を受け、患者があらかじめ自宅から受診相談できるシステムも開発、環境変化にすばやく対応しています。
景気後退に伴い、全般的にスタートアップはここ数年享受してきた投資の恩恵を受けにくくなることは確かです。
一方で過去を振り返ると、不況下でもスタートアップは生まれていました。情報共有ツールを提供する米スラック・テクノロジーズやライドシェアの米ウーバーテクノロジーズ、日本の転職プラットフォーム運営のビズリーチもリーマン・ショック後まもない09年に立ち上がり、大きな成長を遂げました。新型コロナウイルスの感染拡大に伴う生活様式の変化から生まれた新しいニーズをつかみ、投資を呼び込んで大きく育つスタートアップは登場するはずです。
(「Q&A 日本経済のニュースがわかる! [2021年版]」から再構成しました)
[NIKKEI STYLE キャリア 2020年12月24日 掲載]