
「このコロナ禍の中、一人ひとりの力をどう高めていくべきか」。丸紅で金融・リース事業本部の課長を務める大澤集さん(42)は目下、いかに新型コロナウイルスによる影響を抑え、チームのパフォーマンスを発揮するかを思案する日々だ。
商社に欠かせない海外出張は制限され、互いに顔を合わせる機会も減った。コミュニケーションの場を補おうと、1日2回のオンラインのコーヒーブレークを導入するなど試行錯誤を続ける。
職場を切り盛りする姿からはベテランの風格すら漂うが、実はここに来てまだ6年ほど。かつて新卒で入った丸紅を1年で辞め、複数の仕事を経て12年ぶりに古巣に戻った再入社社員だ。
新卒での入社は2001年、就職氷河期で手にした唯一の内定だった。振り出しで配属されたのは財務部。ただ仕事場は子会社で、黙々と書類を処理する日が続いた。夜遅くまで働く営業の同期と自分を見比べるたび「いま会社が潰れたら、自分には何の強みもない」と焦りだけが募った。
そのとき、ふと目に付いたのが公認会計士資格だった。早々に会社を辞めて資格を取った方がいいかもしれない。両親も反対はしなかった。02年春に退職して猛勉強の末、翌年に合格し、大手監査法人に職を得た。
M&A(合併・買収)の現場でのさらなる飛躍を目指し、06年には外資系投資銀行に転職した。未明までかかって仕上げた顧客への提案資料を、上司から「学生のリポートか」とこき下ろされる悔しい経験もしたが、仕事は刺激的だった。
■突然訪れた早期退職
順調な転身劇は、しかし突如幕を閉じる。07年以降の金融危機のあおりでリストラが始まり、昼休みから戻ると同僚が姿を消していた。自分も早期退職を突きつけられ、応じるしかなかった。
好待遇の半面、いつお払い箱になるか分からない浮沈ぶりに、妻は「プロ野球選手と結婚したみたい」とあきれた。以前の上司のつてで監査法人に戻ったものの、このままでいいのか、迷いは消えなかった。
そんな折、丸紅の同期から「会社はいまM&Aに積極的で、優秀な上司もいる」と、部門別の中途採用の話を聞かされた。「一度は裏切った会社」との後ろめたさは消えなかったが、自分のしたかった仕事が提示されていたこともあり、意を決して申し込んだ。
「もう一回辞めるんじゃないの」。面接では辛辣な言葉も浴びた。だが社外の経験を生かせると訴え、14年に再入社を果たした。
課長に就任後、すぐに職場の業務の点検を始めた。どの仕事にどれだけ時間を使ったか集計してもらい「価値のないことに時間を費やしていないか」を意識させた。担当の急な交代に備え、判断の根拠や過程はデータベース化した。いずれも監査法人でたたき込まれた習慣だ。再チャンスをくれた古巣に貢献したい――。その一心だった。
■支えてくれる人こそが宝物
ぐるっとスタート地点に戻った自分を見つめ直すと、人とのつながりの大切さが改めて身にしみる。外資で直面したリストラも「どこかで危ないと思っていたのに、自分を守ってくれる人間関係を築けなかったのが一因」と振り返る。
再び丸紅の門をたたく踏ん切りがついたのも同期がいたからこそだ。「経験を身につけても、支えてくれる人がいなければ活躍の場は与えられない」と気付かされた。
今、一緒に働く部下はほとんどが生え抜きだ。変わらぬ環境にいる部下たちが変化に背を向けていないか、注意深く見極めつつ、自分の外部での経験を生かして職場を活性化したい。遅れてきた2度目の商社マン人生は充実している。
文 久永純也
写真 中岡詩保子
■古巣受け入れ、増加傾向 制度化は依然少なく
退職した社員を再び受け入れる会社は増加傾向にある。人材サービスのエン・ジャパンの2018年の調査では、いったん退職した社員を再雇用したことがある企業の割合は回答した661社の72%を占め、16年の前回調査(67%)から上昇した。

理由を尋ねたところ「即戦力を求めていた」「人となりが分かっているため安心」などが多かった。周囲の社員の反応も「良好」が8割を超えた。かつて在籍した古巣だけに、戻った後もなじみやすい社員の姿がうかがえる。
一方で、こうした再雇用をきちんと制度化している企業は8%と、ごく一部にとどまった。今後、少子高齢化の進行に伴って労働力人口はさらに逼迫することが確実視されており、経験豊富な人材の有効活用は喫緊の課題だ。
[日経電子版 2020年10月17日 掲載]