
一つの勤め先に収まらず、副業を手掛ける人材が増えている。特に活躍が目立つのはデジタル分野で、副業で本業並みの収入を稼ぐ「パワフル副業者」も現れ始めた。本業のノウハウを生かし、中小企業のネット通販や業務の効率化を支援する。人材不足で足踏みする日本のデジタル化の救世主となるかもしれない。
創業が江戸時代に遡る日野製薬(長野県木祖村)。地元産生薬を使った胃腸薬などを作る同社では毎週のように、東京とオンライン会議が開かれる。テーマはネット通販のてこ入れだ。
「LINEからサイトへの顧客の流入が減っていますね。クーポンをからめたキャンペーンを打てないでしょうか」。東京からパソコン越しにテキパキ指示を出すのは川口敏夫さん(36、仮名)。本業は都内アパレル会社でネット広告などの仕事をしている。2月から時間給の業務委託契約を結び、副業として日野製薬のネット通販の仕事を始めた。
■中小企業のデジタル化支える
ウェブデザイン会社など数社を渡り歩いてきたが「変化が激しい業界で1つの会社に勤め続けるリスクは大きい」と感じ、18年から副業を開始。新型コロナウイルス禍によるテレワークの標準化で時間ができたこともあり、日野製薬のほかレジャー施設やインテリア会社のデジタル化支援も始めた。副業収入は3社合計で年450万円ほど。本業に匹敵する。

日野製薬の商品は地元での販売が多く、観光客の落ち込みもあり業績は伸び悩む。売り上げの1~2割にとどまるネット通販の拡大が最大の経営課題だが、社員はネットの知識に乏しい。専門人材の採用も検討したが近隣では見つからない。
頼ったのが副業者だ。副業人材紹介サービスのJOINS(東京・千代田)を通じて、川口さんを見つけ出した。ハッシュタグを効果的に使いSNS(交流サイト)経由で顧客をサイトに誘導したり、送料無料になるまでの金額を表示して客単価を高めたり。川口さんのノウハウで通販サイト訪問者は2倍に増え、売り上げも2割アップした。
契約は3カ月ごとの更新だが、日野製薬の石黒和佳子社長も「口ばかりのコンサルなどに比べ、サイトの改良など実際に手を動かしてくれることも魅力。『セミ社員』としてずっとサポートしてもらいたい」と全幅の信頼を置く。
■人材紹介サイト、登録者3倍に
長く副業が一般的でなかった日本だが、近年、労働力不足を解消する手段として注目が高まる。政府も18年、副業を例外的にしか認めてこなかったモデル就業規則を改定。副業を奨励する方向に転換した。中でもニーズが大きいのがIT(情報技術)分野だ。経済産業省の試算では、30年時点でIT人材の需要は供給を最大79万人上回る。

コロナ禍がIT技術者の副業の浸透に拍車をかけた。企業側はデジタル化のニーズが拡大。働く側は雇用不安を解消したいという思いや、テレワークで副業がやりやすくなったことが動機になった。JOINSではコロナ禍に伴って登録者が3倍に増え、特にデジタル人材の伸びが目立つ。
企業などが発注した仕事を個人に仲介するクラウドソーシングサービス大手のクラウドワークスでは、足元でネット通販立ち上げなどデジタル関連の発注がコロナ前の1.5倍に増えている。本業を持つ技術者が請け負うケースが多い。同業のランサーズの調査では副業を手掛ける人のうち、川口さんのように副業年収が400万円以上に達する人が6%おり「パワフル副業者」は夢物語ではない。
多くのデジタル人材を抱え込んできたIT大手も副業者の供給源となりつつある。富士通に勤める中井一さん(56)は昨年4月、個人事業主として中小企業向けの経営コンサルティングを始め、法人も設立した。
富士通では基本ソフトの開発や人事関連の部署を歩んだ。その後、セカンドキャリアに備え中小企業診断士の資格を取得。富士通が18年秋、副業を許可制から届け出制に変えたこともあり、本腰を入れるようになった。30件以上の案件を手掛け、多い時に月50万円以上の副業収入がある。
中井さんの強みは経営とITの両方を理解できる点だ。人工知能(AI)のプログラミング言語の知識を持ち、簿記の資格もある。エクセルへの手入力など非効率な経理作業に取り組んでいる中小企業にクラウドベースの会計ソフトの利用を促したり、中小工場に対してネットと生産設備を接続する「IoT」の導入を支援したりしている。
培った人間関係もあり、仕事を紹介してもらう機会もある富士通には長く勤めたいが「会社にいつまでも面倒は見てもらえない。スキルを磨き続ければ本業並みの収入を得られる手応えはある」と意気込む。
■副業者、国内に690万人 専門性は米に見劣り
ランサーズによれば、広義の副業者は国内に約690万人いる。ワークスタイルは様々で、同社は大きく2つのグループに分けている。
まず6割を占めるのが「副業系すきまワーカー」。1つの会社と雇用関係を結んで本業とし、業務委託などの契約形態で別の仕事を手掛ける。「パワフル副業者」もこのグループに入る。最近はテレワークで空いた時間に食品宅配などを始める人も目立つ。
残りの4割が複数の企業と雇用関係を結ぶ「複業系パラレルワーカー」。アルバイトやパートタイムの掛け持ちも含まれるため、50代以上が37%とシニアの比率が高い。
前者は副業年収が平均63万円、後者は正規雇用以外の収入の合算で116万円程度だ。副業の動機は「収入の拡大のため」が最多で、前者で84%、後者で71%に達する。
日本では副業の仕事内容は流通・サービス業などでのパートタイムワークが中心で、単価は低い。一方、広義の副業者が約3300万人と日本の5倍もいる米国では、ITやクリエーティブ系などホワイトカラー的な仕事が多い。副業を含むフリーランスの仕事の平均時給は20ドル(約2千円)という試算もあり、日本より副業者の所得水準は高い傾向にある。
職務内容に限定がない日本のメンバーシップ型雇用に対して、ジョブ型雇用の米国は市場で評価されるプロフェッショナルが中心だ。全就業者に占める技術・専門職の比率は日本の17%に対して米国は37%(労働政策研究・研修機構調べ)に達する。
日本でも新型コロナウイルス禍を契機に、テレワークにも合う欧米流のジョブ型雇用に転換する企業が増えている。キャリアの「専門職化」は収入が多いパワフル副業者の増加にもつながりそうだ。
(雇用エディター 松井基一)
[日経電子版 2020年11月09日 掲載]