人生100年時代の到来、コロナによる先行き不透明感――。社会人が再び学び、自身をアップデートする必要性は増すばかりだが、何をどのように学べばいいか、転職にいきる学びとは何なのか。「大人の学びを科学する」をテーマに、企業・組織における人材開発・組織開発について研究している立教大学の中原淳教授に話を聞いた。

――なぜ社会人も学び続ける必要があるのか。
「環境の変化が激しく、仕事で成果を出すためにはその変化に適応する必要があるからです。ひとたび会社に入り、右肩上がりで収入が増え、転職することもなく定年を迎えた時代とは大きく事情が変わりました。技術革新などで自身をとりまく環境が激変するなか、学び直すこと、変化することから逃げたり放棄したりするリスクは非常に大きくなっています。例えば、今、私はこの取材をオンラインで受けていますし、大学の授業、研修講師の仕事もここ半年、すべてオンラインです。自宅にスクリーンを3つ設置するなど当初、結構な苦労がありましたが『オンラインは嫌だ』と変化を拒んでいたら仕事がなくなっていたでしょう」
「人生100年時代を迎え、多くの人にとって75歳まで働くことがスタンダードになるであろうことも学びが重要になった背景として挙げられます。年金支給開始年齢が段階的に引き上げられ、自分の生活はできるだけ自分自身で何とかしなければいけない、と多くの人が気付いています。大幅に長くなった仕事人生の途中には、事業や市場、必要になるスキルや知識が時代とともに常に変化していきます。そのなかでキャリアを全うするには、学び直しをもとに自分を立て直すことが重要になります」
――コロナでビジネスパーソンの「学び」事情はどう変化しましたか。
「在宅勤務へのシフトで自由に使える時間が増えたかもしれないですが、その分家族との時間や余暇に回した人が多く、学び直しに使っている人はそれほど多くない印象です。(コロナ禍で)学びの重要性は高まりました。オンライン会議への適用が必要になったのは言うまでもなく、在宅勤務が今後も定着の兆しを見せるなか、新しい仕事のやり方を習得しないといけなくなりました。これまでのように、他人(上司)に監視されながら働くのではなく、自分で自分をマネジメントして成果を出す、という新しい仕事のやり方に適応しないといけません。また、コロナによる影響が特に大きかった業界、職種から違う仕事へと、今後数年は、業種や職種の垣根を超えた転職が大幅に増えると思います。今までとは異なる世界への転職の可能性を広げるにも学び直しが有効です」
「雇用システムにおいてもメンバーシップ型からジョブ型へという流れが進んでいますが、ジョブ型が広がると、必要なスキルを持った人材を社内で育成するのではなく外部から採用するようになるでしょう。AI(人口知能)やマーケティング、人事といった各分野の専門人材の転職が増えると思います。ビジネスパーソンとしてはできれば35歳ぐらいまでに武器(専門性)を持つことが望ましく、その意味でも学び直しが重要になります。一方、学び直しに遅すぎるということはありません。読解力や記憶力が年齢によって低下することはありますが、抽象的にものを考える力や提案力はほとんど衰えないとされています。要は、気の持ちようで、自分の能力がまだ伸びると信じられるかどうか次第だと思います」
――大人はどのように学べばいいでしょうか。
「基本、学びは子供のためのもので、大人の学び方は誰も教えてくれませんが、自らが描くキャリアの実現に向け、自分自身で動き出すことが大切です。少し抽象的な話になりますが、大人の学びのベースとなる3つの原理原則があります。1番目は背伸びの論理。人間の能力を伸ばすためには、今ある能力では実現が難しいが、がんばればできそうなこと、つまり、背伸びしてできることが必要、になります。2つめが振り返りの原理。折に触れて自分を振り返り、何が起き、何が良くて何が悪かったのか、これからどうするかについて考え、そのたびに成長を実感し目標設定し直すことが大事です。3番目がつながりの原理。大人が効果的に学ぶには助けやアドバイスをくれる第三者が必要です。人は信頼のおける他人から励まされたり助言を受けたりすることで学びを実現していきます」
「学びというと、具体的なハウツーに関心が向かいがちですが、学ぶための指針とも言える3つの原理原則をおさえておくと、将来的な学びの成果に大きな違いを生むはずです。成長の実感が持てないときは、最近背伸びをしているか、振り返りの時間を持てているか、信頼できる人と接点を持てているか、と問いかけてみてください」
――何を学べばいいか。
「ビジネスパーソンが『何を学ぶか』を考える場合、これまで仕事で携わってきたことを伸ばすことをおすすめします。そのためにはこれまでの仕事の棚卸しが必要になります。例えば『過去10年どう過ごしてきたか』『どのようなプロジェクトに従事してきたか』を振り返り、要するに自分は『新規事業屋』『企画屋』などとまとめた上で自分の強みを意識する。そのうえで、例えば経理の人が、紙とハンコ中心だったところを電子決済に挑戦する、営業の人が対面営業ばかりだったものをオンライン営業にトライする、などプラスアルファとなるものを習得すると転職で重要とされる『ストーリー』を語る上でも役立つと思います。転職では、これまで何をしてきてどういった強みを持ち、新しい業界(会社)でその強みをどう生かすつもりかの『ストーリー』を端的に説明できるか、が問われます。面接に向けて、ストーリーを1分程度で分かりやすく説明できるようにしておくとよいでしょう」
「覚えておいてほしいのは『これを学ばないと今後厳しくなる』『つぶしが利くから勉強したほうがいい』などと他人から押し付けられたものを学んで成果が出ることはほとんどない、ということ。『自分ごと』になっていない学びは身に付きません。資格については、あまりに多くの人が保有しているような、大衆化した資格は強みにならないので注意が必要です。また、中小企業診断士などの資格についても、資格をとっただけで生業にできるわけではなく、顧客ベースなどの人脈が不可欠なことも忘れてはいけません。社会人の学びに関しては『721の法則』と言われるものがあり、重要な順に、誰と学ぶかが7、何を学ぶかかが2、誰から学ぶかが1とされています。『一流大学のMBAなら安心』というものではなく、志の高い仲間づくりができるところかどうか、実際に通った人の話を聞くなどして事前によく調べたほうがよいでしょう」
――ウィズコロナ、アフターコロナ時代の学び直しに向けてビジネスパーソンに意識してほしいことは。
「ニューノーマル(新常態)と言われるように、生活様式やビジネスの仕方などあらゆることを学び直す時代になっています。今年の春までチョークと黒板で授業をしていた私も今や自宅でモニター3台を使って教えるのが当たり前になりました。『学び』は手間も時間もかかり、惰性で生きていきたいと願う多くの人とっては面倒であるのは確かです。ただ、短期的な苦労はあっても、今学ばないと、中長期的に適応できなくなり、学びを諦めた人は大きなリスクを背負います。そうであれば、自分から積極的に学んでいく、変わっていく道を選んだほうがよいのではないでしょうか。また、キャリアとは関係なく自分の好きなことを追求するために「学ぶ」と言う選択肢もあります。『学び』は変化の荒波を生き抜くための命綱、スキューバダイビングの酸素ボンベのようなものであると同時に、人生を豊かにするためのものなので、楽しく挑戦してほしいと思います」
(日経転職版・編集部 宮下奈緒子)