
1991年のバブル崩壊から2008年のリーマン・ショック、そして新型コロナウイルスの感染拡大まで、この30年で日本の雇用環境は大きく変わり、さらにこれからはテクノロジーの進化の風を受けて、産業構造そのものも大きく地殻変動をしようとしています。この一大転換期にビジネスパーソンとしてのキャリアをどう構築していくべきか。今回は、この先10年の変化を予測しながら、個人の働き方について一緒に考えてみたいと思います。
日本では今、猛烈な勢いで会社の廃業が進んでいます。東京商工リサーチの調査によると、19年は4万3348社が休廃業・解散をしているそうです。19年の倒産企業数は約8300社なので、債務超過や経営不振などで倒産に追い込まれるケースの5倍もの企業が一般的な倒産とは異なる事情から、消えていることになります。
経営者の高齢化、後継者の不在などが一因といわれます。日本の大企業が希望退職を募集するほど、人材が余っている裏側で、人材がいないせいで黒字企業が消滅するというミスマッチが大量に起こっているのです。
一方で、テクノロジーの進歩が加速する社会では、ビジネス環境のスピードが増し、企業寿命はどんどん短くなっています。S&P500採用企業では、1960年代に60年以上あった大企業の寿命が現在では25年と短命化しているそうです。日本も同様に企業寿命が約25年となっているとされ、さらに企業寿命は短縮する可能性があります。
一方、日本人の健康寿命は、男女とも70歳代となっており(厚生労働省「健康日本21」)、70歳までは働く時代が時間の問題で当たり前になると考えられています。そうなると、20歳前後で就職してから引退するまでの職業寿命は50年になります。働く側の職業寿命が50年、企業の寿命が25年となれば当然1社でキャリアを完結する働き方は困難になります。「仕事人生の二毛作化」は必然的に当たり前のものとなっていくといえるでしょう。
この時代背景の中で、ビジネスパーソンとしてどうキャリア構築をしていくべきか、遠い未来の話ではなく、現在の30代40代にとっても「我がこと」として考えなければいけないテーマになっているのです。
キャリアを自らデザインする力が不可欠に
これまで日本のサラリーマン社会では、キャリアの構築を自分で考える習慣は育ってきませんでした。新卒で入社した会社で勤め上げる人も多く、総合職として配属され、日本全国への転勤も含めて、どんな職種をどこで誰と積み上げていくかということも、すべて会社任せで、自分の意思を込めるという経験が不必要だったからです。新人研修、管理職研修、職種別のスキルアップ研修、場合によっては経営学修士(MBA)なども、会社がお膳立てしてくれるという企業が多かったほどです。しかし、トヨタ自動車の豊田章男社長による「終身雇用時代の終了宣言」によって、そのような時代は過去のものとなりました。
自律的にキャリアを形成していくこと、継続的にスキルを向上していくことも、すべて自己責任となったわけです。働き方改革で、長時間労働がなくなり、成果主義的な評価が一般化していくことと引き換えに、会社が面倒を見てくれることはなくなったのです。これからは、ビジネスパーソン一人ひとりが、自分自身のキャリア形成マネジメントを行っていく必要があります。
新型コロナショックは人類全体にとってとても不幸なアクシデントでしたが、働き方という側面だけで見ると、「セルフマネジメントの壁」を揺さぶる効果はあったのかもしれません。たとえば、モバイルやクラウドに代表されるように、場所の制約を受けずに仕事を行うリモートワークが当たり前に広がりました。このことによって多様な事情を抱えた人が働く機会を得ることができるようになったことは事実です。
さらに、テクノロジーや人工知能(AI)を活用することにより、予測や意思決定がスムーズになり、仕事の生産性向上が期待されます。スキルトレーニングにおいてもオンライン学習など、今まで以上に素早く多様な技術習得ができる可能性はあります。今まで自分が持っていなかったスキルを簡単に身につけ、キャリアチェンジが容易になる社会が実現するかもしれないと考えています。テクノロジーと真摯に向き合い、活用の幅を広げることによって、キャリア構築が自己責任になっても対応することができるかもしれません。
「いざとなれば」いつでも自立できる準備をする時代へ
「自分のキャリアを自分でデザインする」ためには、心理的な企業依存を下げる必要があります。そのためにも、いつでも自立できる準備、仮想でもいいので起業する準備を整えておくことをお勧めします。
一つの参考にできるのは、雇用の面で「課題先進国」だった米国です。1990年代以降、米国では安定雇用の減少やIT(情報技術)の発展により、「雇われない働き方」の代表格であるフリーランサーが急速に増えています。
インターネットが普及しはじめると、フリーランス的な働き方を好む人のハードルが一気に下がり、また実際に報酬面でも魅力的であることが周知されてきたため、「就職するよりもフリーランサーになったほうが稼げる」という人材が急増しました。さらに2010年以降はSNS(交流サイト)の普及やシェアリングエコノミーの登場により、一段とフリーランスの多様化が進んでいます。
米国のフリーランサーの職業は、すでに多種多様になっていますが、16年時点の米国全体で5500万人といわれており、これは労働人口の35%に相当します。ちなみに現在の日本ではフリーランサーは440万人で労働人口の7%。日本と米国の労働人口に占める割合の開きは実に5倍に上ります。終身雇用が終焉(しゅうえん)に向かいつつある日本も、米国型に近づいていく可能性は高いと思います。
多様なフリーランサーは以下の7つに分類されるといわれています。
■フリーランサーのキャリアスペクトラム
・副業ワーカー(フルタイムの仕事を持ちながら夜や週末に働く)
・複業ワーカー(複数の仕事を掛け持ちする形態)
・期間契約ワーカー(有期契約で雇用される形態)
・独立コントラクター(典型的なフリーランス)
・フリーランス・ビジネスオーナー(他のフリーランスを雇用するフリーランサー)
・スモールビジネス(小規模商店の経営など)
・ベンチャー(新規事業を行う企業)
(Freelancers Union,Upwork,Edelman Berlandから抜粋)
必ずしもはっきりと線引きはできないものの、下にいくほど独立事業としての経営責任が重くなる分類です。
上の「副業」や「複業」などには、ウーバー(Uber)運転手などシェアリングエコノミー系の仕事が含まれ、最大派閥である「独立コントラクター」の下は小規模の自営業である「スモールビジネス」、さらに「ベンチャー企業」と呼ばれる群に分かれています。
起業とひとことでいっても、これだけのバリエーションがあります。これまで「会社員」として100%雇用されることで生きてきた人も、アイデア一つがあれば、必ずしもハイリスクではないスタートを検討できる時代になっています。
従来の正社員のように、組織内外の人の組み合わせでイノベーションを起こそうとしても、組織の重層的な意思決定や雇用契約に基づく強い拘束で、創造性が発揮しにくかった分野では、特にICT(情報通信技術)のテクノロジーの活用が期待されています。その際に、社内の硬直したルールの中ではできないことが、第三者のフリーランスに委託されることも増えています。いつでもどこでも誰とでも、新しいコンセプトを生み出せるようになる時代に変わりつつある中で、どんな形態であれば自分が自立していけるのかを模索していくことは、キャリアの保険としても有効です。
自分の能力や経験が生かされる機会を、自分なりの工夫で最大化して付加価値の高い働き方をぜひ考えるきっかけにしていただければと思います。

黒田真行
ルーセントドアーズ代表取締役。日本初の35歳以上専門の転職支援サービス「Career Release40」を運営。2019年、中高年のキャリア相談プラットフォーム「Can Will」開設。著書に『転職に向いている人 転職してはいけない人』、ほか。「Career Release40」 http://lucentdoors.co.jp/cr40/ 「Can Will」 https://canwill.jp/
[NIKKEI STYLE キャリア 2020年09月25日 掲載]