
新型コロナウイルスの感染拡大を機に、遅々として進まなかった働き方の見直しが始まった。従来の常識の鎧(よろい)を脱ぎ捨てた先に、ニューワーカーが生き生きと働く組織が見えてくる。
「工場も在宅勤務ができるはずだ」。アサヒグループホールディングス社長の小路明善さん(69)は社内に檄(げき)を飛ばす。事務・営業職約9千人は8月にリモートワークを基本とする働き方に改めた。次のターゲットは生産や物流の現場だ。
工程管理や機器の監視なら自宅からできるのではないか。工場勤務は生産設備がある場所で――。経営効率の改善に向け、小路さんはそんな固定観念すら覆そうとしている。緊急事態宣言に伴い、自身も自宅で働いた。不安もあったが通勤や移動の時間を節約でき、自宅なら邪魔も入らずに熟考できる。「できないと決め付けていたことも見直す。必ず方法はある」

経済協力開発機構(OECD)によると、2018年の日本の労働生産性は21位と主要7カ国で最下位。長く日本の定位置のままだ。一因が、結果よりも勤続年数や労働時間を重視する日本型雇用。コロナ禍がそこに変革を迫り、創造性を問う新たな働き方への扉を開こうとしている。
裁量労働、賞与と別に報奨金
「求められるのは結果。ベストパフォーマンスを出せるよう自分のペースで働ける」。凸版印刷総合研究所の矢沢直輝さん(38)は10月、裁量労働に切り替わった。プラスチックフィルム開発を担当。残業代は失ったが、いつどこで働いてもいい自由を得た。賞与とは別に成果に応じ半期で最大30万円の報奨金も出る。
凸版印刷では研究・技術開発部門の900人が裁量労働に移行した。コロナ禍前は計画もなかった。7月に会社側が決断すると2カ月で労使交渉を終え、制度を導入した。副社長の大久保伸一さん(69)は「全社でテレワークを導入し、従業員を時間で管理する限界を感じた。働きがい向上のために労働組合とも問題意識が一致した」と説明する。
コロナ禍で働く人の3人に1人がテレワークを経験したといわれる。働く場所や時間の制約が減る一方、生産性向上への課題も出てきた。仲間の様子が分からず、コミュニケーションを取りづらいのだ。経済産業研究所が従業員層を対象に実施した調査では在宅勤務中の生産性はオフィスの61%にとどまる。
課題克服に企業は動く。ベネッセコーポレーションは10月、勤怠共有ツールを採用した。始業時に働く場所や時間、内容などを各自が入力して部署で共有する。買い物や保育所への送迎といった私用での業務中断を認め、ツール上で随時公開できるようにした。
上司に了解を得るのは手間だが、黙って中座した際に連絡をとれないと気まずい。勤務中か、そうではないのか。状況が分かれば相談や雑談もチャットツールなどで気軽にできる。
消える出社の概念
ヤフーは10月、完全リモートワークを導入し、社員と社外人材の垣根を壊そうとしている。フレックスタイム制のコアタイムも廃止し、約7千人の社員は好きに働ける。出社という概念がなく結果重視の完全リモートなら、社員も社外人材も働き方に大差はない。外部からは副業人材を約100人受け入れ、社員にも社外での副業を積極的に勧める。
優秀な社員ほど様々な経験を望み、それを糧に成長する。執行役員の湯川高康さんは「ヤフーが目指す究極の働き方は退職という概念をなくすこと。社外に魅力的な仕事があっても退職しなくていい。外で自由に働ける環境は優秀な人材をひき付ける」と説明する。
学習院大学名誉教授の今野浩一郎さんは日本の正社員を会社が命じた「時間」「場所」「職務」で制約なく働くことと定義した。残業や休日出勤もいとわず、転勤や異動に従う。
そんな無理難題に応える正社員に、会社は年功序列と終身雇用を与えた。だが高度経済成長期は終わり、右肩上がりの給与に見合う仕事は減っている。「日本型雇用はもはや経済合理性を失った」(今野さん)
損害保険ジャパンは10月、年功序列に基づく人事制度を改めた。能力や業績への貢献次第で20代でも課長に登用する。これまでは早くても40歳前後だった。
同社を傘下に持つSOMPOホールディングスのグループ最高経営責任者の桜田謙悟さん(64)は「従来の雇用体系には限界があると分かっていても、大胆な改革にためらいがあった。今後はグループ全体でゼロベースで見直す」と強調する。脱・年功序列はその始まりにすぎない。
ジョブ型、副業拡大、週休3日、転勤のあり方――。直轄会議で生産性向上に向けあらゆる可能性を探る。経済再生に向け、コロナ禍をチャンスに変える働き方改革が求められている。
[日経電子版 2020年12月06日 掲載]