
ミドル世代専門の転職コンサルタント 黒田真行
独立行政法人労働政策研究・研修機構が8月26日に発表した「新型コロナウイルスによる雇用・就業への影響等に関する調査」によると、7月末時点でも就労時間減、収入減の傾向が続いているようです。厚生労働省の8月末の調査でも、新型コロナウイルス感染症に起因する解雇・雇い止めは全国で5万人を超えました。コロナ禍は日本の雇用をどう変えるのか? その影響を考えたいと思います。
拡大するリモートワークの実態は?
労働政策研究・研修機構によると、「在宅勤務・テレワーク」の実施状況は、新型コロナウイルス感染症の問題が発生する前と比較すると、最も高かった5月第2週では94%に達し、7月でも約5割に達しています。コロナは収入も直撃しており、コロナウイルス感染症問題の発生前の月収から「減少した」と答えた人の割合は26.7%と、大きくダメージを与えていることがわかります。
年度替わりの企業が多い4月のタイミングで転職や新入社員として就職して、いきなり予想していなかった在宅勤務を余儀なくされた人たちは、さぞかし寂しい想いをしているのではないでしょうか。7月以降もフルリモートや出社を3割に制限する会社など、大手企業を中心に、すでにニューノーマル時代を先行している企業も多くあります。ベテラン・新人に関係なく、リモートワークという環境は、社内の力関係にも大きな影響を与えます。
また、エン・ジャパンの転職サイト「エン転職」では4月以降、「テレワーク」の検索数が2019年比で2倍に増加し、「週休2日」に次ぐ2位に上昇するなど、求職者側にもリモートワークを希望する人が増加しているようです。オフィスなどのコストを削減できることや、居住地を問わず優秀な人材を確保できるという企業側のメリットがあるため、今後定着していく可能性は高いとみられます。
実際、ホワイトカラーやエンジニア領域では、北海道在住のウェブ系エンジニアが東京本社の企業に就業するなど、完全テレワークすら徐々に一般化し始めています。この働き方が定着化してニューノーマルとなっていくと、当然、「自立・自走できる社員」が求められることになります。上司と机を並べておらず、誰かが見ていようがいなかろうが、一定以上の仕事をすることが可能な人材から、人事異動が進みそうです。
リモート環境で求められる、上手なセルフマネジメント
リモートワークの日常化という新しい雇用環境によって、企業が働く人に求める要望も変化していきます。その最たるものがセルフマネジメント力。これに対応できるかどうかは、長期的に、働き続けるための前提条件になる可能性すらあります。上手にセルフマネジメントをしていくためのポイントは、「常に目標を数値化すること」と、「時間当たりの生産性」を意識して日々のタイムマネジメントを行うことに尽きます。
セルフマネジメントとは、簡単に言うと、自立的・自律的な行動管理をしながら目標を達成することです。この「目標」があいまいな状態では、達成はおぼつきません。まずは徹底的に数字にこだわることです。
目標を決めたら、「いつまで」に「どれだけ」を行えば、目標達成確率が上がるのかを設定し、目標を日々の行動レベルに落とし込むことが必要です。そのためによく用いられるのがKPIマネジメントですが、例として下記のような取り組みがあります。
自分の目標達成に必要な行動量を、 所要時間、打率、工数などの観点から割り出します。たとえば「新規アポイント週5本獲得」というプロセス目標であれば、電話によるアポイント取得率の1%から逆算して、100本/日、500本/週の電話をかけるというような設定です。
次に重要なことは「時間あたりの生産性」を高めることですが、これも相手のあることなので、簡単ではありません。ヒントとしては、時間の使い方を色分けすること。
たとえば、考える仕事、作業をこなす仕事、人と会う仕事など自分の予定を3色に色分けし、できるだけ重要な時間を確保することで作業の「抜け・漏れ」を減らすことができるかもしれません。
空気を読む関係から契約型プロ社会へ
いわゆるメンバーシップ型からジョブ型雇用へ移行し、営業や事務職、IT(情報技術)エンジニアなどの領域でリモートワークが一般化し、結果的にセルフマネジメントが求められる時代になると、人と企業の雇用契約のあり方も大きく変化します。そのひとつがジョブディスクリプションの進化です。
ジョブディスクリプションが明らかにする「役割と能力」
ジョブディスクリプションとは、「職務記述書」のこと。「仕事の役割」と、「必要な能力」を具体的に見える化したものです。
これまでの日本の雇用慣行では、求人募集時の「募集要項」は、簡単な仕事内容と勤務地、勤務時間、給与、社会保険などが書かれているのみで、職務を精緻に言語化できていませんでした。直接、業務プロセスを管理せず、結果をすりあわせてセルフマネジメントする社会においては、職務を明確に定義しておかなければ、多数の従業員との間に必ず齟齬が生まれてしまいます。これも契約社会型への移行の一つと言えるかもしれません。ちなみに、ジョブディスクリプションは、以下のような項目で整理されています。
■ジョブディスクリプションの主な記述項目
●職務に関するもの
・職務の内容
・職務の目的
●仕事の役割
・目標
・責任
・権限の範囲
・関わりを持つ社内外の関係性
●必要な能力
・技術・知識
・資格
・経験
・学歴
上記の情報を詳細に記述することによって、「仕事の役割」と「必要な能力」の見える化を図り、人と企業の契約内容の目線合わせを行っていきます。
新しい働き方を日本経済再生のきっかけに転換できるか?
今回のコロナ禍で日本の働き方は、これまでのスタイルから一気に変化させようとしています。これまでの働き方が、20世紀の工業化社会に最適化されたもので、かつバブル崩壊以降、「失われた30年」の遠因になっていたものだとすれば、コロナ禍は日本経済にとってのチャンスになる可能性を秘めています。
職場のデジタル化や自立したマネジメントが急速に進むことで、デジタルリテラシーの高い人材の確保が企業の重要課題になります。学歴や年齢と言った表層的条件ではなく、スキルで付加価値を生み出せる人材を採用・育成していく企業が今後の日本経済の主流を担っていく可能性があります。コロナ危機は、日本経済を筋肉質に転換していくものになるかもしれません。
その時代に働く個人に問われることは、いかに生産性を高め、これからの時代に必要とされるスキルを身につけることができるかどうかです。ぜひ、ピンチをチャンスに変えられるよう、この機会を生かしていただければ幸いです。

黒田真行
ルーセントドアーズ代表取締役。日本初の35歳以上専門の転職支援サービス「Career Release40」を運営。2019年、中高年のキャリア相談プラットフォーム「Can Will」開設。著書に『転職に向いている人 転職してはいけない人』、ほか。「Career Release40」 http://lucentdoors.co.jp/cr40/ 「Can Will」 https://canwill.jp/
[NIKKEI STYLE キャリア 2020年09月04日 掲載]