「永守流」 社員還元で士気 日本電産、賃金3割増

日本電産の永守会長は社員の待遇改善を表明した(10月26日のオンライン会見)
日本電産の永守会長は社員の待遇改善を表明した(10月26日のオンライン会見)

日本電産は今後3年で社員の平均賃金を3割増やす方針だ。業績が悪化する企業が相次ぐなか、創業者の永守重信会長兼最高経営責任者(CEO)が異例の「賃上げ宣言」をした。社員への利益還元を重視。業績への貢献度を評価する永守流の手法で社員のモチベーションを高める。

「今から3年間で社員の待遇を30%上げると宣言している」。10月26日にオンラインで開いた決算説明会で永守会長はこう明らかにした。具体的な賃上げの道筋は明らかにしていないが、「ということは、一人ひとりの生産性をもっと上げていかなければならない」とも付け加えた。

同社の業績はコロナ禍から回復基調にある。サプライチェーン(供給網)の見直しや部材の共通購買などでコスト改善が進み、2020年4~9月期の営業利益は前年同期比12%増を確保した。また7~9月期の売上高営業利益率は10%と4~6月期の8%から上向いた。生産性向上を図った一連の施策で出た利益を従業員に還元する。

同社は4月に新たな人事制度を導入したばかりだ。年齢や勤続年数などに応じた従来の賃金制度を刷新し、1~5点の5段階評価で実績を見える化。業績に貢献した人ほど給与が高まる。

点数は相対評価で、必ず最低の「1点」の評価が付く社員も出る。永守会長は「給与ベースを上げることで1点でも従来と同じくらいもらえるのが理想」と話し、1点でも給与が下がらない仕組みづくりを目指す。

日本電産単体の平均年間給与は20年3月期で615万円。業績悪化で19年3月期の660万円から下がった。最近は600万円台で推移している。電子・自動車部品の有力メーカーでは、デンソーの前期が797万円、村田製作所が724万円となっている。

日本電産の平均年間給与に従業員数を掛けると賃金総額は約170億円となる。3割増やせば50億円増える計算だ。待遇改善に必要な費用を尋ねられた永守会長は「5割生産性を高めれば、3割賃金を上げても会社がまだもうかる」と述べた。

人事制度の変更や賃金向上の施策を打ち出すのは「現状ではグローバル競争に勝てない」(永守会長)との危機感の表れでもある。外資では高額な報酬で技術者を引き抜くケースもある。

日本電産が成長分野として力を入れる電気自動車(EV)用駆動モーターなどの製品は高度化が進む一方、顧客の要求に素早くこたえる必要もある。高度な人材の確保がカギを握るが、従来の人事制度や賃金水準では高い能力を持つ人材を雇えなくなる懸念もある。

採用手法の見直しにも着手した。新卒採用から中途採用へと軸足を移しつつある。日本電産グループは21年春の大卒の内定者数を半減。代わりに即戦力となる中途採用を増やした。永守会長は「大卒を育成するには5~10年かかる。一歩先に経営体制を変えることが大事だ」と強調する。

即戦力の育成では永守会長が運営法人の理事長を務める京都先端科学大からの専門人材の取り込みにも期待をかける。理事長に就任後、英語教育を強化した同大学では4月にモーターの技術者を育てる工学部を新設した。22年をメドに永守会長が自ら「塾頭」を務めるビジネススクールを設置し、技術者出身の経営者を育成する構想も描く。

これまで日本電産は業績悪化に見舞われた際も人員は削減せず、創業以来雇用を守り続けた。リーマン・ショック時でも賃金を平均5%下げたが、業績回復後に「利子を付けて返した」(永守会長)。今回も「平等神話の時代は終わったが、頑張れば高い報酬がもらえて、より良い人材を採用できる」と強調する。

永守氏は「すぐやる。必ずやる。できるまでやる」と社員を叱咤(しった)激励し、成長を通じて利益を分かち合ってきた。業績が悪いときは痛みを、良いときは利益を分かち合う永守流の経営がグローバル競争を勝ち抜く力の源泉になる。

■日本企業、縮む賃上げ余力

日本企業の賃上げ余力は小さくなっている。日本経済新聞の賃金動向調査(最終集計)では、2020年の全体の賃上げ率が1.97%で19年実績(2.22%)を下回った。新型コロナウイルスの感染拡大の影響から1.67%だった13年以来の2%割れとなった。

連合は21年の春季労使交渉に向けて議論しているが、コロナ禍で休業や外出自粛の影響を受ける業種もあり、大幅な賃金改善は難しい状況だ。日本電産の「3年で3割」という目標は、詳細は未定だが1年で1割の賃金改善となる計算で、思い切った経営判断となる。

企業の多くは長期的な固定費増につながる賃金改善には慎重だ。基本給を底上げするベースアップ(ベア)については、20年の交渉ではトヨタ自動車や鉄鋼大手が実質的に見送った。

(福冨隼太郎、林英樹)

[日経電子版 2020年11月04日 掲載]

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