この人と考える、仕事と生き方

「ステークホルダー」資本主義の時代

people first 八木洋介氏

連載企画「この人と考える、仕事と生き方」③

新型コロナウイルスの感染拡大をきっかけに、世界が激変している。ニューノーマル(新常態)時代の幕開けとともに、企業や私たち個人はどう行動しなければならないのか。HR分野の第一人者、八木洋介people first(ピープルファースト、東京・世田谷)代表取締役の視点から、困難な時代を生き抜くヒントを提供する。連載の3回目は、海外企業が、なぜ経営の力点を変えたのかについて考えた

資本主義の中心・米国企業の大転換

コロナ禍の厳しい環境下、米国の失業率は一気に2ケタになりました。一方で、モルガン・スタンレーが「レイオフはしない」と公言したように、思ったほど、大規模なリストラを実施しない会社もみられます。2008年のリーマン・ショック後、米国では金融機関を中心にリストラの嵐が吹き荒れたにもかかわらずです

わずか10年ほどの間に、なぜこんなにも違いが生じるようになったのでしょうか。「米国型の資本主義が転換点を迎えた」からだと思います。米国には「ビジネス・ラウンドテーブル」という主要企業の経営者らが参加する経済団体があります。この団体が19年8月、これまでの「株主第一主義」から脱却し、全てのステークホルダー(利害関係者)に配慮することを宣言しました。声明には、同団体の会長を務めるJPモルガン・チェースのジェイミー・ダイモン最高経営責任者(CEO)をはじめ、アマゾン・ドット・コムのジェフ・ベゾスCEO、ゼネラル・モーターズ(GM)のメアリー・バーラCEOなどの著名経営者が名を連ねています

この宣言は、顧客や従業員、取引先、地域社会、株主という多様なステークホルダーを尊重し、長期的な企業価値向上に取り組むことを意味します。同団体は1978年以降、定期的にコーポレートガバナンス(企業統治)原則を公表し、97年からは「企業は主に株主のために存在する」と明記していました。つまり「株主第一主義」を掲げ、株価上昇や配当増加などを優先してきたわけですから、19年の宣言は「ステークホルダー資本主義」への大変革を打ち出したことになります。同時に、「企業は自社の利益の最大化だけでなく、パーパス(企業の存在意義・目的) の実現も目指すべきである」という姿勢を表明したことにも注目すべきでしょう

そして、ジェイミー・ダイモン氏の変わりよう

「これからは社会価値の時代だ」。JPモルガン・チェースのダイモンCEOがこんなことを言うようになったのか。私にはとても印象深く思われます。というのも、ダイモン氏をめぐっては、過去にこんなエピソードがあったからです。リーマン・ショック後のこと。ある会合で、ゼネラル・エレクトリック(GE)のジェフリー・イメルトCEO(当時)が、ダイモン氏に「リーマン・ショックに関して、あなたはどういう責任を感じますか」と尋ねる場面がありました。これに対して、ダイモン氏は「私たちは法令順守しており、責任はない」と言い切ったのです。私は「あれほど大きなインパクトを世界中に与えておきながら、法律を守っていれば責任がないという態度は、一体どういうことなのか」と、あきれた記憶があります

今でも当時のやりとりを覚えているだけに、このたびのビジネス・ラウンドテーブルの方針転換や、ダイモン氏の変節ぶりには感慨深いものがあるのです。米国企業の経営手法にもろ手を挙げて賛成することはできませんが、見習うべき点として、「新しいことをやる」「変わる」と言い出したら、本当に実行することが挙げられます。実際に、一気に「ステークホルダー資本主義」を実現してしまう可能性もありそうです

進化する企業、停滞する政治

米国だけではありません。欧州の産業界にも、変革の波が押し寄せています。フランスは2019年に新法を制定し、利益以外の目標を達成する責任を負う「使命を果たす会社」を、新たな会社形態に取り入れました

上場企業で第1号となったのが、今年6月の株主総会で定款変更が認められた食品大手のダノンです。定款にESG(環境・社会・企業統治)に関連する新たな4つの目標を盛り込みました。(1)製品を介した健康の改善(2)地球資源の保護(3)将来を社員と形成すること(4)包摂的な成長、という目標です。取締役のメンバーはこれらの目標に対して責任を負うことになります

新型コロナウイルスの世界的な感染拡大と時期を同じくして、加速するステークホルダー資本主義。欧米をはじめとする各国企業のリーダーらが本気で変革を訴える例が増えています。それに比べて、政治のリーダーの停滞ぶりが気になりますね。もっと「地球のために」という広い視点を持って取り組んで欲しいものです。米中両国の摩擦などは、どうしても「カネ」や「パワー」を志向した前時代的な争いにしか見えませんから

(聞き手は村山浩一)

八木 洋介 (やぎ・ようすけ)

people first 代表。京都大学経済学部卒。1980年日本鋼管(現JFEスチール)入社。92年米マサチューセッツ工科大学(MIT)スローン経営大学院で修士号(MS)を取得。99年から米GEで日本およびアジアの人事責任者を歴任。2012年からLIXILグループ執行役副社長(人事・総務担当)。17年1月people firstを設立。

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