連載企画「この人と考える、仕事と生き方」⑤
ニューノーマル(新常態)時代の幕開けとともに、企業や私たち個人はどう行動しなければならないのか。米ゼネラル・エレクトリック(GE)の日本法人及びアジアの人事責任者やLIXILグループ副社長(人事・総務担当)を歴任した八木洋介people first(ピープルファースト、東京・世田谷)代表取締役の視点から、困難な現代を生き抜くヒントを提供する。今回は自分自身の価値について考える。
コロナ禍を奇貨として実力主義を徹底せよ

「これまで1日8時間は会社にいたけれど、3時間もあれば済んでしまう」「会議や上司など、会社の仕組みの多くは役に立たない」。在宅勤務が続くなかで、自身の価値や受け取る対価について、内省を深めた方が多いのではないでしょうか。「家族の大切さに改めて気付かされた」という人もいるでしょう。組織と個人の関係や、家族との向き合い方を突き詰めて考えた結果、「転職する」「独立する」「余った時間を副業に使う」といった判断を下す方もいたはずです。
企業側からすれば、「3時間で仕事を片付けられる優秀な人材に、今まで8時間もかけさせる環境だったのか。なんてもったいない」と気付いた訳です。私が企業の人事担当だったら、そんな人材には、さらに5時間分の仕事を追加します。もちろん、それに見合う対価を用意します。これが実力主義のシンプルなかたちです。メンバーシップ型かジョブ型か、という言葉にこだわるよりも、実力主義を徹底することが大事です。よほど組織の活力につながり、新しい仕事の形も提示できるでしょう。
仕事は時間で測れない時代に
仕事の成果を時間で測る時代は終わりました。1日8時間働いたら1000万円の年収になる、という関係はもう成立しません。では、成果を何で測ればよいのでしょうか。実は、成果は測定が非常に難しいものです。だから、会社が成果を一方的に「測る」よりも、会社と個人の間で「交渉する」ことが増えると予想しています。
例えば、あなたが1日8時間働いて、年1000万円の報酬をもらっているとしましょう。あなたは会社に対して「これからは1日3時間で片付けます。こなせる仕事の量と質が変わらないか限り、対価は引き続き1000万円であると認めてください」と交渉するのです。会社側からすると、量と質が同じなのだから、「それでOK」となるはずです。
逆に会社側から見ると、これまで年1000万円払っていた人材が成長し、業務効率性が上がった訳です。これからは業務量や質をさらに引き上げたい、と考えることもあるでしょう。その場合は「あなたの報酬を年1000万円から1200万円に増やします。それに見合った業務の質、量を上乗せします」と説明するのです。あなたも「対価が増えるのであれば納得できます」と受け入れやすいでしょう。単純化してお話ししましたが、これからは日本企業でもこうした議論が増えていくとみています。
活力は自らの行動から

そもそも、個々の社員の給与水準はどう考えたらよいのでしょう。経営トップの給与水準をゴールとし、そこに向けて30年間で何%ずつ昇給させていけばよいか、逆算して考えれば昇給のイメージがわいてきます。さらにいえば、労働市場ができあがってきた今、給与を社内バランスではなく、マーケットをみて決めていくようになります。給与を中心とした待遇はどのように決すべきか。何もコンサルティング会社に頼らなくても、自ら考え、社内の議論を尽くすことで解決できることです。
私自身、GEグループに在籍した際、複数の会社を買収し、人事を含む様々な制度改革に取り組みました。議論を尽くし、行動し、制度を作る努力をすることは、活力を生むための大切なプロセスだと実感しています。企業にとって活力というものは大変重要です。
よって、雇用調整助成金等で衰退産業を必要以上に延命させることは避けるべきでしょう。もちろん、弱者を切り捨てて構わないということでは決してありません。セーフティーネットを用意し、機能させることがとても重要になります。その意味では、コロナ禍における助成金の特例支給は大いに推進すべきでしょう。失業対策についてもきちんと考えなければいけません。賛否両論がありますが、ベーシックインカムもまじめに検討してもいいでしょう。
「きれい事」を心から大切にしたい
日本という国は、「人間を不幸にしない方法」をもっと考えるべきです。私がかつて所属したGEは、「世界で最も難しい課題を解決する会社」を標榜していました。成長と利益を追求するだけではなく、SDGs(国連の持続可能な開発目標)や三方良しに通ずる思考を備える組織でした。
私のことを「きれい事おじさん」と呼ぶ後輩がいます。決して皮肉でなく、いい名付けだと考えています。きれい事を追い求めながら、世の中を変えていかなくてはいけないと心から思っています。過度に利己的、金銭的な目標の追求や達成が称賛されるような世の中であっては絶対にいけません。
何が正しいのか。本当の誠実さとはどういうことなのか。皆で一度、立ち止まって考えたいものです。そして、「やってはいけないライン」をきっちり引き、他者を危険なまでに追い詰めることは避けるべきです。自由な競争と正義を両立させ、社会や組織を良きものに変えていけたら大変素晴らしいですね。それも日本発で。こういうきれい事をいつまでも大切にして発言し、行動を続けたいのです。
(聞き手は村山浩一)

株式会社 people first 代表取締役
京都大学経済学部卒業。1980年日本鋼管(現JFEスチール)入社。92年マサチューセッツ工科大学(MIT)スローン経営大学院で修士号(MS)を取得。99年より米ゼネラル・エレクトリック(GE)の日本法人およびアジアの人事責任者を歴任。2012年よりLIXILグループ執行役副社長(人事・総務担当)。17年1月people firstを設立。株式会社20年6月よりTBSホールディングス社外取締役。people firstには「人を起点にものごとを考えよう」という思いが込められている。人事のスペシャリストとして、常に明確で強いメッセージを発信し続ける著名なトップエグゼクティブのひとり。