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コロナが明らかにしたリーダーの「本質」/people first 八木洋介

連載企画「この人と考える、仕事と生き方」①

新型コロナウイルスの感染拡大をきっかけに、世の中が激変している。ニューノーマル(新常態)時代の幕開けとともに、世界はどこへ向かのか。企業はどう変わるのかそして、私たちビジネスパーソン個人は、働き方生き方をどう進化させていく必要があるのか。GE日本及びアジアの人事責任者やLIXILグループ副社長(人事・総務担当)を歴任したHR分野の第一人者八木洋介people first(ピープルファースト)代表取締役という賢人の視点を通じ、困難な時代を生き抜くヒントを連載で提供する1回目のテーマは、コロナ問題の最中に浮き彫りになった「リーダーの本質」について。

「生命の危機」を見抜いた鮮やかな女性リーダー

nikkei-pickup0101.jpgコロナ問題で最も重要な点は、「生命の危機」だということではないでしょうか。もちろん「経済の危機」も無視はできませんが、何よりも命が危険にさらされていることに目を向けなければならない。各分野のリーダーの実力がこれほど問われる局面はないでしょう。

政治でも経済でも、コロナ問題をきっかけに、本物のリーダーとそれ以外、言わばニセモノとの差がはっきりしました。政治の世界では、女性リーダーらの活躍ぶりが強く印象に残ります。ニュージーランドのアーダーン首相、ドイツのメルケル首相、台湾の蔡英文(ツァイ・インウェン)総統などが代表的です。科学的なエビデンスを重んじる理性のもとに、生命を守ろうと迅速に行動。時に経済活動をスローダウンさせてでも、まずは生命を守っていく判断力、行動力をみせつけてくれました。

これに対して、米国やブラジル、もしかすると日本もあてはまるかもしれませんが、男性リーダーの多くはあくまでも経済活動を優先し、今もそれを続けているように感じます。生命と経済はともに重要なものであり、どちらか一方だけを選ぶものではないでしょう。しかし、パンデミックという想定外の事態が起こったときに、どちらを優先すべきなのでしょうか。私は女性リーダーたちの賢明さと、その後の信頼の獲得ぶりを賞賛したいと思います。ニュージーランド、ドイツ、台湾などの方が、結果として経済的にもうまくいっているのではないでしょうか。

正解のない問題の本質を即座に理解し、最大限の対応をせよ。リーダーにそんな厳しい命題が突き付けられ、選択によって明暗が分かれる。厳しくも貴重な題材が得られたように思います。

リーダーとしての「営み」、ルールに縛られ過ぎることの愚

これまでのビジネス人生において、多くのリーダーと接してきました。本物のリーダーだと思える人々は、限られた材料のもとでも、いつも明確な優先順位をつけ、最大限に理性的な判断をくだしています。その判断に責任を持ち、誤りがあれば速やかに正すということまで含めての営みです。コロナ対応の本当の正解は現時点では分かりませんが、この営みに変わりはないでしょう。

想定外の事態という「新しい」ものに対しては、「これまで」のルール・制度では、対応しきれないはず。それなのにルールを偏重すると、おかしなことになります。日本はとにかくルールが好きですよね。私の経験では、世界中の企業を見渡しても、日本ほど人事にかかわる制度やルールが多い国はありません。

何かあったとき、その時点での知を持ち寄って議論で解決する。想定外ばかりが起こる現代は、この方が合理的です。にもかかわらず、日本では「議論」を嫌うように思います。多くの日本企業は「議論」を深めることを面倒に思うため、あらかじめ「ルール」をたくさん作っておくことにしたのです。その時点では有効であったとしても、変化の激しい時代には、すぐに機能しなくなってしまいます。にもかかわらず、「ルール」だからマジメに守ろうとする。何のためのルールなのか、本質をよく考えませんか。

例えば、ハンコを押すためだけに出社する。押印が必要な文書や仕事は確かにあります。でも、社内の慣習としてハンコをつく、とうことであれば、ほかの承認方法で簡単に代替できますよね。誰でも分かることです。米国企業がすべて素晴らしいとは言いません。でも、コロナ禍の中、有給休暇を消化済みの従業員に対して、緊急休暇を追加付与するなど、ルールにない行動を迅速に起こしている米国企業も多いのです。

「ストーリー」を語ろう、ハートに訴えよう

nikkei-pickup0102.jpg特に危機にあたっては、リーダーは正解がない問題に取り組まねばなりません。ロジックだけでは対処できない事態です。だからこそ、リーダーはストーリーを語り、人々のハートに訴えることが大切になります。理性は当然必要ですが、それだけでは足りないのです。不安に悩む人々にメッセージが届くには、感情の力が大事なのです。

最善を尽くして導き出したリーダーの方針でも、絶対正しいとは言えない。それでも、我々はそれを頼りに未来へと進まねばならない。だからこそ、ストーリーという想いを語ることによって、周囲を励まし、動かしていくことが必要です。

最近、見ることを止めた大きなポータルサイトがあります。皆で正解がない不安を生きているにもかかわらず、揚げ足取りのような文句ばかり、根拠が薄弱な批判ばかりが増殖しているからです。自身の判断のよりどころに悪影響を与える懸念を強く感じたのです。負の感情に巻き込まれず、正しく前向きな方向へ人々を導く。そんなストーリーを描き、語るリーダーこそ、今の時代に大切だと感じます。

リーダーというのは、「行動する」人です。最近で印象的だったのは、大阪府の吉村知事です。休業要請や独自基準の設定など、自身の言葉とともに様々な行動を起こされました。正解ばかりではないでしょう。影響を受ける業界や個人からすれば、とんでもないという意見もあるでしょう。しかし、その時点では正解がない訳です。批判を引き受ける覚悟で迅速に行動し、人々に届くメッセージを発する。そして誤りは正す。そんな「本物」のリーダーとしての振る舞いを感じられました。

(聞き手は村山浩一)

八木 洋介 (やぎ・ようすけ)

株式会社 people first 代表取締役

京都大学経済学部卒業。1980年日本鋼管(現JFEスチール)入社。92年マサチューセッツ工科大学(MIT)スローン経営大学院で修士号(MS)を取得。99年よりGEにおいて日本およびアジアの人事責任者を歴任。2012年よりLIXILグループ執行役副社長(人事・総務担当)。17年1月people firstを設立。株式会社ICMG取締役。20年6月よりTBSホールディングス社外取締役。people firstには「人を起点にものごとを考えよう」という思いが込められている。人事のスペシャリストとして、常に明確で強いメッセージを発信し続ける著名なトップエグゼクティブのひとり。

 
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