連載企画「ビジネスパーソン700人調査③」
本調査では新型コロナウイルス感染拡大を機に、転職志向の高まりや在宅勤務をはじめとする新しい働き方を志向するビジネスパーソンが増えている実態を浮き彫りにした。長らく日本で主流だった「出社型勤務」の時代は終わるのか、ウィズコロナ時代の転職で重要なポイントは何か、など法政大学キャリアデザイン学部の田中研之輔教授に話を聞いた。
ーー「コロナを機に転職への関心が高まった」と回答した人が全体の約6割に上りました。背景にどういった要因がありますか。
「3つの理由があります。一つ目は、特定の業界が受けたコロナによる悪影響です。大きな打撃を受けている業種は、飲食、ホテル・旅館、アパレル・雑貨、建設・工事、航空、交通インフラなど多岐に渡ります。直接的な影響を受ける企業、その連鎖として間接的に影響を受ける企業、どちらの企業に勤めているビジネスパーソンであれ『(現在の)業種の成長性への不安』を抱かざるをえません」
「二つ目は『組織の適合力』が関係します。緊急事態宣言が出たタイミング前後で、組織が目の前の変化にどれだけ柔軟に対応できるかを示す『組織の適合力』が露呈しました。テレワークを一切導入しない企業、テレワークを導入したものの働き方のマネジメントを円滑に進められない企業など、変化への適合力が低い企業に勤務し続けることは、これからの自身の働き方を考える上でリスクだと認識されたのです」
「三つ目は自らをみつめる時間によるものです。外出自粛期間中、ビジネスパーソンの多くは、これまでの働き方や生き方について、自らと向き合う時間が持てるようになりました。『このまま今の会社で働き続けていいのか』『転職に向けて行動した方がいいのではないか』と考えるようになったのです」

通勤が「当たり前」ではなくなる働き方に
――コロナを機に在宅勤務を希望する人が急速に増えているようです。在宅勤務経験者の間では「今後も継続を望む」との回答が約9割に上り、メリットとして「通勤」を挙げた人は5割強と他の要因を大きく引き離してトップでした。「出社を前提とした働き方」はどのように変化するとみていますか。
「従来の働き方の前提だった通勤は、これからの『当たり前』にはなりません。在宅勤務を導入できる企業と、導入できない企業に二極化するでしょう。在宅勤務を経験した社員は、ロケーションフリーで働けることのメリットや家族・プライベートと仕事とのバランスをとりやすい働き方であることを体感したうえ、業務についてもネット環境さえあれば遜色なくできることを確認し、オフィス勤務へと戻る必要性を感じなくなりました。在宅勤務の継続を望むのは自然な流れです。一方、テレワークを一時的に導入したもののオフィス勤務に戻した企業では、社員の離職が進むと予想され、人材確保の難しさという課題を抱えることになります。つまり、企業の経営層として今、必要なことは、在宅勤務が可能な業務については積極的に在宅にシフトし、それに沿った人事制度を敷くことです。在宅勤務を導入しない企業は、その理由を社員に丁寧に、合理的に説明することが不可欠になります。そのような説明がない限り、在宅可能な企業に転職していく社員は今後も増え続けるでしょう」
「在宅勤務へのシフトが重要であるとともに忘れてはならないのは、週1〜2日程度の出社を望む社員も少なくないということです。『上司や同僚とのコミュケーションがとりづらい』『オンとオフの切り替えが難しい』などの課題を抱える人も多く、フルリモートを実施していく企業は一部の企業に限定されるとみています。オフィスでの勤務も最小限、必要であると考える人が多いため、今後は在宅勤務とオフィス勤務との『ハイブリッドワーク』が主流になっていくでしょう。働く側の満足度や生産性を考えると『週4日在宅+週1出社』『週3在宅+週2出社』といった組み合わせが多くなるのではないでしょうか」
――転職先選びの基準でも「働きやすい制度があるか(在宅勤務など)」を重視する層が大幅に増えたほか、「副業が可能か」に着目する層も広がっています。柔軟な働き方を提供できない企業は優秀な人材を集められなくなりますか。
「多様な働き方の選択肢を用意できない企業は、優秀な人材の獲得が難しくなります。在宅勤務、副業、兼業などの制度を導入できない企業に転職を希望するビジネスパーソンは、顕著に少なくなっていくでしょう。なぜなら、一つの組織にキャリアを預けることがリスクであるとコロナショックを通じて、皆が学んだからです。変化に弱い企業は、市場に淘汰されます。新卒採用においても、同様の傾向がみられます。就活生は第一に、エントリーする企業の働き方の柔軟性をみています。いまや、年収よりも重視される傾向があるほどです。副業や兼業ができる職場であれば、副収入が見込めます。様々な経験ができることがキャリア開発につながり、かつ、リスクに強い働き方だと思います」
――在宅勤務可能な企業への転職希望者が増える一方、該当する求人案件数はそれほど増えておらず、転職する側からすると「狭き門」になっています。在宅勤務可能な企業への転職を目指すうえで、アピールできる経験や資質とは何ですか。
「社会変化、市場変化、企業変化に適合できる『アダプタビリティ』の高い人が求められています。変化の時代には、自分らしく働く独自性を大切にしながらも、変化に適応する柔軟性が欠かせません。在宅勤務では、結果や成果が評価される傾向にあります。自らニーズを発見し、仕事を生み出し、成果を出し続けるために、変化していく人が求められています。また、DXリテラシーも欠かせません。例えば、クライントごとにオンラインビデオ会議の手法も変わりますが、基礎リテラシーとして使いこなす必要があります」
「在宅での勤務が主となる企業への転職では、『組織内キャリア』から『自律型キャリア』への脱皮が求められます。自ら課題を見つけ出し、アプローチを決め、問題解決やアウトプットまで展開できる個人での実行力が必須となります。ただ勘違いしてはいけないのが、ビジネスは個人競技ではなく、集団競技であるということ。これまで以上にメールやオンライン会議、チャットなどのネットインフラを使いこなしていくことが必要になると同時に、職場での対面コミュニケーションがとれない分、より高度のコミュニケーション力が求められます」
――在宅勤務の拡大で、日本企業の人事制度はどのように変化しますか。
「コロナショックで考えるべきは、オフィス勤務から在宅勤務へといった働き方の『テクニカルシフト』ではなく、日本型雇用をどうするのか、というより根本的な『エッセンシャルシフト(本質的な課題)』です。人事制度は、メンバーシップ型からジョブ型へと移行していきます。在宅勤務を導入する企業では、仕事のプロセスではなく、仕事の結果が成果としてダイレクトに評価されるようになります。プロセス型評価から成果型評価へと移行することで、年功序列制度は見直されていくでしょう。組織内での昇進・昇格は仕事の成果と連動するようになり、それに伴い、終身雇用制度にもメスが入ります。仕事のパフォーマンスが高い人材であれば、何歳であれ雇用される一方、パフォーマンスが低い人は早期退職や退職勧告に直面しやすくなります」

コロナが日本型雇用の歴史的転換を加速
――働き方や転職をめぐる環境はどう変化していきますか。
「今、目の前で起きているのは、日本型雇用の歴史的転換です。終身雇用の制度疲労、働き方改革、副業・兼業の推進、メンバーシップ型からジョブ型へ、成果主義の導入など、同時並行的に様々な人事制度の改革が進んでいます。一連の変化は、組織内キャリアから自律型キャリアへの転換を意味します。『オフィス勤務からハイブリッド型勤務へ』をはじめとする『密』を回避するための様々な対応が、結果的に日本型雇用の歴史的転換を加速するきっかけとなりました」
「この局面で重要なのが、変化に翻弄されるのではなく変化に適合していくこと、従来の働き方ができなくなるのであるならば働き方を自ら主体的に変えていくことです。自らが自身のキャリアの舵を取り、変幻自在にキャリアを形成する能動的な働き方ができるか否か、転職できるビジネスパーソンとできない人とで働く環境が大きく変わっていくことになるでしょう。こういった時代においては、いつでも転職できるよう、『キャリア資本=ビジネスシーンにおける強み』を常日頃から蓄積しておくことが必要です。ビジネスに必要な専門的な知識やスキルを絶えず磨きながら、組織内外のネットワークを意識的に広げておくことをおすすめします。転職サイトに登録したり転職エージェントに相談したりするなどして、自分の市場価値を見定めておくのも良いでしょう」
(日経転職版・編集部 宮下奈緒子)

田中研之輔
法政大学キャリアデザイン学部教授
一橋大学大学院社会学研究科博士課程を経て、メルボルン大学、カリフォルニア大学バークレー校で客員研究員を務める。専門はキャリア論、組織論。『ビジトレ−今日から始めるミドルシニアのキャリア開発』(共著、金子書房)『プロティアン−70歳まで第一線で働き続ける最強のキャリア資本術』(日経BP)など著書多数。