
転居をせず、リモート勤務でほかの地域の仕事をこなす「リモート転勤」が広がりつつある。女性はこれまで結婚や子育てなどの理由から転勤をためらう例が多かった。転居せずに幅広い経験を積むことができれば、キャリア形成の可能性がぐんと広がりそうだ。
■業務を洗い出し、現場対応を最小限に
三菱地所プロパティマネジメントは昨年から、転居せずオンラインで異動先の業務をこなす「あたらしい転勤」の実証実験を進めている。同社はオフィスビルや商業施設の運営・管理で全国に顧客や物件を持ち、「何か起きれば現場に駆けつける」のを鉄則とする。不動産業界は契約書や押印など紙文化も根強い。実験開始前には仕事の5割がリモートに対応できない「現地マスト」業務だった。

当初、社内からは「リモートでは無理」といった声も上がった。そこで業務を洗い出し、(1)社内や顧客との会議のオンライン化(2)書類の電子化(3)現地の担当者との業務分担見直し――などを実施した。現地マスト業務を全体の5%まで縮小させ、テナントとの交渉など現地対応が欠かせない業務のみ出張でまとめて対応するという新たな仕組みを作り上げた。
昨年9月から1カ月間、東京本社と横浜で働く女性3人が支店のある大阪や名古屋に滞在し、地方支店から東京本社の業務をオンラインでこなす試みを実施した。これまで現地マストとされてきた業務をリモートでできるか検証するためだ。
仕組み作りの中心を担ったのは営業職の女性たちでつくるチーム。「移動時間を短くでき、お客様からの急な問い合わせへの対応などが早くなった」。リーダーを務めた中央営業管理部兼働き方改革推進部の吉野絵美さんは手応えを感じたという。
今年9月からは2021年度の制度化に向けた追加実験も進める。関西支店から東京の業務をこなす土屋響子さんは「東京にいるだけでは得られない経験や知識を持てた」と前向きだ。対象を男性にも広げ、地方支店の社員が東京に来て支店業務をこなすケースも試す。東京本社から名古屋支店の業務を担う平城洋輔さんは「転居を伴う転勤は家族との生活にも関わる問題。働き方の選択肢が増えるのはありがたい」と話す。
■退職招く転勤への疑問、メリット残しながら制度を構築
吉野さんは同僚や部下の女性が自身や夫の転勤を機に退職した例を見てきた。「キャリアを諦めなければならない転勤が本当に必要なのかと感じた」。一方で、ほかの地域の支店の営業手法を学ぶ重要性も否定できない。転勤のメリットを残しつつ、勤務地を変えずに働き続けられる仕組みを目指して動いている。
離職せず、キャリア継続を選ぶ人が増えれば会社にも大きなメリットになる。人事企画部ユニット長の水野英樹さんは「採用にもプラスに働く可能性がある」と期待する。
多様なキャリアを築くには転勤が不可欠とされてきた金融業界でも、リモートでほかの拠点の仕事をすることを後押しする取り組みが進む。同業界は採用段階でどこでも転勤可能なグローバル職と地域限定のエリア職に分けるのが一般的だ。多くの女性がエリア職を選ぶため業務が限られ、昇進スピードも遅かった。
東京海上日動火災保険は今年9月、地域限定社員も東京の事業に参画できる「プロジェクトリクエスト制度」を導入した。地域限定社員の職域を広げ、キャリア形成を支援する狙いだ。

名古屋損害サービス第一部の渡辺祐子さんは、社内の学びとコミュニケーションの企画・運営プロジェクトに参加する。通常業務のかたわら、リモート会議や社員インタビューなどをこなしてきた。
最近ではワーケーションへの社内の関心が高まっていることを受けて、オンラインイベントを開催。「全国の魅力的な社員と知り合うことができ、刺激をもらっている」と話す。メンバー16人のうち7人は女性で、4人が地方で働いている。
同社には以前から他の部門に挑戦する「ジョブリクエスト制度」があるが、地方の社員は一般に転居が求められる。ただ、渡辺さんは「今後はジョブリクエストでも転居の必要がなくなるかも」と感じている。
■転勤の有無で昇格の差、解消の動きも
明治安田生命保険やアフラック生命保険も、本社部門に所属しながら地方拠点で働く職種を新設する。配偶者の転勤の際などにも働き続けられる仕組みを整える。
処遇を改めるのは損害保険ジャパンだ。21年からグローバル職とエリア職それぞれに定めていた昇格の差をなくし、呼称も廃止する。これまでグローバル職は入社の翌年に2等級に昇格したが、エリア職は入社翌年に1等級、数年後に2等級とスピードに差があった。今後は転勤の有無にかかわらず、能力発揮に応じて昇格する「人物本位」の人事運用とする。
転勤はこれまで多くの企業で組織継続のため欠かせないとみられてきた。先行企業が転勤前提の人事運用に代替する成功例を示せれば、「脱転勤」に追随する動きが広がり、女性のキャリア継続を阻んできた障壁の1つが破れるかもしれない。
■見直し迫られる転勤制度 自ら勤務地選ぶ時代に
働き手が勤務地やキャリア形成を企業に一任する日本式のメンバーシップ型雇用の限界は、このコロナ禍で一層認識されるようになった。転勤問題に詳しい法政大学の武石恵美子教授は「転勤がすべて不要というわけではない」と前置きしつつ、「労働力人口が減少し経営環境も変化している。転勤が果たしてきた従来の人材育成方法が今後も同じように機能するとは限らない」と指摘する。
武石教授は「改めて不可欠な転勤とは何かを問い直し、人事管理制度全体の見直しを進めることが必要だ」とも話す。リモート勤務などの工夫で対処できる実例を取材し、働く場所やキャリアを働き手自らが選択するのが当たり前、という時代が近づいているのかもしれないと感じた。
(浜美佐、女性面編集長 中村奈都子)
[日経電子版 2020年11月02日 掲載]