
よく目にする経済ニュースについての疑問に日経の記者が基礎からわかりやすく答える書籍シリーズ「Q&A 日本経済のニュースがわかる!」(日本経済新聞出版)。最新の2021年版からキャリアづくりに参考にしたい気になるテーマを厳選して紹介します。第1回は働き方です。
Q 日本企業の働き方はこれからどう変わっていきますか?
A 新型コロナウイルスの感染拡大を機に広がったテレワークなど、時間や場所に縛られない新しい働き方が定着しそうです。
大きなメリットがあったテレワークの導入
私たちの職場環境は新型コロナウイルスの感染拡大をきっかけに大きく変わりました。「3密」と呼ばれる人同士の接触を避けるため、オフィスへの出社を前提としないテレワークや在宅勤務が急速に広がったのが最も大きな変化でしょう。東京都の2020年4月調査では都内企業のテレワーク導入率は62.7%でした。政府の緊急事態宣言に伴う企業への要請が後押しする格好となり、3月時点の24%から大きく伸びました。
テレワークは一時的な措置で終わらない可能性が高そうです。日本経済新聞社が20年5月下旬、国内主要企業のトップを対象に実施したアンケートでは、9割以上が宣言解除後も「テレワークを継続する」と回答しました。新型コロナ禍が今後、完全に終息するかどうかは不透明で、当面は共存を前提に対応せざるを得ない。そんなやむにやまれぬ状況下にあるからという消極的な理由だけでなく、実際にテレワークを導入し、社員や企業に大きなメリットがあることがわかったからです。

メリットの1つは社員の生活スタイルに合わせた柔軟な働き方の実現です。遠方に住む社員は長時間の通勤時間がなくなり、子育てや親の介護が必要な社員は自宅にとどまりながら働くことが可能になりました。時間や場所の制約がなくなれば社員は働きやすくなります。さらに出社する社員数が減れば、既存の大きなオフィスは必要なくなります。
これまで社員に支給していた通勤手当も不要になり、企業のコスト削減にもつながります。実際、オフィスの拡張計画を撤回したり、賃貸契約を解約したりという動きも出てきました。それどころか、本社機能を東京から地方に移したり、テレワーク専用人材の新規採用を決めたりといった踏み込んだ対応策をとる企業も出てきました。
ただ、テレワークに代表される新しい働き方の導入には壁もあります。日本企業の多くは就業時間を労働とみなす「時間管理型」の労務制度を取り入れています。出社を前提としないテレワークでは出退社記録を取ることが難しく、社員が実際にどれだけ働いたかを企業側が把握しにくいという問題が持ち上がりました。
社員が働く時間を自由に決められる「裁量労働制」や「高度プロフェッショナル制度」といった特別な制度もありますが、対象となる社員の年収や職種が限定されており、残念ながら広く使われていないのが実態です。こうした状況から多くの企業では当初、テレワークで働く社員に対しても従来型の就業時間で管理しようとしました。例えば残業代を支払わなかったり、「コアタイム」と呼ばれる勤務時間を守るよう通知したりといった、テレワークの良さである柔軟な働き方を打ち消すような動きも出てきました。
欧米では一般的な「ジョブ型」雇用
時間管理型の労務制度は長らく日本の労働生産性を低迷させる要因だと考えられてきました。ダラダラと仕事をすることから長時間労働の温床にもなっていました。日本生産性本部の調査では、2018年の日本の時間あたりの労働生産性は46.8ドルで、経済協力開発機構(OECD)加盟36カ国中で21位でした。主要先進7カ国では1970年以降、ずっと最下位の状況が続いています。

テレワークの拡大を機に従来の時間管理型ではなく、成果に応じて報酬を支払う仕組みに切り替えようという機運が高まりつつあります。その1つの方策として注目を集めているのが「ジョブ型」雇用という制度です。
ジョブ型雇用とは、職務内容や責任範囲などを明確に規定したうえで最適な人材を充てる仕組みで、欧米では一般的な労務制度です。日本でも先ごろ、日立製作所や富士通、資生堂などがジョブ型への移行を表明しました。
多くの日本企業が導入する「メンバーシップ型」雇用は、社員が転勤や配置転換などで様々なポストを経験する仕組みで、職務内容が曖昧であることが多く、成果を客観的に評価しにくいという問題がありました。
この点、ジョブ型では「ジョブディスクリプション(職務規定書)」と呼ばれるリストで職務内容などを明示するため、テレワークでも成果を評価しやすくなると考えられています。コロナ禍を機に勤務スタイルだけでなく労務制度を含めた働き方そのものが大きく変わる可能性があります。
[NIKKEI STYLE キャリア 掲載]