「衰退の五段階」と戦うトヨタ ソフト第一にカジ

米テスラがトヨタ自動車の株式時価総額を抜いたのは7月1日だった。だが、その衝撃もわずか3カ月半で完全に色あせている。テスラの企業価値は現在、トヨタ、独フォルクスワーゲン、独ダイムラー、米ゼネラル・モーターズ(GM)の4社を合計した規模より上をいく。

新旧企業の勢いの差はどこまで開くか。テスラはコロナ禍でも販売が好調。中国に新工場を建て、リチウムイオン電池の自社生産も表明するなど強気一辺倒だ。

中でも投資家の確信と支持を一気に強めた決定打は車のソフトウエア化への期待値だ。昨年発売した量販車種「モデル3」はフルコネクテッド型と呼ばれ、停車中に車の基本ソフト(OS)を最新の状態にアップデートしながら基本性能、自動運転機能などを高めていく方法を採る。

「買った時点から減価していくもの」だった車はソフトの更新を重ねるたびに価値を高めていく。それは中古車だけでなく新車の価格形成や残存価値に多大な影響を与える可能性を秘める。

企業財務のあり方も同様だ。工場など有形資産の小さいテスラがトヨタやGMの企業価値を上回るということは、自動車が有形資産型の産業ではなく、有形資産+無形資産型、あるいは単純に無形資産型の産業へと変わりうる可能性を示した。

その無形資産というのが実は厄介な存在であり、日本会計基準、米国会計基準、国際会計基準(IFRS)と、どんなものさしを用いても捕捉が難しい。例えば、テスラのソフトは課金で1回数十万~100万円程度の収入を得られるが、利益を生む資産でありながら貸借対照表(BS)上ではその価値が見えにくい。

一般的にいっても「企業の無形資産には実際の価値の1割程度が計上されていればいい方だ」と専門家は言う。「見えない資産」といわれるゆえんであり、ソフトが事業上のコストと考えられ、BSではなく損益計算書(PL)の文脈で処理される歴史が長かったことが影響する。

それでも米欧の調査会社や投資運用会社は「潜在的無形資産」の大きさに関心を示し、テスラのような企業の株価と実質的な無形資産の規模を関連づける考え方に傾きつつある。

そうでもしなければ、テスラ株の正しいバリュエーションは永遠に算定不能だ。会計基準のあり方はこれ以降、大幅に見直される可能性があるだろうし、またそうあるべきだろう。テスラがもたらしたものとは、それほど多方面に影響を及ぼす革命なのだ。

そんな大激変期に思い出すべきは11年前に出た米経営学者、ジェームズ・コリンズ氏の「ビジョナリー・カンパニー」の第3巻「衰退の五段階」かもしれない。

卓越性が注目された会社でも衰退したり消滅してしまったりするケースは多い。その過程には5つの段階があり(1)成功から生まれる傲慢(2)規律なき拡大路線(3)リスクと問題の否認(4)一発逆転策の追求(5)競合への屈服と凡庸な企業への転落か消滅――だという。

それでいえば、既存の自動車大手は(3)の「問題の否認」段階に来ていた可能性がある。電気自動車の時代など来ない。車のソフト化も遠い未来の話だ......。実際はそうではなく、変革者は想定外の早さで突如として登場し、時代を根本から変えようと暴れ回る。

テスラが自動車産業に持ち込んだのはいうまでもなく「破壊的イノベーション」だ。イノベーションには「持続的」と「破壊的」があるといわれるが、エンジンのように少しずつ性能を高めていけば優位性を保て、産業秩序も揺らがない、という類いの既存企業優位な技術革新ではない。

実は、トヨタの豊田章男社長は2009年に、東京の日本記者クラブでの講演でコリンズ氏の衰退の五段階に言及している。当時はリーマン・ショックの直後。米国に偏っていた事業構造を巡って、トヨタは(2)の「規律なき拡大路線」の段階にあった、と回顧した。

その豊田氏は最近、自社が運営するウェブサイトで「ソフトウェア・ファースト」という今後のスローガンを強調し、21年1月に設立するソフト新会社の戦略や意味合いを繰り返し説明している。

(3)を意識してのことだろう。新会社には「かなりの規模の私財を投じ」(豊田氏)、自らリスクをとりながら現在のトヨタが失いつつある企業価値を新たな形で取り戻す、との決意を表明している。

内部の解説ではトヨタを新旧に分ける発想なのだそうだ。従来のトヨタは持続的イノベーション、新会社は自動運転車やスマートシティー向けのOSで破壊的イノベーションをめざし、「新トヨタ」の企業価値がいずれ「旧トヨタ」を逆転する。トヨタも無形資産型にカジを切り、衰退の五段階を脱したいと考えているわけだ。

同社はどこまで伝統企業の宿命に抗(あらが)えるか。コリンズ氏は「ビジョナリー・カンパニー」第1巻で企業の卓越性について「OR(二者択一)の圧力に屈しないAND(両利き)の才能」とも書く。新旧合わせてトヨタがどこまで新たな成長のイメージを示し、大胆かつ素早く生まれ変われるかが問題の本質だろう。

産業連関的には同社の先に広がる企業の裾野は広い。トヨタの今後は日本の製造業すべてにとっても多くの教訓を生み、方向感を与えることになるのだろう。

(本社コメンテーター 中山淳史)

[日経電子版 2020年10月20日 掲載]

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