自宅をオフィスにして籠城 在宅勤務の費用は誰が?

ランサーズに勤める広浜さんは会社からが支給された一時金でソファを購入した
ランサーズに勤める広浜さんは会社からが支給された一時金でソファを購入した

コロナ禍で始まった在宅勤務は、今後も続きそうだ。自宅がオフィスに変身し、リモート会議が当たり前になっている。一方で机や通信機器などが必要になり、光熱費の支出も増えた。こうした費用を補助するため、新たな手当を設ける企業が続出している。

アーム付き動くモニター、椅子にはヘッドレスト

壁に向かうデスクに可動式のアームで据え付けた大きなモニター。デスクの前にある椅子はヘッドレストと肘掛け付きだ。傍らには折り畳みできるカウンターテーブル。出窓の窓辺にはオンライン飲み会用の小さな冷蔵庫。調光機能が付いた照明が天井から室内を照らす。すべて、東京都に住む男性会社員のAさん(45)が今年の春以降、在宅勤務のために買ったものだ。勤務先の金融機関が在宅勤務の方針を打ち出したことを受け、合計10万円以上をかけて必要なものを買いそろえた。

在宅勤務の1日は、こんな感じだ。午前5時ごろ起床し、自宅近くを10キロメートルほどジョギング。一息ついてコーヒーを入れ、午前7時半にデスクに向かい、パソコンを立ち上げる。画面に表れるその日の予定は、リモート会議でびっしりだ。午後5時すぎに仕事を終えるまで、集中力を絶やす暇がない。「もともとガジェット(道具)好きなので、在宅勤務を快適にするものを吟味して買うのは楽しかった」。会社の自席より居心地がいい「自宅オフィス」で、仕事の効率が上がったという。

コロナ禍の緊急事態宣言で始まった在宅勤務の潮流は、コロナ後も定着しようとしている。厚生労働省が16日に公表した調査では在宅勤務などテレワーク導入企業のうち44%がコロナ下と同程度に継続するか拡大したいと回答。1000人以上の大企業では54%に上った。

ただ、急激な在宅シフトに、社員は追いついていなかった。業務用のパソコンは企業が貸与するのが一般的だが、問題は仕事場の確保だ。

保険会社に勤める都内の男性会社員のBさん(35)は、在宅勤務が始まった当初はリビングルームのテーブルで仕事をしていた。だが、食事中はパソコンや資料を片付けなくてはならないし、夕方になれば小学生の子供2人が宿題を始める。集中して仕事をするため、寝室用に座卓と座椅子を探したが、すでに家具店や通販サイトでは品薄になっていた。間に合わせに雑貨店で計4000円程度のものを購入したが、長時間座ると腰が痛くなる。最近になって、あらためて机と椅子を1万5000円ほどで買い直し、リビングルームに置いた。

急ごしらえの自宅オフィス作りを、企業も支援に乗り出した。日本マイクロソフトは、会社にあるPCやモニターなど周辺機器、必要なら事務用椅子も社員が一時自宅に持ち帰ることを許可。米本社をはじめ世界共通の対策だ。車がなく運べない人などには必要に応じて自宅に配送する費用を会社が負担。会社指定の製品であれば購入・配送する費用も会社持ちとした。

バイトにも支給する企業も

備品購入に充てられるよう一時金を支給した企業もある。カオナビは3月末に在宅勤務を始め、150人以上の社員とアルバイトなどに一律5万円を支給した。自宅にインターネット通信できる環境がない社員もおり、Wi-Fiルーターなどを購入する費用を想定した。2021年3月まで、新たに入社する社員にも5万円を支給する。

ランサーズは4月分の給与に合わせて3万円の「リモートワーク手当」を全社員に支給。リモート会議用に高機能マイクを買った社員や、机と椅子をそろえた例が目立ったという。広浜舞さん(25)は、ワンルームの自宅アパートにこたつとローテーブルしかなかったため、ニトリで2万円ほどの硬めのソファを仕事用に購入した。買った物は退職しても会社に返す必要はない。

三井住友海上火災保険は緊急事態宣言下で5000円を上限に、社員が自宅にWi-Fi環境を整備する実費を負担。ルーターのレンタルを想定し、年間契約料をほぼまかなえる金額とした。損害保険ジャパンではWi-Fiルーターを会社が用意し、必要な社員に無期限で貸し出している。

自宅で仕事をすれば、ランニングコストも増える。総務省の家計調査によれば4~6月、全国の勤労者世帯で水道代の支出が前年同期比4%、電気代が2%増加した。こうした費用をまかなうため、恒常的な手当を創設する企業が相次いでいる。

キリンホールディングスは10月分の給与から、国内4000人の社員に月3000円の在宅勤務手当を支払っている。工場など在宅勤務できない職場を除き、出社する社員の上限を30%と決め、週3日以上、在宅勤務する社員に手当を支給する。

日割りで支給するのはマンダム。10月から勤怠システムに「在宅勤務」と入力すると、自動で1日300円の在宅勤務手当を支払う。交通費は9月までは通勤定期代を支給していたが、10月からは社員が勤怠システムに「出勤」と入力した日数で自動計算し、実費を支払う形に変更した。在宅勤務手当を導入する企業の多くは、交通費を通勤定期代から実費支給に切り替えている。

従来の手当を見直す動きもある。新生銀行は21年1月から月1万円の「業務支援手当」を支給する。通勤交通費は実費精算とし、現在ある「昼食手当」はやめる。21年度中には業務支援手当の金額を引き上げ、通勤交通費も含む手当として一本化する考えだ。将来はグループ全体に拡大する。

ただ、在宅勤務できるかどうかは職種や仕事内容によっても違い、在宅勤務のための手当支給は社員の間の公平性を損ねるのではないかと懸念する企業も少なくない。日立製作所は6月から月3000円の手当を支給しているが、名目は「在宅勤務感染対策補助手当」とし、あえて在宅勤務以外の目的も含めた。富士通も「スマートワーキング手当」とし、出勤しなければならない社員はマスク購入など感染予防対策に充ててもらう。

厚労省が公表した調査では、在宅勤務している人のうち通信費の補助や手当を会社から受けている人は15%、水道光熱費は6%にとどまった。在宅勤務というニューノーマルの費用を誰がどう負担するか、手探りが続いている。

明るさや温度など、「会社並み」手探り

損保ジャパンが5月に全国の約2000人を対象に実施した調査では、在宅勤務のためパソコン周辺機器や家具などを自分で準備した人が240人おり、このうち23%が新たに何かを購入していた。購入金額は5万円以下が7割だったが、50万円以上のものを買ったと答えた人もいた。

在宅勤務では自宅で過ごす時間が長く、水道光熱費も膨らむ。都内に住む会社員(49)は、エアコンを本格的に利用する季節ではなかったにもかかわらず、在宅勤務だった5月分の1日の電気使用量が前年同月比24%増、6月分も同31%増で驚いた。「会社で仕事していれば必要なかった出費だ」と嘆く。

こうした費用は誰が負担すべきなのか。在宅勤務に詳しい弁護士の川久保皆実氏は「企業が在宅勤務を命令する場合は、社員の在宅での作業環境を整える責任は企業にある」とみる。企業には労働者の安全に配慮する義務があり、在宅勤務でも机や椅子、明るさといった作業環境は「会社並み」に気を配ることが求められる。文房具など消耗品や郵送費も、原則、会社が負担するのが合理的という。

在宅勤務時の労務管理に関する厚生労働省のガイドラインでは、10立方メートル以上の空間を確保することや、机の上の明るさは300ルクス以上、椅子は肘掛け付きで座面の高さを調整できるようにするなど、望ましい作業環境の条件を細かく挙げ、企業が労働者に助言するよう求めている。

業務用に企業が貸与するパソコンはノート型が一般的だが、ガイドラインではさらにパソコンのキーボードとモニターを離して設置することが望ましいとしている。自宅にPC用のモニターがない社員には「企業が最低限のスペックのものを購入して貸し出すのも一案」と川久保氏は言う。

ただ、企業の責任は最低限の作業環境を整えることだ。社員がもっと高級な機器や家具が欲しいと主張しても企業が応じる義務はなく、自己負担が基本だ。

水道光熱費やインターネット利用料などは、業務用と私用の切り分けが難しいため、企業が負担すべきだとは一概には言えない。各社の在宅勤務手当は、概算値としてはじきだした水道光熱費や通信費がベースになっていることが多い。川久保氏によれば、在宅勤務手当が毎月支払われる場合は、残業時などの割増賃金を算定する基礎の賃金に含めなければならない。

国はガイドライン見直しへ

こうした在宅勤務の費用を企業と社員のどちらが負担するかは、労使が十分に話し合って決めるのが望ましい。社員が負担する場合は就業規則で定めなくてはならない。在宅勤務に伴って通勤手当を減額するといった制度変更も、労働組合などの意見を聞いた上で就業規則を変更し、社員に周知しなければならない。就業規則などで定めたとしても「社員の費用負担は合理的な範囲に抑えるべきだ」と川久保氏はみる。

高額なパソコン周辺機器や家具の購入を想定して一時金を支給するのは、社員の負担を合理的な範囲に抑える方法の1つだ。企業が購入した備品を社員に貸与する方法もある。ただ、企業が購入したものは、基本的には退職時や在宅勤務が終わったときに返却する必要がある。

厚生労働省は年内に在宅勤務を含むテレワークのガイドライン見直しの方向を示すとしており、有識者を集めた検討会では企業と社員の費用負担のあり方も検討課題になっている。

「在宅勤務で腰痛」は労災になる?

都内に住む男性会社員(53)は、コロナ下で在宅勤務が始まってから腰の痛みを感じるようになった。自宅に書斎はなく、リビングルームの食卓にパソコンを広げて仕事をしているが、椅子が小さく机が低すぎるためか、どうしても前かがみの姿勢になる。「腰痛がひどくなったら労災として認められないだろうか」と思う。

在宅勤務でも、業務中のけがや病気なら労災として認められる可能性はある。特定社会保険労務士の毎熊典子氏は「業務遂行性と業務起因性を両方とも満たすことがカギ」という。

業務遂行性とは、労働契約に基づいて、働く人が事業主の指揮命令下または管理下にある状態のこと。会社の指示で働いているときに発生したけがや病気であることが条件だ。業務起因性は、仕事が原因でけがをしたり病気になったりしたという因果関係がはっきりしていることだ。

仕事か私用か 切り分け難しく

ただ、在宅勤務では、仕事とプライベートの切り分けが難しい。食卓では仕事のほか食事をとったり休憩したりする。家の中を歩いていて転んだ場合、仕事の資料を探しに行くための移動か、あるいは別室の家族と雑談するための移動だったのか、証明は難しい。在宅勤務で労災が認められた事例の1つは、自宅の作業場所からトイレにいくため離れ、戻ってきて椅子に座ろうとして転倒したケースだ。

厚労省のテレワークガイドラインは「労働契約に基づいて事業主の支配下にあることで」けがをした場合は労災給付の対象となるが、私的行為など「業務以外が原因であるものについては業務上の災害とは認められない」とする。働く人は「この点を十分理解していない可能性もある」として、十分周知するよう使用者である企業に求めている。

毎熊氏は「働く人にとって抵抗はあるかもしれないが、例えばウエブカメラなどを設置している場合、けがをしたときに仕事をしていたかどうか確認できるため、労災も認められやすい可能性がある」と話す。

家具やPC、副業なら経費算入も

在宅勤務のために自分で買った椅子やパソコンなどは、経費として税控除の対象にならないだろうか。会社員は課税所得の計算で収入から差し引く給与所得控除が、概算の経費にあたる枠として認められている。このほか、さらに確定申告すれば特別な経費を差し引ける「特定支出控除」がある。給与所得控除の2分の1を超える金額の経費が対象になる。ただ、残念ながら在宅勤務の費用はほとんど該当しない。

特定支出控除の「勤務必要経費」では、仕事と関係する図書費、職場で着る衣服費、職務上の交際費が認められる。自宅での仕事で必要になった資料代や取引先とのオンライン飲み会などは対象になる可能性があるが、上限は65万円。逆算すると、この経費の枠を使えるのは年収約430万円未満の人だけだ。

これとは別に、会社が負担してくれない通勤費は特定支出控除の対象になる。とはいえ「給与所得控除の2分の1にあたる最低27万5000円を年間で超え、通勤費であることを会社が証明する必要があるなど、ハードルは高い」と、税理士の柴原一氏はみる。

在宅勤務の費用を経費にできる可能性が高いのは「雇用契約を結ばずに副業をしている場合」(柴原氏)だ。請負契約などで副業では給与でなく報酬を受け取っていれば、事業所得か雑所得として申告する。

例えばクラウドソーシングで仕事を請け負い、自宅で作業するケースなどが該当しそうだ。この際は仕事用に買った家具やPCの減価償却費、自宅の水道光熱費や通信費を経費として差し引ける。本業と副業が両方とも在宅勤務の場合は、かかった費用のうち副業に使う額が経費となる。経費を差し引いた後の所得が年20万円を超える場合は確定申告が必要だ。

(大賀智子)

[日経電子版 2020年11月25日 掲載]

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