「社員よ、使命を抱け」 丸紅、脱万年5位へ人事改革

丸紅が出資するアグアス・ヌエバス社のコントロールルーム。杉本和駿さんはここで働く
丸紅が出資するアグアス・ヌエバス社のコントロールルーム。杉本和駿さんはここで働く

丸紅が社員にミッションを課す人事制度改革に踏み切る。高い目標を掲げ挑戦する人材を年次にかかわらず処遇。失敗しても再挑戦できる仕組みを設けるなど、社員の自主性を引き出す試みだ。同根の伊藤忠商事が躍進するのとは対照的に2020年3月期、過去最大の赤字に転落。「このままでは丸紅はなくなる」(柿木真澄社長)との強い危機感が背景にある。

■2カ月かけ面談

「新型コロナウイルスの感染が収まらず、現状維持だけでも大変なんです!」。丸紅に勤務する杉本和駿さん(31)はチリのオフィスで、パソコンの画面に向かって思わず声をあげた。

チリのアグアス・ヌエバス社が運営する浄水場
チリのアグアス・ヌエバス社が運営する浄水場

杉本さんは丸紅が出資するチリのアグアス・ヌエバス社で5年前から、上下水道の取水や浄水、料金徴収などを代行するコンセッション事業を手掛けている。7月、日本にいる上司とのオンライン面談で来期のミッションについて話し合った。

上司もコロナ禍で予算達成が難しいのは理解している。それでも「現地で培った経験、ノウハウをフル活用し、全業務を見直すつもりで取り組んでほしい」と背中を押した。面談後も数回電話でやりとりし、お互い納得できるまでミッションの内容を詰めていった。

2カ月のやり取りを経て、杉本さんは難易度の高い改善活動にあてる業務比率を25%から40%に引き上げた。チリのコロナ感染者は10月中旬時点で50万人に迫り、生活するだけも不安の日々。「今はただ、身が引き締まる思い」と語る。

丸紅が労組と協議中の人事制度改革。その目玉が「ミッション設定」だ。総合職約3400人のうち、管理職以上の2200人が部下と平均2カ月程度かけ「ミッションの難易度」「裁量の大きさ」「戦略上の重要性」の3つの観点から職務内容を詰めていく。そのミッション設定に応じて7つの「等級」が決まり基本給も変わる。期末にミッションを上回る成果が出れば、その分はボーナスに反映される。

高いミッションを任されるにはそれなりの実績や実力も必要になるが、基本的には年次にかかわらずチャレンジできる。仮に「未達」となっても基本給は保証。賃金の大幅な減額はない。翌年度の評価に繰り越されることはなく再びチャレンジできる。安心して難しいミッションに挑めという会社からのメッセージだ。

丸紅の評価制度は欧米で浸透する「ジョブ型」雇用とはやや異なる。ジョブ型はあらかじめ定められた職務に対して評価や給料がひも付く。明確に設定された職務に人をつけるため、社員の専門性を評価する考えがベースにある。これに対し、丸紅は人に対して仕事をつけるのが特徴。社員の実力やその時の環境に応じて、柔軟に役割を決めることができる。

人材コンサルタントのセレクションアンドバリエーション(大阪市)の平康慶浩社長は、丸紅の評価制度を「1990年代後半に電機メーカーが導入した役割報酬型だ」とみる。「ジョブ型と比べて個人の自発的なやりがいを引き出すうえでは有効」としつつ「欧米のジョブ型に移行しきれない日本企業が模索した結果」とも指摘する。

■押しつけではなく

「『これをやってくれ』という押しつけ型ではなく、自主的にアイデアを出し主体的に動くという気風を植え付けたい」。柿木社長は新人事制度の狙いをこう話す。部下のミッション設定に割く時間や労力は増えるが「仮に全時間を割いてもらってもかまわない」。社員それぞれの能力や特性に応じてお互いに納得して働いてもらうことで、やる気も生産性も上がるとの思いがある。

丸紅の柿木真澄社長
丸紅の柿木真澄社長

19年4月、社長に就任した柿木氏は電力部門の出身。本部長時代には「提案するプロジェクトで通らない案件はない」と言われ、電力の持ち分では商社トップに躍り出た。「攻めの柿木」として業界で知られるが、若いころは不遇をかこった。

課長になる前に赴任した中東。電力部門の主力人材がアジアにいるなかで、足場もない未開地域の担当になった。アラブ首長国連邦(UAE)から原子力発電所2基分に相当するガスタービン12台を納入するEPC(設計・調達・建設)契約が舞い込んできたが、工事を発注したアイルランドの企業が倒産。1年で終わるはずの案件が結局、5年もかかった。

IPP(独立系発電事業者)案件でも苦戦した。当時、IPPのビジネスモデルが出始めたばかりの時代で、ノウハウもない。5回、6回と失注が続くなかで、これもUAEから入札の応募があった。他者任せにしていた見積もりを、スタッフをかき集めて自社で手掛け受注にこぎ着けたという経験もしている。

「IPPの件では会社からは最後通告を出された。でも上司に食いついて、諦めなかったことが結果につながった」(柿木社長)という。UAEと深い関係を築き、その後も受注を相次いで獲得。一見不可能と見えるようなミッションにも「果敢に、笑いながらチャレンジしてほしい」。この思いが人事制度改革につながった。

■開く伊藤忠との差

著名投資家ウォーレン・バフェット氏が大手商社5社にそれぞれ5%ずつ出資し、世界的な注目を集めているが、丸紅は危機のまっただ中にある。前期の最終赤字は1974億円。13年に2860億円で買収した米穀物大手ガビロンや石油・ガス事業などの減損計上などが響いた。「他社より財務基盤が弱いのに高値買いをして業績を悪化させる。その繰り返しだ」。野村証券の成田康浩アナリストは浮揚のきっかけを見いだせない丸紅の歴史をこう解説する。

丸紅は1960年代まで三菱商事、三井物産と並んで「スリーエム」時代を築いた。ところが76年のロッキード事件に絡む贈収賄で失墜。リスクを背負った事業投資を積極化できず、トレーディング事業に傾注せざるを得なかった。

90年代に入ると、「口銭商売」で利益を得ていた商社を中抜きする取引企業が相次ぐ。いわゆる「商社不要論」だ。そしてバブル経済崩壊。トレーディング事業が中心だった丸紅は01年には株価は58円まで落ち込み、02年3月末の株主資本も約2600億円にまで目減りするなど、経営が危ぶまれる状態まで追い詰められた。

その後、大リストラを経て業績は回復するが、ガビロンやダイエー、北海・メキシコ湾の油田への投資がたたり、前任の国分文也社長(現会長)時代にまた財務の立て直しに奔走することになる。「大手に負けじというコンプレックスからか、大砲主義に走ったことが裏目に出た」(成田アナリスト)

一方、同根の伊藤忠商事は現在、会長CEO(最高経営責任者)を務める岡藤正広氏の就任前までにリストラを終えた。三井物産や三菱商事など競合商社やファンドと競ることが多い資源・エネルギーなどの大型投資案件を避け「生活産業分野にかじを切った」(岡藤氏)。損失が出てもカバーできるような少額投資を積み上げ、堅実に収益を高めている。

今年に入り伊藤忠が時価総額で三菱商事を抜き首位に躍り出た一方、丸紅は万年5位が続く。再浮揚のきっかけを探る中で勝負に出たガビロン案件のつまずきで、社内は沈滞ムードに包まれた。社員は「小さな案件を無難にこなし、失敗を恐れ、挑戦を避けるようになった」(柿木社長)。

■社員に挑戦させる経営

そこで打ち出した「高いミッションに挑戦させる経営」。徐々に成果も見え始めている。新規ビジネスを生むため、部門横断的な組織となる総勢90人の次世代事業開発本部を昨年4月に設置。ロシアでの健診センター設立やインドネシアで民間最大の総合病院への出資など、ヘルスケア・メディカル事業を中心に、投資活動も活発になってきた。

社内からアイデアを吸い上げるため、ビジネスコンテストを開催。5歳未満の子供の死亡率が日本の10倍にものぼるインドネシアで、スマートフォンなどで医師と相談できるデジタル版「母子手帳」が当選した。アイデアを思いついたのは畑違いの情報・不動産本部の社員。今では新会社を立ち上げ、現地の医療向上に貢献している。

「ビジネスのヒントは自分の身の回りの生活のなかに転がっている。そのヒントを見つけられるか。年次や経験、ポストには関係ない」と柿木社長は言い切る。コロナがもたらす経済の「新常態」に社員一人一人が挑戦できるか。丸紅の抱える「人財」のポテンシャルとそれを引き上げる経営手腕が問われている。

(藤本秀文、薬文江)

[日経電子版 2020年10月27日 掲載]

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